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3.9.14 - ムスカリの花


 噴水広場。

 石像が正面に見える角度へ移動し、右を向いて歩き始める。


 噴水広場を出る。

 何軒かの木造の家が立ち並ぶ道を抜けていく。

 道が突き当り、左へ。


 左側に大きな石造りの家。

 そこを過ぎたら右へ。


 あとは真っ直ぐ。


 洗濯ものが干してある平屋の家。

 革製品や、アクセサリーが並ぶ露店。

 花屋の前を通り過ぎ、次は果物屋。


 ぜんぶ未希から聞いた道順。

 オレはそれをなぞるだけ。


 立ち並ぶ商店を過ぎ、草原に引かれた道を進む。


 歩いていると、右側に小さな池。

 透き通った池の水が、陽の光をキラキラと反射している。


 池を過ぎると、あと少し。

 道の先の左側。


 腰の高さの柵の中に、紫色の花畑。

 茎にまとわりつく、ブドウのような花だった。

 花畑に囲まれた、三角屋根の小さな家。


 紫以外にも、いろとりどりの花。

 小屋のドアまで、花に囲まれた小道が引かれている。


 丸太の木枠に白い壁。

 扉の左に、出窓が一つ。

 出窓の下には、赤い花。

 窓の向こうは、リビングだろうか。

 未希がいたら、驚かせてやろうと、覗き込んだが誰もいない。


 扉へ近付く。

 ノックしよう手を伸ばすが、触れることができない。

 見えない壁に弾かれた。


 扉の手前に、紐のついた鐘が吊ってある。

 紐を引いて、その鐘を鳴らした。

 カラン、カラン、と。


「はーい」


 未希の声。

 扉が開く。


 右耳の上に、ブドウのような髪飾りをつけた未希。

 髪がずいぶん伸びていた。

 肩よりも伸びたロングボブが、首の下までカールしている。


「おにい……ちゃん……」


 クリーム色の短いワンピース。

 膝の下から、白いローブがはみ出ていた。


「またせたな。未希」


 幽霊でも見ているようにオレを見ていた。

 その後、気まずそうな表情に変わっていく。

 それからだんだんと、未希の目に涙が溜まり、ポロポロとあふれた。


 お互いに、その後の言葉が無い。

 何を喋ったらいいか、わからない。

 未希の感情だけが、涙に変わり、零れ落ちていく。


 オレは、ぐずる未希の頭に触れようとして……途中でその手引っ込めた。


 言いたいことを思い出した。


 9年前の未希の問い。

 それに応える、オレからの質問。


「ここが未希のおうちか」


「……うん」


 頷く未希の涙声。

 今にも膝から崩れ落ちそうだ。


「入っていいか」


「うん…………」


 立ちすくむ未希の横をすり抜け、未希の家に、踏み込んだ。


 未希の部屋と同じ空気。同じ気配。


 左に小さなリビング。右はキッチン。

 奥には扉が2つ。


 こじんまりとした内装。

 飾り気は少ない。

 どこも綺麗に整頓され、壁も柱も清潔そうだ。


 リビングに二人掛けのソファーがある。

 脇にはピンク色のクッションと、シナモン色のブランケット。


 ソファーまで歩き、とりあえず座った。

 玄関から動いていない未希が、目頭を押さえて、こちらを向いている。


 オレは、普通の会話が苦手だ。

 いつの頃からか、普通の会話をしなくなった。

 だから言葉が出ない。


 なにを喋ったらいいかわからない。


 だからいつも、未希が先に話しかける。


「おにいちゃん……どうしてここに?」


「おまえがなかなか帰らないから……啓介のデバイスを使って、遊びに来た。来ない方がよかったか?」


「ううん……会いたかった。ずっと」


「大切なデバイスを、勝手に使ってごめんな」


「ううん……おにいちゃん、ちょっと立って」

「なんだ?」


 ソファーから立ち上がる。

 未希が歩く。2歩、3歩。

 そこから早足。


「もうムリ……ちょっと、よりかかる」


 オレの胸に顔をうずめて、ぐずぐずと、鼻をすする。

 オレの右手が勝手に持ちあがる。

 オレの意思に反して。

 その手を広げ、未希の頭に乗せる。


 なにも言葉が出ない。

 だからまた、未希が喋る。

 オレの胸によりかかり、顔をうずめたまま。


「帰りたい」


「そうだな……心配してるよ……」


「お父さんと、お母さん?」

「いや……」


 2週間前のオレが、心配している。


「オレだ」

「ふふっ……ふふふっ……」


 嗚咽を漏らしながら、未希が笑った。


 ここまで来れば、時間はもうどうでもいい。

 あとは未希を、ログアウトさせるだけ。


 だから少し、時間を空けた。

 心が落ち着く、少しの時間。

 そして必要な会話をした。


 言わなくてはならないこと。

 戻ってからの言い訳。

 須藤明美のこと。

 オレが田心啓介と戦うためのヒント。


 言葉は足りていない。

 オレは、普通の会話ができない。


 そして、右手を叩いて、未希のデバイスを出した。


『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 43:48 』


