4.2.17
「ソウジ。交代だよ。起きて」
クリスに揺り起こされる。
目を開けると、ユラユラと焚火に照らされる真夜中の森。
サラサラと流れる小川の音。
寝たのはたぶん、5時間くらい。
だんだんと覚醒していく。
「ああ……ありがとう」
カラダを起こして、クリスに言葉をかける。
ズタ袋から麻布を取り出す。
それを持って、立ち上がる。
川まで歩いて、軽く顔を洗う。
痺れるほどの、冷たい水。
顔を拭いて振り返ると、クリスはすでに寝息をたてていた。
見渡すと、焚火は3つ。
よく燃えている。
起きているのはオレと、医療チームのインド人。
それと、中年のアメリカ人。
どちらとも、会話をしたことが無い。
2人もオレには、興味が無いようで、目も会わさない。
それからオレは、鍋を洗って、湯を沸かす。
薪木をくべて、火を調節。
枝でも、拾いに行こうかと思ったが、止めた。
暗すぎる。
すぐ近くに何かが潜んで居るような……
死の匂いすら感じる、森の闇。
だから、することが無かった。
サンダーソニアを引き抜いて、乾いた布で磨く。
それも数分で終わる。
まぁ、よく考えたら、オレはこういうのは得意だ。
焚火がパチパチと爆ぜる回数。
それを数え始めた。
森の中はまだまだ暗いが、少しづつ赤みが差していく。
夜が明けていく。
しばらくすると、未希とソフィアが目を覚ました。
未希は目を擦り、その後、手のひらで髪を整える。
ソフィアは癖毛らしく、ブロンドの髪はボサボサだ。
川へと歩き、荒れた髪を川の水で整え始めた。
「おにいちゃん、おはよう。ハーブティー飲む?」
「ああ、頼む」
それから、ソフィアと3人でハーブティーを飲む。
やがてあちこちで、人が動き出し朝になった。
未希とソフィアの朝食の支度を手伝う。
それが終わり、ストームとクリスを起こす。
クリスとソフィアは、今日から斥候に出る。
いまだ、関係性は不透明だが、こうして同じ焚火を囲む仲間だ。
無事を祈りたい。
朝食は、リンゴとオレンジ。
調理せずに、そのまま齧る。
「私は森では、最強よ。心配いらないわ」
食事をしながら、ソフィアがそう言った。
確かに最強だ。
微粒子を操るソフィアにとって、森の中は武器の宝庫。
簡単には倒されないだろう。
斥候は2チーム、11名。
第1チームは、アーネストをリーダーとした6人。
ソフィアとクリスは、アーネストのチームに加わった。
フランス人の2人もここだ。
フランス語でコミュニケーションできる者が、アーネストとウェストンの2人しかいない。
よって、自動的に、ウェストンもここに加わる。
第2チームは、副官のエルハムをリーダーとした5人。
スペイン人の2人はこのチームだ。
スペイン語を話せる者がエルハムしかいないらしい。
そして、弓を背負ったスコットランド人ガイドと、剣を吊ったアメリカ人がこのチームに入る。
オレ達は、医療チームと共に、ここで留守番。
それと食糧調達のために、ガイド役のミラーも残ることになった。
キャンプに残るのは7人。
そして、朝陽が昇りきるころに、斥候チームは、キャンプを離れた。
オレの朝の仕事は、ミラーと2人で森に入り、木の実を集めながら、兎やリスのトラップを仕掛けることだった。
スコットランド人のミラーは、とにかく真面目で、無口な男だ。
歳は30代半ばくらい。身長はオレと同じくらいだが、がっしりとしたカラダ。
顎に髭をたくわえ、ときどき、その髭の上から、ガシガシと顎を掻いている。
ミラーは、ずかずかと森の中を進んでいく。
十数分あるいたところで、罠の設置を始めた。
「やり方を見ておけ」
「設置する場所はここだ」
など、淡々と英語で説明する。
余計なことは喋らないので、覚えたてのオレでも、ミラーの言葉は理解できた。
見ると、周囲は、ナッツの木。
適当な太さの木の棒を、そこに斜めに立て掛ける。
それが、リスの道になるのだという。
立て掛けた先に、ツタを緩く結んだ輪っかを付ける。
エサは必要ないらしい。
ミラーが「スネア」という単語を連呼している。
こんな森の中で、ドラムセットの話はしないだろう。
この罠の名前だと思う。
ミラーがその罠をあちこちに仕掛けていく。
「おまえもやってみろ」
と言われ、スネアをしかけていく。
難しい作業ではない。
すぐに覚えた。
ついでに、地面に落ちているナッツを拾い集め、ズタ袋に放り込む。
ブラックベリーは無いかと探したが、この辺りには茂っていなかった。
少し遠くに、別のナッツの木を見つけ、近づこうとする。
どこかで、鳥が飛び立っていく音。
そのとき、ミラーが言った。
「まて……止まれ……」
無口なミラーにしては珍しく、少し早口だった。
振り向くと、ミラーの視線は森の奥。
オレも同じ方向に視線を向ける。
100メートルくらい先だろうか。
森の奥に3人の影。
オレと同じような、西洋風のコーデ。
ずいぶん薄汚れている。
プレイヤーだろうか。
3人とも見たことが無い。
遠征隊のメンバーでは無い。
オレ達に気が付いたのか、ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「あれは、誰だ? プレイヤーか?」
ミラーに視線を戻し、簡単な英語で質問した。
「あれは……ウィルコープスだ」
「ウィルコープス?」
「キャンプに連れていくわけにはいかない。ここで殺す」
「殺す……?」
もう一度、そのウィルコープスと呼んだ人影に視線を戻す。
たしかに……少し妙だ。
手前の2人は、手に、抜き身の西洋剣を掴んでいる。
奥のひとりは女性だ。ボサボサの長い黒髪を前に垂らし、短剣を握っている。
近づくほどに、様子がおかしい。
全身の輪郭に、薄いモヤのようなものに覆われている。
黒くコーティングされているように見える。
悪魔の化身のような雰囲気を漂わせている。
顔に表情が無い。
呼吸している感じすら無い。
映画で見たゾンビのように、ノロノロと、こちらに向かって歩いてくる。
しかし、殺気のようなものも感じない。
ただただ、不気味だ。
ミラーが、腰の手斧を抜く。
「2人相手にできるか? 俺が、先に女を殺る」
気を使ってくれたのだろうか……
まぁいいだろう。
異論はない。
オレは、NPC殺しの初心者だ。
たとえNPCであっても、女なんて、切り刻みたくない。
サンダーソニアを引き抜く。
クロスガードに、目を落とす。
逆さのチューリップの意匠。
意匠は、何も言わないし、動くこともない。
それでも言いたい。
今回も、よろしく頼むと。
グリップを握りしめる。
オレ達2人は、少しづつ……
距離を詰め始めた。




