4.1.01 - 発掘
7月1日の昼間。
未希のログアウトに成功した日から、2日経った。
オレは、実家の近くの鈴椿神社へと、足を運んだ。
実家からでも、歩いて20分ほどの場所。
林に囲まれた中規模の神社。
歴史は古いらしいが、詳しいことは、よく知らない。
エレメント・ノードの噴水広場で出会った女性。
その女性に、行けと言われた、近所の神社。
いつもなら無視するような、強引な話だ。
初めての場所で、初めて出会った謎の女性。
その女性は、オレの名前を知っていて、オレの性格も見抜いていた。
そして、未希と、まゆの名前まで知っていた。
2人に妙なことが起こる前に、なにがあるのか、確認したかった。
だから、来た。
7月に入り、蒸し暑い。
神社の境内は木々に囲まれ、蝉が好き放題に唸る。
謎の女の、謎の伝言。
何があるかわからない。
だから、念のため、ここに来たのは、オレだけだ。
汗をぬぐいながら、鳥居をくぐり、賽銭箱の前へ。
これから、少し地面を掘ることになると思う。
オレは、バチなど気にしないが、これも、念のためだ。
賽銭箱に投げ込んだのは、五百円玉。
鐘を鳴らし、手を合わせる。
作法など知らない。
ご利益も求めない。
バチも信じない。
「別にいいよな? これで?」
それだけ告げて、賽銭箱を離れる。
それから、目的の井戸の場所へ。
小さいころに何度か訪れ、遊んだこともある神社。
だから、この神社のことも良く知っている。
境内の端っこ。
巨大な岩をくり抜いたような石の上に、重そうな木の板が被せられている物体。
子供の頃は、これがなんだかわからなかった。
おそらくこれが井戸だ。
そして、その井戸から少し離れたところに、3基の灯篭が並んでいる。
灯篭の後ろは、小さな森……というより林。
女が言っていた場所。
それを辿る。
真ん中の灯篭から、林に向かって5歩。
特に何もない。
下は、土の地面。
上を向いても、枝葉の隙間から青空と雲が見えるだけ。
落ち葉を除けて、土に触れてみる。
特に何も感じない。
やはり……掘るのか。この炎天下で。
何も持ってこなかったので、近くに転がっている頑丈そうな枝を拾って2つに折る。
それで、ガリガリと土を掘る。
蒸し暑い。
顔から、脚から、背中から。
汗が滲み出てくる。
どれだけ掘ったらいいのかも分からない。
それでも、掘る。
だが、数センチ掘ったところで、変化があった。
固い腐葉土と、ほぐれた感じの腐葉土。
ほぐれた感じの部分だけを掘り進める。
途中でただの土から、砂が混じる土に変わった。
砂混じりは、手前の2割くらい。
最初の5歩が、少し大きかったのかもしれない。
半歩下がって、砂の混じる土だけを掘る。
掘っていくと、砂は広い範囲に混じっていた。
だんだんと、砂の割合が濃くなる。
汗は流れ続ける。
意味があるんだよな?
時折、心地よい風が吹き、さわさわと周囲の木の葉を揺らしていく。
その風が「いいから掘れ」と言っている気がする。
だから掘った。
そして……
出てきたのは、焼き物の皿。
まさかこれ……?
冗談だろ?
いや……もう少しがんばろう。
そんなわけ無いよな?
