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3.3.05


 気を失ったガスコスの怪我を確認する。

 脇腹と額の傷は浅かった。

 あちこちに打撲もあるようだが、それも今はいい。


 酷いのは背中だ。

 出血も酷い。

 ガスコスのマントとベストを剥がし、その下のチュニックと肌着も引き裂く。


 見ると、斬り裂かれた傷口の長さは20センチ。

 出血のひどい箇所はそのうちの10センチくらいか。


 革水筒の栓を抜いて、ドバドバとガスコスの背中の傷にかけた。

 それから使えるものを探す。


 辺りを見回す。

 地面に転がる男が2人。

 右腕を抑えて、川原に向かって逃げている男が独りいた。

 どうでもいい。


 オレはまず、ガスコスが着ている麻布の肌着を引き裂いた。

 肌に近い布のほうが清潔だと、昔、どこかで聞いたことがある。

 

 ガスコスの傷口に麻布を押しあてる。


 出血は止まらない。こんなので止まるわけがない。


 次に目についたのは、焚火と、そこにある鍋だった。

 これも昔見た。刃物で斬られた小さな傷口を、ライターで熱したスプーンで閉じる光景を思い出した。


 これしかない。

 血を止めなければ、ガスコスは朝を待たずに死ぬ。


 オレは、まず、パンを入れていたズタ袋をひっくり返して中身を空にした。

 そしてズタ袋越しに、焚火の熱にあてられていたカラの鍋を掴む。

 ガスコスの所へ戻る。

 麻布は背中の傷にあてたまま。

 その上から、ガスコスのマントで背中を覆う。

 そしてオレはマントの上から、灼熱の鍋を押しあてた。


 ただでさえ臭いマントが焦げ、髪の毛が焼けるような悪臭を放っていた。

 意識のないガスコスのカラダがビクンと跳ね、筋肉が震えているのが鍋越しに伝わる。


 オレは、数を数えた。

 1秒、2秒、3秒……

 ズタ袋越しに、オレの指先もジリジリと焼かれていた。

 ガスコスのマントから、白い蒸気が吹きあがっている。

 5秒。鉄臭い血の混じった、下手くそなバーベキューのような悪臭。


 10秒。

 ガスコスの背中から鍋を離して、マントをめくる。


 麻布はどす黒く変色している。

 そして、溢れて出していた鮮血が、嘘のように勢いを失っていた。


 麻布はそのままで、上からもう一度エールをかける。

 ズタ袋を引き裂いて、傷口を中心にタスキがけにキツく巻き付けた。

 

 ガスコスの血は止まった。

 やれることは、これしかなかった。

 やったことは、治療ではなく、血を止めただけ。

 命を繋いだだけ。

 それが3日なのか、10日なのか。


 ひと息ついて、夜空を見上げた。

 なにも変わらず、星が光っている。


 このまま死なれるのは……困る。


 ガスコスに視線を戻す。

 カラダが震えている。

 オレは焚火の傍までガスコスを引きずる。

 転がってる死体から、毛皮のベストやマントを剥がして、ガスコスにかぶせた。


 薪木を拾い直して、焚火にくべる。


 何時頃だろうかと、デバイスを出す。

 『ELAPSED 00:11』

 経過したのは、1100分、18時間。

 夜中の1時か2時だろうか。 

 夜明けまであとどのくらいだろう。


 ……タバコが吸いたい。


 横で、焚火が燃えている。

 その傍らで、ガスコスが音もなく眠っている。


 ふと、光の粒が視界に入った。

 それを追って川に目を向ける。

 遠く、川の対岸に仄かな光の粒が、幾つか浮いていた。

 まるでオレ達を観察するように。ふらふらと。

 

 『あかりみこ』か。

 安全神話の神の子供。


「ここはもう安全なのか?」

 呟いてみたが、遠くの光の粒はこちらを観察するように、ただそこに浮かぶだけだった。


 



「おい……ソウジ……」

 いつの間にか眠ってしまっていた。

 声に気が付き目を覚ます。

 空は朝焼けに染まっていた。


「おい……こらソウジてめぇ」

 切り裂いたズタ袋をカラダに巻きつけたガスコスだった。

 焚火の傍らに座って、薪をくべていた。

 髭に覆われていない目と鼻の周りが少し青白い。


 フッハハ……と、髭と肩を揺らしながらガスコスが言った。

「てめぇ……おれのマントを黒こげにしやがったなコノヤロウ」


 ガスコスがクククっと、小さく笑う。


「大丈夫だ。似合ってる」

「ガハハハッっ、ぐぁ、いでッ! いででででッ!!」


「水汲んでくるよ」

 オレは転がっていた鍋を掴んで立ち上がった。


「……お、おう。……そこに転がってるパンを喰ったら、すぐ出るぞ」

 痛みをこらえるガスコスが言った。


「そうだな。急ごう」


 鍋を持って、川へと歩く。

 後ろでガスコスのうめき声が聞こえる。


 途中に男の死体が2つ転がっている。

 殺したのはガスコスだ。



 結局オレは……殺していない……



 独りも殺せていない……



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