4.3.05
「おじゃましまーす」
「ん」
未希の後を追いかけ、オレも建物の中へ。
オレのアパートの部屋よりも広い玄関。
そこで靴を脱ぐ。
右側には、薄暗く殺風景なダイニング。
生活感は無く、どこかの会議室のような匂いがする。
閉め切ったカーテンから透ける淡い光が、ダイニングセットの輪郭を照らしていた。
ダイニングの奥には、アイランド型の広いキッチン。
黒い台の上にカップラーメンの容器が1つ転がっていた。
真結と未希が、すぐ正面の階段へと進む。
階段も広い。
2人が悠々とすれ違える幅。
昇りきるとソファーが置かれた、こじんまりとしたリビング。
正面の壁際に木目のキャビネットが置かれている。
その上に、トロフィーや盾が、所狭しと飾られていた。
社会格差……
真結がカネに無頓着な理由。
まさか、これほどの格差を突き付けられるとは予想していなかった。
真結がぽりぽりとスェットの上から尻を掻き、奥のドアに手を掛ける。
ボサボサの髪を気にするそぶりも無い。
ドアを開けると、暗い床に白い光が零れた。
真結は、何も言わずに、その中へと入っていく。
未希も続いたので、オレも後を追いかける。
部屋の中も、綺麗に整頓されていた。
それでも、部屋の中だけは、うっすらと生活の匂いがある。
分厚そうなカーテンは閉じられ、陽の光は入ってこない。
天井の薄いシーリングライトだけが、フローリングの床を照らしている。
壁際には、整頓された本棚と、木目の机。
その上に、真っ黒な複数のモニターが並んでいる。
そこだけ見れば、まるで、どこかの役員室。
生活感をギリギリ保っているのは、隅に配置されたセミダブルのベッドだけ。
そこだけは、整頓されず、掛け布団が無造作にめくれている。
真結は中央のガラス製のコーヒーテーブルに、手をついて座った。
未希も、その近くに座り、コンビニ袋からお菓子を取り出している。
オレはドアの所に立ったまま、その様子に口を挟む。
「真結。おまえはいったい、どこのお嬢様なんだ」
真結が、ボサボサの髪を揺らして、顔を向ける。
「……ドア閉めて。あとカギかけて」
眠そうな真結が、やる気のないネクラな口調でそう言った。
言われるがままに、ドアを閉める。
家の中のルームドア。そのノブに回転式の簡易錠。
そのカギをカチリと回す。
真結が、言葉を続けた。
「親は、ほとんど家に居ないよ。最近は、親って感じもしないけど」
まぁ……金持ちにも、金持ちなりの悩みがある。
その溝は、たぶん貧乏人よりも、深く重い。
満たされた者は、満たされ続けるために足掻き、顧みずに進み続ける。
それが、金持ちが追い求める人生、生き甲斐なのだと思う。
未成年の真結は、その過程に放置されている途中なのかもしれない。
「週に3回、ヨシコさん……ハウスキーパーが来て掃除していくけど、今日は土曜だから来ない」
「食事とかは、どうしてるんだ」
「コンビニ弁当とか、宅配ピザとか。だからみきさんちで、食べたシチューは、すごく美味しかった」
「えへへ。また食べようね」
まぁいい。
オレが気にすることじゃない。
コーヒーテーブルに近づき、腰を降ろす。
今日話しておきたいことの1つ目を切り出す。
「ログイン時に発生する電波の収集は、どうなってる」
ログインデバイスの電波。
ログイン時と、ログアウト時。
自然界はもちろん、無線通信でも発生しない、特殊なノイズが発生するらしい。
その電波を捉えられると、オレ達のログインデバイスの所在が、第三者に知られることになる。
これは、最初の頃からの課題で、懸念事項の1つだった。
オレ達は、高級外車と同額のデバイスを3台も所有している。
そんな事実を、見ず知らずの誰かに、知られたくはない。
「まずね、ノイズの特徴は、ログインデバイス毎に違う。パターンも周波数も、長さも、なにもかも違う。これが3台目のデバイスのデータで確実になった」
「つまり、簡単に特定できたり、受信できるものではない……ということか?」
「そう。でも、わたしも受信できたんだから、知らない人に受信される可能性は充分にある」
