4.2.20 - 鍋センサー
午後。
ストームが熟考し、キャンプの周囲に、練りに練ったセンサー魔法を展開した。
まず、小川の苔や水藻をすり潰す。
それを、鍋に入れ、水を加えて煮沸する。
そして、鍋で沸騰した泥臭い緑色の液体に術をかける。
――センサー魔法の思考
鍋の液体を媒介とし、
この鍋と地続きの地面、
半径百歩の範囲における、
通常環境圧を超える圧縮変化を、
鍋の液体の揺らぎへ比例変換せよ。
ただし、鍋の液体と同じ媒介を衣服に保持する生体の圧縮は除外せよ。
もちろん、オレには意味不明だ。
理解する必要もない。
結果だけでいい。
ストームが、鍋に術を掛け終わると、キャンプにいる全員が、鍋の液体を数滴、衣服に付着させた。
衣服が少し汚れる。
しかし、すでに全員、そんな汚れが気にならないほど、薄汚れている。
何の問題も無い。
最後に、鍋を地面に置く。
すると、液体が……
小さいが、不自然な揺らぎを繰り返し始めた。
揺らぎを見て、ストームが説明した。
「たぶん、鳥かリスだと思う。生物の地面にかける圧力が、そのまま液体にかかる」
衣服に、同じ液体を付着させていると、その個体を無視する。
長時間やりすぎると危険だと、付け加えた。
この魔法を、同じ場所で展開するのは、2~3日に留めたほうが良いらしい。
なぜだと聞いたら、「土地が学習しちゃうから」と答えた。
訳がわからん……
分からんが、数十キロの圧力がかかれば、飛沫を上げる。
だから、何者かが近づいたら、すぐに分かるだろうとも付け加えた。
まぁ、「その時になってみないと、分からない」とも最後に付け加えていた。
ひとまず、「警戒の補助」程度に考えておこう。
オレは、午後からは、キャンプが見える範囲で、薪拾いをした。
インド人の魔法のおかげで痛みは無いが、右手で剣は振るなと、ドクターに厳命された。
ミラーは、先ほどのウィルコープスの死体の調査と、食糧の調達のため、インド人を伴い森の奥へと消えた。
夕方になる少し前。
ミラーとインド人が戻った。
手には、まだ温かそうなリスの死体が3つ。
それと、2本の剣と1本の短剣。それにナイフ。
オレ達が倒した、ウィルコープスの戦利品だ。それを持ち帰っていた。
死体は、そのまま放置したようだ。
2人が、新たなウィルコープスと遭遇することは無かった。
夕食の準備を始めた頃だった。
ボチャン、ボチャンと、重たい液体が跳ねる音。
なんの音かと、視線を向けると、ストームのセンサー鍋だった。
鍋に石を投げ込まれ続けているかのように、中の液体が荒れ狂っていた。
オレは抱えていた薪木を足元にぶちまけた。
左手で剣を抜きながら、リスを捌いていたミラーに異変を告げる。
それからすぐに、未希とストームを呼ぶ。
ミラーは拾ってきた大剣を掴み、医療チーム3人の所へ駆けた。
川上から、ガサガサと、複数の足音。
「オレの後ろにいろ、離れるなよ」
未希とストームに告げる。
2人も、じっと、音のする方を見つめていた。
「おにいちゃん……」
「シっ……」
キャンプは沈黙し、川の先から足音だけが聞こえてくる。
森の暗がりの先。
足音がさらに大きくなり、茂みが揺れる。
そこから顔を出したのは、アーネストとウェストン。
それとフランス人の2人。
オレも、ミラーも。
未希もストームも、肩の緊張を解いた。
斥候チームが、キャンプに帰還した。
神妙な面持ちで、言葉もなく、キャンプへと近づく。
人数が足りない。
ソフィアと、クリス。
2人の姿が、見当たらなかった。
斥候チームが荷物を降ろす。
フランス人と、アーネストが焚火の準備を始めていた。
オレ達3人は、ウェストンに近づき、声を掛ける。
「ソフィアとクリスは?」
「行方が分からなくなりました。捜索しましたが……全滅を避けるため、暗くなる前にキャンプに戻りました」
行方不明……?
「いつ? どこで?」
いつもニコニコの表情はなく、冷静な表情のまま、会話を続けた。
「昼を少し過ぎたころです。小休止の合間に、ソフィアの姿が見えなくなりました」
「クリスは?」
「ソフィアの捜索中に、私たちの制止も聞かず、独りで奥へと行ってしまいました」
話を聞いた未希とストームが、青ざめていた。
2人には、顔を向けず、オレに言葉を続けた。
「何処へ行ったかわかりません」
朝はハーブティーを飲みながら、楽しく談笑していたソフィアとクリス。
その2人が、森の奥へと踏み込んだまま、戻ってこない。
「えぇ……おにいちゃん、どうしたらいいの……」
未希が、オレに答えを求める。
だが、オレ達には、どうにも出来ない。
何もできない。
「大丈夫だ。ソフィアも、クリスも強い。危険を逃れて、どこかに隠れているよ」
「でも……」
「明日、明るくなったら、対策を考えよう」
「うん……」
聞くと、アーネスト達も、数体のウィルコープスに遭遇したという。
数は多くなく、排除に問題は無かったらしい。
ではなぜ……
ソフィアは行方不明に?
なにがあったんだ?
行方不明になったときの状況を詳しく尋ねた。
小休止のとき、フランス人の2人も姿を消していたらしいが、彼らは戻ってきた。
用を足していただけだという。
ソフィアも、花摘みにいったのだろうと考えていたが、いつまでたっても戻らなかった。
ソフィアは、微粒子加速の魔法がある。
森という微粒子だらけの環境の中で、簡単に死ぬとは思えない。
だが、問題は……
2人の行方不明だけでは終わらなかった。
陽が落ちる直前。
弓を背負うスコットランド人が、独りでキャンプに戻った。
エルハムの斥候チームのメンバーで、名はハートリー。
アーネストらに、エルハムはどうしたと問い詰められた。
エルハム達は、数百体のウィルコープスに囲まれ、ちりぢりになって脱出。
元々、森に詳しいハートリーだけが、命からがらキャンプに戻った。
スペイン人の2人を含む、他4人の行方は分からない。分かるわけがない。
ハートリーは、ギリギリまで弓で脱出を援護したらしい。
ハートリーが現場を立ち去るまで、4人は無事だったと言う。
このキャンプまでの目印として、途中の枝を分かりやすく折ってきた。
生きているなら、明日には戻れるだろうと、ハートリーは言った。
斥候に出た11人中、未帰還6名。
まだ調査1日目だ。
18人の遠征チームは、12人に減っていた。




