4.2.33
陽が完全に落ちようとしている頃。
野菜とベーコンを抱えたソフィアが戻った。
それらを適当に刻んで、鍋に放り込み水炊きする。
魔法も使ったのだろうか。
短時間のわりに、良く煮込まれていて、野菜の芯も柔らかい。
なにも調味料が無いかと思ったが、途中で摘んだらしく、ミントや香草が添えられていた。
野菜とベーコンに溶け込んだ仄かな、ハッカの風味。
ソフィアは、嬉々として食べているが、日本人の舌に合う味では無かった。
まぁ、しかし。
メモリアで食べた、男の野営料理と比べたら雲泥の差だ。
そもそも、味よりも、気にすべきことがある。
オレはコレを食べても……よかったのか?
この数日間に起きた、幾つかのプレイヤーの死体。
ドクターとケアリーは、視力を奪われていた。
フランス人の2人は、毒殺されていた。
問題なのは、どちらも、ソフィアの魔法なら、可能だという点。
ソフィアが犯人である可能性はゼロではない。
むしろそう考えるのが普通なのだ。
オレは、ソフィアの作った食事を食べて大丈夫なのだろうか。
と思いつつ、もう食べてしまった。
ソフィアからは、悪意を感じない。
どちらかというと、面倒見の良いお姉さんのようだ。
母性に近いものすら感じる。
他の連中も、ソレに騙されたのだろうか。
そんな、オレの疑心を感じ取ったのかどうかは分からないが、ソフィアが話し掛けた。
「大丈夫よ。毒なんて入ってないから」
「……」
なにも言い返せないオレに、ソフィアが続けた。
「私のこと、信用してないのよね……だから、ソウジはログアウトしない。違う?」
「すまんな。オレは疑り深いんだ。気にしないでくれ」
「ウッフフ、気にしてないわ。あの2人が大事なんでしょ。自然なことだわ」
ソフィアがカラダを捻って、テントの方を向く。
オレも目線だけ、テントに流した。
「なんだか、私から見ても妹みたいで、心配だわ。無事に噴水広場まで戻してあげたいわね」
軽く……揺さぶってみるか……
「ソフィアは、このエレメント・ノードで何を目指しているんだ?」
「私?」
ソフィアが、カラダを戻して、オレの方を向いた。
「暇つぶしよ。だから、エレメントがどうとか、デバイスがどうとかも、あんまり興味ないわ」
「そうか」
「ソウジ達は?」
「似たようなもんだ。ストームのゲーム好きに付き合わされている」
「アッハハ、そうね。ゲーム好きそうだもんね。ストームは」
ウソを言っているようには見えない……
オレ達は、何度もソフィアに救われている。
疑うような所は、少しも無い。
信じて良いんだろうか。ソフィアを……
「まだ、少し残ってるから、食べちゃって」
鍋に、まだ少しスープが残っている。
離れたところから怒号が聞こえた。
それだけなら、この野営地でも良く聞こえる雑音だが、その中に聞き覚えのある声が混じっていた。
辺りはすっかり夜だった。
目を凝らすと、オンボロのバラックの前に人だかり。
武器を手にした十数人の男達。
囲まれているのは、灰色の犬が1匹と……リュウジか。
「なにあれ? オオカミ? なんで基地の中に?」
ソフィアも、振り向いて、様子を伺っている。
オオカミ親子のことは、ソフィアには話していない。
リュウジたちを囲っている連中の何人かは、腕や足に包帯を巻いている。
狩りに出てオオカミに襲われたという連中だろうか。
まぁ……死者も出たのだ。
憂さ晴らしか、見せしめか。
あの衰弱したオオカミを差し出せとでも言っているのだろう。
なんとかしてやりたい…とは思うが。
わりぃ……リュウジ。
オレには、どうすることもできない。
オオカミは、バラックの扉の前に立ち、男達を威嚇している。
自分から飛びかかるつもりは無いようだ。
あの人数では、どうにもならないだろう。
まぁ、母オオカミだけなら、自力で逃げることもできるかもしれない。
しかし、子供を見捨てて逃げるつもりは無いようだ。
リュウジは、その少し前に立ち、男達と怒鳴り合っている。
男の何人かが、リュウジを押しのけ、斧や鉈を持って、オオカミに近づこうとした。
……その時だ。
野営地の東側。
ハンマーで打ち鳴らすような、乱雑な鐘の音。
カンカン、カンカンカンカン、カンカン。
2回、4回、2回の短い間隔で打ち鳴らされている。
耳をふさぎたくなるくらいの、耳障りな音だった。
オオカミ1匹などどうでもよくなったらしく、言い争いは止まった。
野営地の住人全員が、鐘の鳴る方へ視線を向けている。
オレも、ソフィアも。
良くないことが起きようとしている。
鐘の音は、そんな予想と、不安を煽り続けていた。




