3.2.06
駅前から、タクシーに乗る。
病院はここからでも、さほど遠くない。
先にまゆが乗り込み、オレはそのあと。
運転手に病院の名前を告げ、タクシーは走り出した。
まゆが抱える紙袋。
そこから、石鹸の香りが漏れ出し車内に漂っている。
タクシーの運転手には、オレ達はどう見えているのだろう。
隣りでごそごそと音がする。
まゆはリュックからタブレットを取り出して、何かを読み始めた。
前髪が邪魔なのか、左手でかきあげて、耳に引っかける。
耳から白いワイヤレスイヤホンが垂れ下がっていた。
オレは背もたれにカラダを預けて、頭をカラにする。
最近、いろいろ在り過ぎている。
スマホが震えている。
取り出すと、達郎だった。
『すいません、ちょっと相談にのってほしいことがあります。明日とか、空いてますか?』
まぁ……今回の件では、達郎にも世話になった。
『遅い時間でもいいか』
『ありがとうございます。明日の夜22時は空いてますか?』
『わかった。FDへ行けばいいか』
『おねがいします!』
揉め事の仲裁かなにかだろうか。
半年くらい前か。
山川田病院まで、バイクでこけた達郎の見舞いに行ったのを思い出した。
あの時は、達郎のオンナと2人でタクシーに乗っていて。
達郎のオンナが今日と同じようにソープフラワーを抱えていた。
フフッ……
あの時は、ソープフラワーの石鹸の匂いが、あのオンナのキツイ香水の匂いにかき消されていた。
まゆの顔が視界の隅に入った。
ニヤニヤしているオレの顔を、怪訝そうに覗き込もうとしている。
……まゆに、気持ち悪がられたようだ。
しばらくすると、タクシーは病院に到着した。
立地は少し郊外だが、複数の建物が連なるそこそこ大きな病院だ。
オレも何度かお世話になったことがある。
オレ達は、大きな2枚ガラスの自動ドアを通り、待合用のベンチが並ぶエントランスを進む。
ベンチは、年寄りで、ほぼ埋まっていた。
受付へと向かっていると、後ろから母の声。
「総司?」
振り向くと母。
「あら、まゆちゃんも。来てくれたの? ありがとうね」
まゆが、ぺこりと頭を下げる。
制服を着た高校生が、平日のこんな時間に病院に居るのだが。
そこまで気が回らないのだろうか。
母親は、オレ達を受付まで連れていく。
付添人用のカードが入った、吊り下げホルダーを2人分用意してくれた。
これなら、時間を気にせず、未希の所へ行ける。
「みきちゃん、また寝ちゃったんだけどね」
オレ達は、母に案内されて、未希の病室まで行く。
未希の部屋は大部屋だった。
病床は左右に合計6つ。
水色のカーテンで区切られた区画が均等に並んでいた。
母が歩く先は、入って右側の奥の窓際。
カーテンを開けると、未希は右腕に点滴を刺して仰向けに眠っていた。
「あの……これ……」
と、まゆが、持ってきた紙袋を母に渡す。
「あらまぁ、かわいい。ありがとう、まゆちゃん」
母は、ブーケを袋から出し、未希の枕元にある棚に飾った。
「いい香りね」
ブーケを眺める母に、声を掛ける。
「未希は、なにか話したか」
「目を覚ましたとき、ごめんなさいって。そしたらまた眠っちゃったわ」
「医者は?」
「もう大丈夫だろうって。早ければ明日には退院できるって」
「そうか」
「でね、総司、悪いんだけど……
未希ちゃんの着替えを取りにいきたいの。
1時間くらい掛かっちゃうかもしれないけど、少しいい?」
「ああ、かまわないよ」
「じゃあ、お願いね」
母親が行こうとするところで、1つ思い出した。
預かっていた家のカギ。
アパートに置いてきてしまった……
「母さん、家のカギどうしよう」
「いいわよ。総司が持っておきなさい」
と、言い残し、母は行ってしまった。
病院は、どうやらお昼の時間で、独特の給食の匂いが充満していた。
ベッドと窓の隙間にある、1つしかない丸椅子に、まゆが腰かける。
さて、どうしようか……と、悩んでいると。
「みきさん……はじめまして……まゆです」
まゆが、未希を覗き込んで、言葉をかけていた。
ん……?
「えへへ……」
と、掛け布団の襟布の下から、未希の声。
未希は、起きていた。
どうやら、狸寝入りをしていたらしい。




