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4.2.12


 翌朝。


 目が覚めると、テントの中は、オレだけだった。


 明日から、本格的な調査遠征が始まる。

 今日は、旅の準備をしなくてはならない。


 テントを出ると近くの焚火で、未希とストーム、それとソフィアの3人が談笑していた。


 焚火で湯を沸かし、手にはハーブティー。

 男くさい野営地の中。

 そこだけ、違う空気が流れている。


「おにいちゃん、おはよ」


 オレに気付いた未希が、声を掛ける。


「おはよう。ストームはどうしたんだ?」


 未希の横にいるストームの顔が少し青い。

 まぁ、肌が青白いのはいつもだが、具合が悪そうだ。


「……気にしないで……二日酔い」


 そうか……

 ストームに酒を呑ませるときは、気を付けよう。


 カラダを伸ばしてから、辺りを見渡す。


 少し離れた場所を、リュウジが歩いていた。

 厳つい顔で、しかめっ面。

 どこかに殴り込みをかけそうな形相だった。


 野営地の門の方へ向かっている。

 リュウジもオレに気が付き、こちらに近づいてきた。


「よう、ソウジ。昨日はありがとな」


「いや、それはいいんだが……どうした? なんかあったか?」


「いや……それがよう……」


 どうやらリュウジは、壁の外の異音。

 呪いの現象に悩まされて、ほとんど眠れなかったらしい。

 朝から、その正体を突き止めようと、これから壁の外へ向かうところだと言った。


 ……馬鹿バカしい。


「なぁ……ソウジ、一緒にこねぇか?」

「なんでオレが」

「いいじゃねぇか。あとでメシおごってやるからよ」


「どうしたの?」

 口を挟んできたのは未希。


「いやぁ、お嬢ちゃんはいいんだ。気にしないでくれ。ッハハハ」


「リュウジ、まさか怖いのか」

「てめぇ、ソウジ、コノ野郎……俺がそんなもんにビビるわけねぇだろが」


「だったら、独りでいけばいいだろ、なんでオ……」

「なになに? どうしたの?」


 オレの話を遮る未希。ますます興味を惹いたようだ。


 しかたなく、リュウジを悩ませていると言う、壁の外の異音について、未希に話した。


「おもしろそう……みきも行く!」


 いや、まて……待ってくれ……


 馬鹿らしい話だが、危険が無いとは言い切れない。

 やめろと言ったが、未希も行きたいと言う。


 ああ……もう……

 仕方なく、オレも行くことになった。


 具合の悪そうなストームはソフィアに預ける。


 オレ達3人で、門へと向かう。

 門を出て、すぐに右へ。

 丸太を組んだ塀伝いに歩いて行く。


「で、どんな音なんだっけ?」

「唸り声と、土をほじくり返すような音だ。夕べは、女がすすり泣くような声までまじってやがった」


「馬鹿バカしい……」

「だったらよぉソウジ、今夜はテメェも俺のテントで寝ろ。薄気味悪くて寝れたもんじゃねぇ」


 塀の西側へ辿り着いた頃、リュウジが足を止めた。


「ソウジ、止まれ。あのあたりだ……」


 少し土が盛り上がっているように見えるが、特になんの変哲もない。


 リュウジは上着の裾を広げ、腹の辺りから、木の棒を取り出した。

 その腹には、白い布。

 サラシが巻かれている。


「なんだ? それは?」

 オレは、木の棒について質問した。


「ああん? 匕首あいくちだよ、見りゃわかんだろ」


 匕首……つまりドス……?

 昭和のヤクザが標準で装備している小刀のアレか?


 腹に巻いたサラシ。

 そこから取り出した鍔の無い小刀。

 そして、リュウジの口調。厳つい人相。


 リュウジは、まるで映画から飛び出してきたような、昭和の任侠ヤクザ。

 そのものだった。


「どこで売ってるんだよ……まさか、それも自作か?」


「いや、鍛冶屋に頼んで作ってもらった、それより気を付けろ。なにかいるぞ」


「ん?」


 オレには何も気配を感じられない。

 それでも、リュウジは腰を屈め、足音を消した。

 少し後ろを歩いていた未希に、一応、声を掛ける。


「未希、離れるなよ」

「う……うん」


 リュウジを先頭に、オレ達は、土が盛り上がっている場所に、ゆっくりと近づいた。

 あと十数メートルというところまで近づく。


 何か、白い物が、盛り土の脇で動いた。

 確かに何かいるようだ。


 あと数メートル。

 その時、盛り土の中から、灰色の毛並みの何かが飛び出した。


 四本足の、灰色の動物。

 耳が立ち、鋭い切れ長の目。

 その風貌は……犬? 


 少し瘦せた感じの灰色の犬が、盛り土の前で、こちらを向き、オレ達を威嚇している。


「何だ……犬か?」

「馬鹿野郎ソウジ、ありゃ犬じゃねぇ、オオカミだっ」


「オオカミだと……なんでこんなところに1匹だけ?」


「知るかよっ。それより、殺っちまっていいよなぁ、あの犬っコロ」


「……まぁそうだな。呪いの正体があれなら、その方がいい」


 オレも、サンダーソニアに手を掛けた。


 だが、オレとリュウジを静止したのは、未希だった。

「え……ちょっと、まってまって」


「いや、でもよぉお嬢ちゃん……こんな近くにオオカミいたら、そのうち誰か食われちまうぜ」


「ちがうの……ちょっとまって、おにいちゃん、魔法つかっていい?」

「魔法、どんな?」


「みきたちが、あの子の仲間に見えますように」

 その言葉だけで、未希の回りの空気が柔らかくなった。

 なんだか、殺意が消えてしまった。

 リュウジを制してから、未希に返答した。


「わかった。やってみてくれ」


 未希が目を閉じる。

 歪んだのはオオカミでも、空気でもなく、オレ達だった。


 あの1匹のオオカミの思考が、流れ込んでくるような気がした。


 孤独で、不安で、それでも、何かを守り抜くという決意と願い。

 命を賭した、強い意思。


 未希が目を開ける。

 するとオオカミは、威圧をやめ、盛り土の影に姿を消した。


「お嬢ちゃん……魔法使いさんかよ……すげぇな」

「えへへ。あぶなかったね。あの子もしかしたら……」


 未希が何かを言いかけながら、ひとりで盛り土へと進んだ。


「おい、未希……」

 未希に手を伸ばすが、無視して先へ進んでいく。


「大丈夫だよ。もう大丈夫」


 オレ達は、盛り土に近づいた。


 そのくぼみにいたのは、やせ細った1匹のオオカミと……


 毛玉のような、小さな命。


 赤ん坊のオオカミだった。

 近くになにかの骨も転がっているが、そこで温められていたのは、母オオカミの愛。



 母オオカミは、丸めたカラダを寄せて、愛おしそうに舐めていた。



 

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