その皿は、さらに地中にある何かを守るように、裏返しで埋められている。
しかし皿は砕け、割れている。そして無尽に亀裂が走っている。
この先に、まだ何かある。
その皿をどけて、さらに砂の混じった土を掘る。
砂混じりの土は、まだ地中に続いている。
やがて土ではなく、乾いた土砂に変わっていった。
もう枝で掘れない。
だから、手で掬い出していく。
額の汗が、砂の上に落ちて、染みを作る。
その染みた砂を掻き出す。
その時、オレの指が、硬い表面に触れて止まった。
琥珀色に湾曲した表面。
その上の砂粒が、さらさらと流れ落ちていく。
そこからは、慎重に掘り進めた。
砂の中で、少しずつ、湾曲した物体が形を成していく。
そして、姿を現した。
これはおそらく……少し大きな急須だ。
砂の中に手を挿し込む。
しっかりと抱え込み、ゆっくりとそれを持ち上げた。
取っ手と、注ぎ口。明らかに急須の形。
軽く砂を払い、親指の腹で表面を撫でる。
ざらついた琥珀色の膜が剥げ、淡い藍色の模様が姿を現した。
オレは、掘り起こした急須を、境内の脇にある蛇口の所まで持っていく。
蛇口を捻って水を流し、急須にこびり付いた濁りを落とす。
流れる水が、冷たくて心地よい。
ときどき顔を洗いながら、急須を洗う。
急須は、くすんだ白地と、藍色の線模様が浮かび上がり、本来の色を取り戻した。
まずは、急須の蓋に触れた。
しかし動かない。
押しても、引っ張ってみても。
どれだけ力を入れても全く動かない。
蓋は、溶接されたかのように、固定されている。
振ると、カラカラと固い音。それに混じる砂の音。
中に、なにか、固い物が入っている。
地面に叩きつけようかとも考えたが……
そのまま持ち帰ることにした。
穴は埋め戻した。
最後にもう一度、神社の鈴を鳴らす。
どれだけの年月を経たのかは分からないが。
埋めたヤツもこうしただろう。
どうか、相手に渡りますようにと。
だから、オレも、それに応える。
「だれだか知らないが、確かに受け取った」
昼間のアパートは、暑すぎて、人間が居られる場所じゃない。
だから、発掘した急須を持って、駅前のインターネットカフェへと向かう。
歩きながら、未希とまゆにメッセージを送る。
『学校が終わったら、ネカフェに来てくれ。カラオケブースに居る』
途中で、ディスカウントショップに寄って、小さなハンマーと新聞を買った。
ネカフェには、昼過ぎに到着。
まずは、ドリンクバーで、冷たいお茶をがぶ飲みする。
それからカラオケブースへ。
ブースに入り、床に新聞を広げる。
急須を床に置き、靴底で押さえつけ、もう一度、蓋の開放を試みる。
だが、まったく開かない。
もしかして、これは蓋ではないとか?
見た目は、蓋なのに……
そう思って、ひっくり返してみる。
しかし、他に開けられそうな所はない。
仕方なく……ハンマーを取り出す。
新聞紙の上に急須を置く。
どこを叩き割ればいいのか分からない。
だから、まずは軽く蓋を叩いた。
それから急須を転がし、横から、底から、あちこちから叩く。
どこも音が違う。
いちばん軽そうな音は……急須の底だ。
ひっくり返して、ハンマーで軽く叩く。
少しずつ力を強くしながら、何度もたたく。
何度目かの、鈍い音の後で、急須の底にヒビが入った。
そのヒビめがけて、少しだけ強くハンマーを打ち下ろす。
そして、小さな破裂音と共に、急須の底が砕けた。
急須の中には、缶の箱。
割れた急須の破片が散らばり、砂にまみれている。
破片を避けて、缶の箱を摘まみ上げる。
角の丸い長方形の缶。
表面はくすみ、ところどころに黒い染み。
手に取ると、見た目よりも重い。
振ると、カサカサと紙を擦るような音。
爪で叩くと、少し曇った金属音が鳴る。
缶の蓋を掴む。
少し力を入れただけで、ぱりぱりと音がした。
新聞紙の上に粉のようなものがパラパラと落ちていく。
そして、蓋が開いた。
入っていたのは紙の塊。
その紙は、洗濯してしまったティッシュのようにパサパサだった。
よく見ると、折り目の先の紙が、3段にズレている。
かつては、3枚の紙だったのではないだろうか。
オレは、その端に爪を差し込み、少しずつ引っ掻いた。
途中から指で摘まんで、慎重に剥がしていく。
その紙は、剥がれるというよりも、崩れ落ちていった。
そして紙の中から現れた物……
それは、名刺入れサイズの黒い電子機器……
表面は、艶を帯びて、部屋の照明を黒々と跳ね返している。
これは……
ログインデバイスだ。




