4.2.37
オレはテントに駆け込んだ。
最初に目に入ったのは、うつ伏せで倒れていた2体のウィルコープスだった。
1体は、小柄な女性のウィルコープス。
もう1体は、やせ細った男性のウィルコープス。
女性のウィルコープスの下に、もう1体。なにかある……
死体をどけると、舌を床に垂れて事切れていたのは、母オオカミだった。
小さな目は、見開いたまま。
その眼球に光は無く、黒い瞳のまま。
牙は、ウィルコープスの喉元に噛みついたままだ。
口の中は、血に塗れている。
シッポのあたりで、クゥクゥと泣き喚く子オオカミ。
母オオカミのお尻に近づき、匂いを嗅ぎ続けている。
遅れて駆け込んできたリュウジが、母オオカミの姿を見て動きを止める。
サラシも、入れ墨も、血に塗れていた。
自分の血なのか、返り血なのか見分けがつかない、赤い液体が、頬を伝って、顎からポタポタと落ちていた。
最後にソフィアがテントの中へ。
「時間が無いわ。2人を抱えて、離れましょう」
テントのあちこちから、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
ソフィアが、ストームを担ぎあげる。
オレは剣を鞘に納め、未希を背負う。
リュウジは、開きっぱなしの母オオカミの目蓋を塞ぐ。
それから、泣きわめく子オオカミのリュウタを掴み上げた。
「シノゴノ言ってる暇ぁねぇ。オレが切り開く。ついてこい」
「どこへ向かう」
「さっきの光が上がった場所だ。あのあたりは救護所だ。ひとまずそこへ行ってみるぞ」
「分かった行こう」
先にリュウジがテントを出る。
次にソフィア。
最後にオレ。
ソフィアが、魔法を放つ。
地面に残った灰、それと焼けただれたウィルコープスの煤。
それが地面から舞い上がった。
その灰は、燃え上がる複数体のウィルコープスの眼前に吹きつける。
「いくわよ……」
「ああ、急ごう」
前方で、リュウジがウィルコープスを突き飛ばす。
燃え盛るウィルコープスに衝突し、2体が地面に転がる。
「行くぜ、なんかあったら、大声出せ」
リュウジを先頭に、野営地の中央へと向かう。
オレ達もそれに続く。
一度後ろを振り向く。
すぐに追いかけてきそうなウィルコープスは居ない。
灰を浴びて視力を失ったウィルコープスが、所かまわず、炎を撒き散らしていた。
未だに、基地のあちこちで金属を打ち鳴らす音が響いている。
まだ、少数のプレイヤーが、ウィルコープスと斬り合っているのだろう。
リュウジが、途中で何体かのウィルコープスを突き飛ばす。
とどめも刺さずに、先を急ぐ。
白色の照明弾は、いつのまにか消えていたが、救護所テントの場所はすぐに分かった。
リュウジの読み通り、白いテントの周囲を4~5人の男達が守っている。
ウィリアムの姿もそこにある。
妙だ。
白いテントの周囲に、ウィルコープスの死体が無い。
少し離れた地面に、扇状に転がっていた。
あともう少しというところで、横の暗闇からウィルコープスが現れる。
「先に行け」
右手に子オオカミを抱えたリュウジが、ウィルコープスを蹴り飛ばす。
オレ達は、その後ろを抜けていく。
ソフィアも、もう限界だ。
覚束ない足を、不規則に前へ動かし、救護所テントの方へと向かう。
2体のウィルコープスが左右から襲い掛かり、行く手を塞いだ。
走り抜けられるか。
ムリだ。2体とも、剣を振りかぶっている。
「ソフィア、止まれっ」
ウィルコープスが、剣を降り抜いた。
しかし、その刃は掠りもしなかった。
ソフィアは躱そうとした。
だが、つんのめって転んだ。
ウィルコープスの刃は空を切り、ストームのカラダが地面に投げ出される。
オレは、未希を背負ったまま、立ち止まる。
未希を降ろして戦う。それしか無い。
ところが、ウィルコープスがバランスを崩した。
そのまま、ソフィアと同じようにうつ伏せに倒れ込んだ。
後頭部に矢が刺さっている。
弓を持っている者は居ない。
魔法だろう。
すぐに男が2人駆けてくる。
独りは、ソフィアを抱え、もう一人がストームを抱き上げる。
「走れるか、急げ」
リュウジはと、後ろを振り向く。
ウィルコープスの後頭部に、足を何度も蹴り下ろしていた。
男達に促され、オレ達は救護所テントの前まで辿り着いた。
救護所テントを守護する男達が、半円に散り、ウィルコープスを斬り刻んでいる。
どういうことだ?
ウィルコープスは、この中に入れないのか?
ウィリアムが、疑問に答えた。
「結界が張られているが、長くは持たない。動けるなら手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
オレは、救護所テントの中へ未希を降ろす。
負傷者が4人。
いずれも重傷のようだが、痛がるそぶりもなく、死んだように眠っている。
ログアウト中か。
そして、中央に、シャルマの姿があった。
胡坐を組み、瞑想しているようだ。
シャルマも、まるでログアウト中のように、動かない。
呼吸すらしていないように見える。
死んでいるようにしか見えない。
いや、そんなわけは無いだろう。
救護所の周囲に結界を張っているのは、おそらくシャルマだ。
ソフィアと、ストームもテントの中に降ろされた。
オレも未希を近くに降ろす。
最後に、リュウジが入ってくると、未希の側に子オオカミを降ろす。
テントの外に出る。
オレ達が逃げて来た方角を見ると、火の手は、さらに広がっていた。
サンダーソニアを抜き、結界の外側で足を止めているウィルコープスの首を掻き斬る。
ウィルコープスは、入ってこれないが、血は入ってくるようだ。
返り血をもろに浴びてしまった。
左手が上手く使えない。力が入らない。
なぜだと左手を見ると、中指と人差し指の第二関節から先が無かった。
いつの間にか、失っていた。
3本の指で握る剣のグリップから、血が滴り落ちている。
手を丸ごと失わなくて良かった。
ログアウトできなくなるところだ。
剣を右手に持ち替える。
それから、十数分。
オレ達は、ウィルコープスを殺し続けた。
やがて、結界が解けたのか。
ウィルコープスが、救護所テントの近くまで歩み寄る。
しかし、その数は……
あと10体も残っていなかった。
残ったウィルコープスに、止めを刺した。




