4.3.01
7月12日、月曜日、早朝。
明け方。
まだ朝陽が赤いうちに、オレはアパートを出た。
今日はハイキングだ。
服装は、オリーブ色のカーゴパンツとオフホワイトのフード付きパーカー。
暑いので、袖は、肘まで捲っている。
熱射病を避けるため、白いキャップを被る。
すべて、前日に買い揃えた。
足元は、ホームセンターで買った、安物のトレッキングシューズ。
背中に量販店で買った、青いナップサックを背負う。
中には、軍手が2組と、方位磁石も入れておく。
それと、英会話の文庫本が1冊、これは電車の中で読む。
あいにくと、武器は持ち歩けないが、ニフィル・ロードに比べたら、遙かに恵まれた装備だ。
マントが無いのが少し寂しいが……
現実世界の旅にマントは不要だ。
目立つのは論外なので、止めておく。
駅まで辿り着き、通勤ラッシュ前の電車に乗る。
現実世界は電車がある。バスも走っている。
喉が渇けば、自販機。
腹が減ったら、近くの店に入ればいい。
焚火を起こす必要なんてのも一切無い。
文明社会は、本当に便利だ。
電車に乗っている間は、英会話の本を取り出して読む。
注意すべきは、自殺志望者と間違えられて呼び止められること。
なので地味すぎるのもダメ。目立つのもダメ。
よって、極めて普通の格好にした。
どこから見ても、大学生。
電車で英会話の本を読む二十代の男。
怪しいところは1つもない。
そして、なんだか、少し賢くなった気分だ。
新幹線と、ローカル鉄道を乗り継ぐ。
3時間かけて、大室宮市に辿り着く。
駅からは、バスに揺られる。
そして、目的地に近い神社の名前の停留所でバスを降りる。
時刻は午前10時を回っていた。
ここも暑いが、地元と比べたら、だいぶ涼しかった。
清々しい暑さだ。
走り去るバスを見送る。
左側のガードレールの下には小川が流れている。
右側は、延々と続く針葉樹。
合間にぽつんと、神社の場所を示す看板が立て掛けられていた。
それ以外に見えるものは全て森。
見渡す限りの針葉樹で埋め尽くされている。
風が吹き抜け、バスが残した排気ガスを、森へと運ぶ。
ディーゼル音が遠ざかると、待っていたかのように、そこかしこから鳥の鳴き声が耳につく。
鳥の種類は分からないが、小刻みに、ヒヨッ、ヒヨッと鳴いている。
そうかと思えば、同じトーンで、蝉が鳴くような単調なリズムが混ざり出す。
街中でもよく聞く、ノイズが掛かった鳴き声だった。
それが、右から左から。鳴き声合戦でもしているのだろうか。
普段は少し耳障りに感じる鳴き声だが、ここでは、なんだか心地よい。
そのまましばらく、バス停に突っ立って、鳥の鳴き声と小川のせせらぎに耳を傾けていた。
なんだか、癒される。
ここまで時間はかかったが、来てよかったと勘違いしそうになる。
ふと、我に返り、仕事であることを思い出す。
スマホを取り出し、GPSを確認した。
現在地 『 39'55.1"N / 52'10.2"E 』
目的地 『 40'31.1"N / 52'28.2"E 』
地図アプリを開いて確認する。
まだ1キロくらいありそうだ。
オレは、東西に伸びている道路を東に歩き、横の座標を合わせることにした。
結構遠い。
気付くとバス停は遙か彼方。
蕎麦屋の前を通り過ぎ、さらに東へ歩く。
現在地 『 39'54.9"N / 52'28.2"E 』
この辺りでいいだろう。
バス停から、半キロくらい離れていた。
森の中は、アカマツの木が乱立している。
幹はさほど太くは無い。歩くスペースも充分ある。
しかし、奥は薄暗い。途中から、登りの斜面になっているようで、その先は見えない。
念のため周囲を確認する。
走る車もなく、人影も無い。
ナップサック降ろし、軍手と方位磁石を取り出す。
ここから真北に歩く。簡単だ。
買ったばかりのトレッキングシューズ。
履きなれていないせいか、すでに、カカトとつま先が痛い。
まぁいい。
この靴は、仕事が終わったら捨てる。
ナップサックを背負いなおし、軍手を嵌める。
磁石を右手に構えながら、オレは森へと踏み込んだ。




