4.1.06 - ギルドホーム
7月10日、土曜日、午前10時。
アパートの部屋は、灼熱地獄だった。
夏の暑さは、さらに激しさを増している。
火事にならないのが不思議だ。
それでも、これから出かけるので、窓を閉めた。
出かけるといっても、アパートの外ではない。
アパートの中だ。
前日に、まゆからメッセージが届いていた。
ログイン時間を、分単位で指定するメッセージ。
それでも、中では1時間くらいズレる。
1分のズレが100分のズレになるニフィル・ロード。
オレが、未希を救出してからも、まゆはオレ達のログイン時間を細かく計測していた。
そして今日のログインで、3人の時間を近いところに合わせるのだと言う。
現実世界と、ニフィル・ロードでの時間を同期する。
そして、オレ達3人だけのカレンダーを作成するのだと息巻いている。
それが、今回のログインの目的……らしい……
だから今日、招集された。
あと少しで、アパートの灼熱から逃れられる。
その時間を待っている。
午前10時4分。
ログインの準備をする。
オレは、畳の上に座っている。
左手のログインデバイスを、水平にする。
本当は、今すぐにでも、涼しいニフィル・ロードへ行きたい。
あと少しの我慢だ。
『 Join Me 』
5分になるのと同時に、オレはニフィル・ロードへログインした。
そして、おやしろのベッドの上で目を開けた。
ここ数日は、未希から英語を学んでいた。
村へも、たまに顔を出している。
なんだかんだで、あの酒場がいちばん落ち着く。
エールはイマイチだが、食事は美味い。
現実世界のカネは消費せず、この世界の偽造コインでメシが食える。
だが、今日は約束がある。
村に顔をだす時間は無い。
メモリアでしか、役に立たないコインは置いていく。
腰の剣、サンダーソニアだけ括り付ける。
デバイスを叩き出して、記憶の回廊へ。
そして、エレメント・ノードへ。
噴水広場を出て、待ち合わせ場所へと足を向ける。
未希の家へだ。
今日も良く晴れている。
アパートの灼熱地獄と違って、この世界は本当に快適だ。
エレメント・ノードにも、雨は降るらしいが、まだ雨の日を過ごしたことは無い。
未希の家までの道を辿る。
果物屋、花屋の前を通り過ぎる。
右側に小さな池。
近づいてみたが、桃の匂いはしなかった。
未希の家はこの先。
否応無しに、目に写ったのは、大きめの新しい家。
辺りは、草原と林で、他に家は無いはずだった。
ところが、未希の家へ近づくと、隣りに新しい家ができていた。
木枠と白い壁。
造りは未希の家と似ているが、2階建ての四角い家だった。
面積だけでも、未希の家の4倍はありそうだ。
誰か引っ越してきたのだろうか。
未希の家の扉の前へ。
そして、鐘を鳴らす。
しばらく待ったが、返事がない。
「おーい、未希」
声を掛けても返事がない。
暫く突っ立っていると、返事が返ってきたのは、隣りの家からだった。
「おにいちゃん、こっちこっち」
隣りの家の2階の窓。
未希は、そこから声を掛けていた。
わけもわからず、隣の家へ。
正面には、大きな2枚扉。
その扉が左右に開くと、若い女性が姿を見せた。
黒に近い紺色のローブを羽織り、フードを浅めに被っている。
長い黒髪は三つ編みに。
赤いリボンでそれを結わいて、お腹の辺りに垂らしている。
フードの淵から、頭に付けた銀色の細いティアラがチラチラと見えていた。
顔つきは、まゆだ。
だが、言わずにはいられない。
「誰だ……」
「わたしはストーム。ここでは、まゆとは呼ばないで」
大きな声で、はっきりと、そう言った。
いつも、小声で、なにを言っているか分からないまゆ。
じゃなくてストーム……?
「やっぱり誰だ……」
「いいから、中入って。総司の部屋も用意したから」
ストームが、ローブの裾をひるがえし、扉の中へと戻っていった。
口を開けたまま、呆然とするのは、久しぶりだ。
中に入ると、最初の部屋は、会議室のようだった。
長テーブルの周りに、丸椅子が並ぶ。
左奥に階段。
にしても、家具はそれだけで、殺風景だ。
まだ、準備段階なのだろうか。
「総司の部屋は階段上がってすぐの正面だから」
「いや……まゆ」
「ストーム!」
「ああ……悪い……ストーム……?」
「なに?」
「……ここはおまえの家か」
「家だけど、私たちのギルドホーム。今日からは総司もここでログアウトして」
話についていけない。
階段から、未希が降りて来る。
「まゆさんが、突然引っ越してきて、びっくりした」
「ストームだってば! リアル名使わないで!」
「まゆも、偽名だろ」
「……それ……本名だから」
「え?」
「まゆは、わたしの本名だから! ここでは呼ばないで!」
「ああ……そうか……すまん……わかった」
以前、偽名でいいからとリクエストした「まゆ」は……
本名だったのか……
にしても、別人だ……
ネクラで、人見知りの日本代表のようだった、まゆが……
この世界では、文字通り、水を得た魚だ。
強そうで、頼もしい。




