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4.1.04



 翌朝。

 7月4日。


 窓は開けっ放しだ。

 アパートの部屋が暑すぎる。


 ためしに、黄ばんだエアコンのスイッチを入れてみる。


 窓の外から、ヘリコプターが離陸を始めたような音と振動。

 苦情が来る前に、エアコンを止めた。


 どこかに出かけようかと考えた。

 だが、どこへ行くにも辿り着くまでが暑い。


 エアコン。

 買い替えてもらえないか、雇用主に頼んでみようか。


 そうだ。

 あるじゃないか。

 逃れる方法が……1つだけ……


 オレは立ち上がり、電源コードを繋いでいない冷蔵庫を開ける。

 冷蔵庫の中は、サウナの中のサウナのようだった。


 ログインデバイスを取り出す。

 大丈夫だ。壊れていない。


「未希に、英語教えてもらいに行こう」


 冷蔵庫は、開けっ放しにしたまま、部屋の中央へと戻る。

 畳の上に座り、デバイスを水平に。


 何日ぶりだろうか。

 未希を助けた、あの日以来だ。


 オレは、ニフィル・ロードにログインした。




 ああ……

 快適だ……


 エレメント・ノードの噴水広場。


 暑くもない。寒くもない。

 時折吹き抜ける心地よい風。


 噴水から流れ落ちる水の音。

 もう、夏の間は、ずっとここで良い。


 自分の装備を確認する。

 白っぽい色の麻布のチュニック。

 ブラウン色の袖なしガウン。

 ウールで織られた、がっしりとしたズボン。

 頑丈そうな、革の靴下。

 スピカの街で揃えたコーデだ。


 マントは羽織っていない。

 あんな臭いものを羽織って、未希の近くに行きたくない。

 腰には、細い西洋剣。

 サンダーソニアが掛かっている。


 オレもすっかり、この世界の住人だな。



 噴水広場で目立つのは、屋台の老人。

 噴水おじさんと呼ばれているらしい。


 オレは、その屋台に近づいた。


 露店には、なにも並んでいなかった。

 なにを売っているんだろうか。


 年齢はよくわからないが、上品な白い顎髭を蓄えた、貫禄のある爺さんだった。


 オレを見て、ニコニコと笑い返している。


「ウィールコーメン

 イステスショーナイネヴァイルヘィア?

 オダーズェンジーズンエステンマァルヒーア?」


 まったく分からない。

 なにか、喋ったようだが、すべて耳を通り抜けた。


「すまん……何語だそれは……」


 ああ、未希がドイツ語って言ってたか?


「エングリシュ?」


「いや……ジャパニーズ……」


「オゥ、シェゼンジャパーナー」


 だめだ。分からん……


「いや……ごめん……じゃなくて……ソーリー」


「ヤァ!」


 いや、やぁじゃなくてな……


「あぁ、えーと、アイ…カム、アゲイン」


「ンーフー、シーユウ!」


 噴水おじさんは、ニコニコと笑っている。

 オレは、右手を上げて、挨拶した。


 そして、屋台を離れる。

 今のやり取りで、とてつもなく、疲れた。


 未希の家に向かおう。


 噴水広場を右へ。

 突き当たって左。

 次は右。


 家まで行かずとも、未希を見つけた。

 果物屋の前に未希が立っていた。

 背中を向けて、果物を眺めている。


 近づいて、声を掛ける。


「未希」

「ん? あ、おにいちゃん」


 髪の長さが、いつもの長さに戻っていた。

 切ったわけじゃなく、ログインしなおして戻ったんだろう。


「買い物か」

「うん。なにか食べたいものある?」


 並んでいるのは、現実世界と変わらない果物だった。

 リンゴや、桃、ミカン。

 季節感は、関係ないのか、スイカやメロン、ブドウまで陳列されている。


 食べたいものは、特にない。

 

 未希が、桃とメロンをカゴに入れて、店員の所へ持っていく。

 店員は、40代の女性だ。

 日本人ではない。

 未希が、流暢な英語で、会話をしている。

 この世界で英会話を学んだというのは、本当のようだ。


 あの女性もプレイヤーなのだろうか。


 未希が、代金を渡した。

 そのコインは半透明だった。

 オレのメモリアで流通しているコインとは全く異なる。


 支払いを済ませて、戻って来る未希に半透明のコインを見せてもらう。

 中心に、数字が刻まれている。

 半透明なのに重さがあり、指で掴める。


「なんだ? このコインは?」

「このエレメント・ノードのお金だよ。ジェノっていうの」


「ジェノ? それが単位か?」

「うん。この桃は1個で、15ジェノ」


「このコインは、なんでできてるんだ?」


「知らない。だれかが魔法で作ったんだって。たぶん、すごい複雑に作られてると思うけど」


「魔法……?」

「私も良くしらないんだけど……あ、おにいちゃん、お小遣いあげようか」

「は……?」


 未希が、コイン袋から、大きな半透明コインを取り出す。

 オレに見せたコインを、そのコインに重ねる……


 すると、コインが1枚となり、すこし大きくなる。

 そして、中央の数字が変わった。


「どうなってるんだ……これは……?」

「わかんないよ。ちょっとまってて」


 それから、未希は、1枚になったコインに指を置く。

 暫くすると、大きなコインが、分離した。

 大きなコインは、また少し小さくなり、そのコインの2割ほどの大きさのコインが1枚増えた。


「はい、おにいちゃん」


 未希が小さい方のコインをオレに渡す。

 中央に「2000G」と、刻印されていた。


「どうやって使うんだ……これは……?」

「そのまま渡せば、店員さんが、代金を差し引いて返してくれるよ」


「未希」

「ん?」

「1ジェノにしてみてくれ」


 未希に、2000Gのコインを渡す。


 未希がコインに指を置く。

 2枚に分割した。

 1円玉よりも一回り小さいコイン。

 刻まれた数字は、1G

 そして、もう1枚の1999Gのコイン。


「できたよ」

 未希が、分割された2枚のコインを、オレの手に戻す。


 オレは、それを重ねてみる。

 2000Gの1枚のコインに戻った。



 うん。

 ついていけない。



 この世界で、やっていける自信が無い。



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