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4.2.08 - 疑似温泉


 その日の夕方。

 オレ達は、今夜の野営予定地に到着した。


 未希の魔法は天才らしいが、どうやら、万能ではなかった。


 足に纏わりついていた不思議な現象は消え失せた。

 変わりに襲ってきたのは、足にかかる猛烈な疲労。

 未希の魔法は、疲労を無くすことではなく、感覚の軽減だったようだ。


 それでも遠征隊は、前日の遅れを取り戻し、予定していた野営予定地に到着することができた。

 しかし、倍近い速度での強行軍だった。


 術が解け、酷使された疲労だけが、足に蘇った。

 オレはもちろん、ほとんどのメンバーが、倒れ込むように腰を下ろした。

 一部の者は、そのまま地面に寝転がってしまった。


 やはり魔法も万能ではないようだ。


 これはまずい。

 旅慣れている連中はどうにかなるかもしれないが……

 未希やストームは無理だ。

 おそらく、明日は、蓄積した疲労と筋肉痛で動けない。


 他の2人の女性。

 ソフィアとケアリーも、地面に倒れ込んでいた。


 満足しているのは、計画通りに進軍できたアーネストとその副官くらいだろう。


 フランス人の2人さえ、疲労困憊で嫌味を言う気力も無いようだ。



 どうするんだ……これは……


 地面に転がっている未希とストームを見る。

 その2人が、また、なにやら魔法の相談を始めた。


「……疲労を軽減する魔法……みきさん、考えて……」


「おいまて……また全員か?」


 項垂れている未希の顔を見る。


「だいじょうぶだよ……

 みきね、いい魔法知ってる。

 使ったこともあるよ」


「どんな魔法だ?」


「みきのお願いはね……

 みんなが、温泉に入った後みたいに

 体がほぐれて、ぐっすり眠れて、

 朝にはちゃんと起きて……回復していますように」

 

「……それ……いいかも、わたしには絶対できない魔法……温泉入りたい」


 ストームが掠れた声で、未希の魔法を肯定した。 


「わかった。まだ唱えるなよ。アーネストを呼んでくる」


 昼間のこともある。

 あの時、アーネストは、オレと目を合わせた後に、すぐに魔法だと断定し、行軍を再開した。

 犯人が未希か、あるいはオレ達3人の誰かだろうと気付いているはずだ。


 だから、言葉は必要ない。


 オレが近づくと、座り込んでいたアーネストが、無表情な顔を向ける。


 いつもの造られた無表情ではなく、疲れが滲む張りの無い無表情。

 アーネストも、かなり疲れている。

 

 オレは親指を立てて、未希たちの方へ向ける。

 それから、顔を少し親指の方へ振る。

 話がある……その意思を無言で伝える。


 何秒かの沈黙があったが、アーネストは立ち上がった。

 ウェストンと、もう一人の男に声を掛ける。


 3人を連れて、未希とストームが転がっているところまで戻る。


「ストーム、未希が唱えようとしている魔法の説明をしてくれ」


「……わかった」

 ストームが、地面に寝転がったまま、未希が唱えようとしている温泉魔法について説明を始めた。

 アーネストは、黙ってそれを聞いている。


 聞き終わると、もう一人の男と相談を始めた。


 ストームが部分的に、会話の内容を翻訳した。

 男の名はエルハム。支援系の術師らしい。

 ストームと同じような、複雑な魔法を唱えるタイプの術師だ。


 エルハムも、ウェストンも、顔に滲む疲労の色が濃い。

 時間通りの到着とはいえ、未希がもたらした強行軍の代償は大きい。


 一通り相談を終えると、最後にアーネストが、未希に質問した。

 その術は、本当に安全なのかと。


 地面に寝転がる未希が答える。

 その術は何度も使ったことがある……とだけ。


 アーネストが、野営地を見渡す。

 焚火の準備も滞っている。

 チーム全体が極度に疲労している。

 明日に響くのは明白だ。


 アーネストは、ゴーサインを出した。


 そして、未希は寝転がったまま、目を閉じた。


 野営地の空気が歪み出す。

 まるで、眩暈のようだった。

 空気だけが、歪んでいる。


 歪みは、数秒で収まった。


 最初に感じたのは、空気の、ほんのりとした暖かさ。

 地面の冷えが和らぎ、足元から湧き上がる、電気カーペットのような柔らかな温もり。


 そして、血流が循環を始める……

 本当に温泉入ったかのように、カラダがホカホカとしていた。


 ああ……気持ちいい……

 野営地全体が、温いサウナになったような感覚。


 アーネストも同じ感覚を感じたようだ。


 そして、すぐに、2人の側近、ウェストンとエルハムに指示を出した。

 早口で、何を言っているかわからない。

 ストームに翻訳してもらおうとしたら、未希もストームも、眠りに落ちてしまっていた。


 起こそうとしたが、意外なことに、アーネストがそれを制止した。


 慌てて、クリスに声を掛ける。

「クリス、どうなった? なにを慌てているんだ?」

 眠そうなクリスが答える。

「動ける者は、大急ぎで火をおこして、野営の準備を終わらせろって」


「わかった。オレ達も急ごう」

「あ、それと、男はたたき起こして、女性は起こすなってさ」


「……なぜだ?」

「あれでも、イングランドのジェントルマン。女性の保護は紳士の義務で名誉……だね」


「ッフフ、なるほど」


 気が付くと、ソフィアも落ちる寸前だった。

 食事はどうするのかと思ったが、いまは疲労の回復を優先させよう。

 そのまま、放っておくと、ソフィアもカラダを横たえ、眠ってしまった。



 それから、オレとクリスは焚火の準備を始めた。

 途中で、ミラーという男が歩いてきて、オレ達を手伝ってくれた。

 スコットランド人のガイド役だと紹介された。

 髭が濃く、どことなく、メモリアのガスコスを思い出す。


 食事は、お湯でふやかした固パンと燻製ベーコンの簡単なもので済ませる。

 見張りの順番は、ミラーが1番、オレが2番、クリスが3番に決まった。

 

 未希とストームは、深い眠りについたままだ。

 オレも、とっとと寝る。

 未希が展開した、疑似温泉フィールド。


 横になると、地面の暖かさが、たまらなく心地よい。

 疲労した筋肉がほぐされていく。


 眠くて耐えられない。


 なるほど……

 アーネストが設営を急いだ理由はコレか……


 交代の時間に、起きられるだろうか……


 それももう、どうでもいい……



 一度閉じたら……



 もう、目蓋を開けられそうにない……



 ……


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