 エラー表示が消えていた。

 時計が動き出している。

 未希は、いまここにいる。

 右手のデバイスが、近くの未希を認識した。


 あとは、これに触れるだけ。



 その前に1つ。

 思い出したこと。


「なぁ、未希……」

「ん?」


「初めて行った、メモリアのママのおうち。覚えてるか?」


 未希への……みやげ話を持って帰ろう。


「うん、少しだけ」


「どんなだった?」


 長時間ログインで忘れてしまった、未希の記憶。


「カバン、くつ、それとお花……

 残ってるわけないけど。

 全部、ママの匂いだった。

 ママが生活していた、ママのおうち」


 ……おまえの、ママからの手紙。


「花は……どんな花だった」


「紫色のね、ムスカリのお花。

 枯れて乾燥しちゃってたけどね」


「庭に咲いてる……あの花か?」



――うん


 ママが大好きだったお花。

 ムスカリはね……


 みきの名前と同じ花……


 どんなに辛いことがあっても、未来に絶望しないでって。

 希望を持ち続けてほしいって。

 それが、ママの願い。

 ママからの、みきへのお手紙……


 だからね、みきはやめたの。

 悲しいとか、辛いとか、そういうこと全部。


 いつでも、どこでも、みきはいい子になろうって。

 笑っていようって。


 ママが、そうあって欲しいって……願っていたから。

 だからみきは、いい子になったの。


 いい子になってたでしょ?



――ああ…………


 ……手紙は


 おまえが忘れてしまう、ママからの手紙は……


 おまえの名前か……


 未希。

 未来への希望。

 絶望に打ちひしがれても、未来は希望に満たされ続けてほしいと。


 それが、おまえのママが残した言葉、思い。娘への願い。


 枯れたムスカリの花が、未希への手紙。


 未希は、あの日から、笑うようになった。

 話すようになった。


 あの大泣きした日。あの場所で。

 未希は、「あの世界」の思いを捨てた。

 パパとママの幻影に、しがみつくのを止めた。


 6歳で、小学校入学の直前に訪れた、両親の死。

 9歳のあの日、未希は別人になった。


 そして、変わった。変わってしまった。

 あの日から未希は、自分をウソで塗り固めた。


 父親じゃない父親を、お父さんと呼び、

 優しい伯母を、お母さんと呼んだ。


 笑顔を取り繕い、家でも、学校でも、希望の仮面を被り続けた。


 それは、オレの母親や、父親の為ではなく。

 自分の為でもない。


 ただ、未希は……

 

 ママの願いを叶えようとしただけ。




 窓から庭を眺める。

 未希が咲かせた、紫色のムスカリが、元気に庭に並んでいる。


 ウソまみれの未希の原点。


 いいんだ。

 それでいい。

 それが未希の生きる力だというのなら。


 オレはそれを支えよう。


 未希は、未来を向いている。

 だから、それでいい。


 だけど今日は……

 もう帰ろう。


「未希……帰ろう」


「うん」


 未希がオレの顔を眺めている。

 揺り籠の中に居た、あの日のように。


「おにいちゃん」


「ん?」


「お腹すいた」


 フフ……

 また始まるのか。

 あの旅が。


「目が覚めたら、また言え。飴が貰える」


「ほんと?」

「あぁ。ウソじゃない」


「でも、大丈夫かな……43時間もログインしちゃった……」


「心配無い。すぐ近くにオレもいる。頼りになる友達も待ってる」


「友達? だれ?」

「未希が希む、未来の友達だ」


「……なんか楽しみ。じゃあ帰る」


「ああ……帰ろう」



「でも、おにいちゃんの手にあるから……押しにくいよ……」


「そうか、そうだな……」


 未希がオレの右腕を掴み、カラダを寄せる。

 柔らかい体温が伝わる。

 そこから、オレの手にあるログインデバイスに右手を伸ばした。


 未希の人差し指が、「CONNECT」に触れる。

 オレの手の上で表示される「 Logout 」


 帰るんだな。あの家に。あの場所に。


「じゃあね。おにいちゃん。またあとで」


「ああ。またあとでな」



「あ……おにいちゃんは、いままでも、これからも」


 未希がログアウトに触れた。


「最初からずっと……おにいちゃんだからね」


 言い終えると、未希から力が失われた。

 もたれ掛かるように崩れ落ち、寝息も立てずに、眠ってしまった。


 ログアウトし、抜け殻になった。

 今頃、あの家、あの部屋に戻って、気絶しているのだろう。


 未希をそのままソファーに寝かせる。

 傍らにあったブランケットを広げて、未希に掛ける。


 死んだように眠っている。


 未希が戻るのは、2週間前。

 それでまた、2週間前のオレが、未希を探しに、ニフィル・ロードに巻き込まれる。


 そこで、いろんなヤツに会い。

 いろんなヤツの助けを借りて。

 ここまで辿り着いた。


 長い旅だった。

 その旅が、今終わった。




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