4.2.38
救護所テントの周囲は、静かになった。
まだ、ときどき、どこかで金属を打ち鳴らす音が聞こえる。
しかし見渡す限り、救護所テントの周囲にウィルコープスの姿は無い。
「周囲を見て来る。君達はここに居てくれ」
ウィリアムが声を掛けている。
救護所テントには、オレとリュウジ、あと2人が残った。
ウィリアムと数名が、どこかに向かった。
右手に持っていた剣を鞘に納める。
膝から力が抜け、地面に尻もちをついた。
今、何時くらいだろうか。
あと何時間で、未希とストームは、ログインするのだろう。
夜空を見上げても、真っ黒なだけ。
炎の灯りに照らされて、星は僅かしか見えない。
水が飲みたい。
革水筒を掴んで、左手でキャップを開けようとしたが、3本しか無い指では、開けにくかった。
指から流れ落ちる血で、革水筒が血塗れになっていく。
ようやくキャップを引っこ抜いたが、革水筒の中身はカラだった。
そういや、夕食で全部、使い切っていた。
「ずいぶん、いい男になったじゃねぇか」
日本語で声を掛けられる。
振り向くと、バケツで頭からぶっかけられたように、全身血塗れのリュウジが立っていた。
入れ墨も、真っ赤に染まっている。
右肩の緋鯉が、血の池を泳いでいる。
「……おまえもな」
「左手見せてみろ」
リュウジが、オレの左腕を掴む。
思い出したように、左手から痛みが駆け上って来る。
「下手ぁ打ちすぎだぞソウジ。まぁ俺は最初から1本足りねぇけどな」
リュウジが、自分の右手を広げて見せた。
小指の第2関節から先が無かった。
切り口は皮膚で綺麗に塞がっている。
今日や昨日、無くした訳ではないようだ。
「フッハッハッハ」
リュウジが、口を開けて笑っている。
前歯が何本が欠けていて、その隙間から、唾だか血だかよくわからない液体を飛ばしている。
リュウジのマヌケな顔を見て、力が抜けた。
あちこちから、痛みが駆け巡り出した。
背中、右腕、左脚。
背中は、分からないが、腕にも足にも切り傷がついていた。
それなりに出血もしているようだが、自分の血かどうかの見分けがつかない。
オレも、全身血塗れだ。
「ソウジも、ログアウトしたほうがいい。そのままじゃ出血多量で死ぬぞ」
リュウジが、周囲を見渡している。
どこもかしこも、死体の山。
何人生きているのかも、わからない。
基地内は、火に照らされて明るい。
焚火や松明だけで無く、テントやバラックの火災だ。
漂ってくるのは、ウールを焦がすような匂いと、あとは、閉店前の焼き鳥屋の匂い。
悪臭だが、咽かえる余力が無かった。
未希や、ストームは無事だろうか。
立ち上がろうとしたが、膝に力が入らない。
それでもどうにか立ち上がる。
「大丈夫か」
倒れそうなオレを、リュウジが支えた。
そのまま救護所テントの中へ。
中央の柱の途中で蝋燭が1本ゆらめいている。
その柱の横でシャルマが瞑想している。
死んでいるようにしか見えない。
シャルマも、ログアウトしているのだろうか。
その傍らに、4人の負傷者。
それと、未希とストームが寝ころんでいる。
6人はログアウト中だ。
死んだように眠っているが、ケガをしているようには見えない。
たぶん、全員無事だ。
子オオカミも、未希のお腹のあたりでカラダを丸めている。
それと、ソフィア。
普通に気を失っている。魔法の打ち過ぎだろう。
ソフィアは、やはり信用出来ない。
それでも、オレ達が生きているのは、ソフィアのおかげだ。
ソフィアが居なかったら、オレは死んでいた。
未希もストームも、ログアウト状態で殺されていただろう。
だがなぜだ? なぜソフィアはオレ達の命を助けた?
自分が助かる為か?
まぁいい……いまは、それを考える余力も無い。
「俺は、外を見て来るぜ」
リュウジが、救護所テントを出ていく。
オレは、そのまま救護所の入り口に腰を降ろした。
もう、オレも動けそうにない。
せめて、入り口を塞ごう。
外からは、まだ誰かが戦っている喧噪が聞こえる。
それでも、散発的だ。
さっきまでの乱闘騒ぎの様相は無い。
それにしても、疲れた。
オレは目を閉じた。
少し目を閉じるだけだ。
眠らないように……
……