「オレ達以外のログインの形跡は、まだ見つけられないんだよな?」
「うん」
真結が立ち上がって、キーボードとマウスが置かれた机に近づく。
マウスに触れるとモニターが反応し、文字が流れ続けている画面が表示された。
キーボードをパチパチと弾き、小さなウインドウが出たり消えたりを繰り返す。
「いまんとこ、私達だけだね」
真結が、机を離れ、コーヒーテーブルに戻る。
お菓子を摘まんで、口に運ぶ。
「で、一応、この部屋……魔改造したから……」
「まかいぞう?」
「この家の壁は、最初から電波が通りにくいし、ドアもカーテンも電磁波シールド入りに付け替えた」
言っている意味が分からない。
真結が、分厚いカーテンに視線を向ける。
「……まぁ、とにかく……電波が漏れにくい部屋ってこと。ちなみにスマホの電波も入りにくいから気を付けてね」
ポケットからスマホを取り出す。
アンテナは1本(弱)だった。
試しに、立ち上がってカーテンに近づく。
カーテンを捲ると、アンテナの表示が3本(強)に変わった。
「たぶん、隣の家くらいじゃないと、わたし達のログインノイズは、拾えない」
「よくわからないが、すごいな。さすがだ」
忘れていたが、真結は元々、達郎なんかのギャングの依頼もこなすハッカーだ。
オレには分からない業界だが、もしかして、このくらいは、普通なのか?
まぁいいか……オレが理解できるような内容では無い。
気にするのはヤメよう。
「それで、次のログインはどうする?」
真結と、未希、2人に向けて質問した。
「いったん、噴水広場の近くの家に戻るでいい?」
「うん、いいよ」
「いや、途中でオオカミの群れがいるんだろ。オレ達だけで戻るのは危険だ」
「だよね……どうしようか」
真結が、未希に問う。
「じゃあ、戻れるようになるまで、前哨基地?」
「そうするしかないね。復興を手伝う?」
「みきは、魔法で畑とか手伝えると思うよ」
「みきさんすごい……わたしは何しよう……」
まぁ……ログインしたら死体の山なんだよな。
しばらくは、それどころじゃないだろう。
その前に、もうひとつ確認しておこう。
「ソフィアはどうする?」
「ソフィアさんは、普通に強い。わたし達に敵対しないなら、仲間にしておきたい」
「みきも、ソフィアさんとは仲良くしたいなぁ……」
「わかった。ならソフィアは、仲間に誘うつもりで接しよう」
「うん」
2人がいいなら、それでいいだろう。
ソフィアの戦力は得難い。敵対しないなら、オレ達の生存能力も確実に良くなる。
もしかしたら、ソフィアも、未希やストームに対して同じことを考えているかもしれない。
そもそも、オレの目から見ても、ソフィアが未希達に危害を加えるような人物には見えない。
仮に、毒殺されたとしても、現実世界で死ぬわけじゃない。
以前のように、失敗したら未希が消えてしまうかもしれないようなリスクも無い。
だから、まぁ、そんなに気にしなくてもいいだろう。
裏切られるとか、騙されるとか。
気付いた時には遅いかもしれないが、また、その時に考えればいい。
「じゃあ、わたしと、みきさんで先にログインするから、総司は2分後ね」
「ああ、わかったよ。ログインするとオレは死にかけだ。助けてやってくれ」
「おっけー。じゃあいくよ、みきさん」
「うん」
2人が立ち上がって、ログインデバイスを水平に構えた。
「せーのっ」
2枚の幕。ログインゲートが同時に出現した。
そして、2人同時に、呑みこまれ、そして消えた。
テーブルの上に、封の開いたお菓子の袋が載っている。
スマホの時計を見ると、10時30分。
誰も居なくなった真結の部屋。
おれは、その部屋に独りで座っている。
まったく、不用心だ。
見ず知らずの男を、部屋に残すなよ。
しかも、こんな大豪邸……
まぁいい。
その通りだ。
オレは、そんなものに興味は無い。
オレは、座ったままでいいか。
ログインデバイスを水平にする。
時計が32分に変わった。
『 Join Me 』
この文言。だれが考えたんだろうな。
オレはその文字に触れ、ニフィル・ロードへとログインした。




