3.9.11
記憶の回廊へ。
音もなく、匂いもない。
どこまでも続く青白い床。
無限につづく、天井の闇。
その空間を歩いて行く。
行き先は、白い光の場所。
啓介の元へ。
啓介は、何も変わらず、そこに立っていた。
最初の距離は10歩手前。
そこで刃を引き抜く。
オレは、サンダーソニアを。
啓介は、打刀を。
互いに右脚を半歩前へ出す。
オレがすり足で、啓介に近づく。
もう、何十回も繰り返した。
目をつぶってでもできるだろう。
だが、目線は同じ場所。
剣先の高さも同じ位置。
すり足の幅もまったく同じ。
啓介の突きを誘い出すための手順、いや……儀式だ。
オレは知っている。
偽物をホンモノだと思わせるためには、ホンモノ以上に偽物を扱うこと。
偽物だからと手を抜いたら、それはただの偽物だ。
相手がホンモノだと信じた偽物を生み出した瞬間。
その時にこそ、フェイクの真価が発揮される。
ならその逆はどうだ?
オレは、初心者丸出しの小手を狙った打ち込みを、右から繰り出す。
これはフェイクだ。
だか、啓介はフェイクだと知っている。
露見した時点で、フェイクとしての価値は無い。
全てを見切った啓介が、オレの心臓に突きを繰り出す。
オレは、それを躱す。
来ることが分かりきっているホンモノの突き。
重心を右に。
腰を捻り、左半身を後ろにそらす。
吹き抜ける剣先。
そして啓介が刃を寝かせ、横へのスライドが始まる。
見えているわけじゃない。
覚えているだけ。
なんどもなんども繰り返した。
頭の中で、そしてこの場所で。
刃がどれだけ速くて、それが見えなくても、オレは知っている。
必要なのは速さでも、見切りでもない。
タイミングだ。
分かり切ったタイミングで、刃がオレの鎖骨の前を通り過ぎる。
そして鮮血が吹き飛ぶ。
啓介の眼前へ。
啓介の顔がほんの数ミリ、後ろへのけ反る。
仰け反りながら吹き抜けていく剣先。
そして静止した。刃が。啓介が。
態勢は、すでにできている。
重心を変える必要もない。
オレの小手は、フェイクじゃない。
啓介が信じた、露見したフェイク。
その刃が最も近い場所。
オレの刃のすぐ真下。
オレの胸先を吹き抜けた直後の、刀を掴む啓介の左腕。
痛みは無い。
カラダもまだ動く。
腕も振れる。
力を込める。
問題ない。痛みは無い。
だから振り下ろした。
サンダーソニアを。
啓介の腕。
啓介の左腕へ……
サンダーソニアが初めて触れた、戦いの感触。
グリップには何も伝わらなかった。
空気を斬ったのかと思った。
視界の端っこで、クロスガードのチューリップが微笑んでいる。
そう見えたのは、気のせいかもしれない。
啓介の腕から血が零れ落ち、力を失い、落ちていく。
刀は、どこかに飛んでいった。
オレは左脚を踏み込む。
サンダーソニアを返す必要は無い。
この剣は両刃だ。
オレは、右下から左上へ。
サンダーソニアを撫で上げた。
切った感触はない。
右の方から、刀が床に転がる音。
その音が鳴り終わる頃。
啓介の袴から、道着から……赤い色が滲みだす。
啓介のカラダが、ふっと力を失う。
オレの右肩に寄りかかる。
そして、そのまま、ずるずると……
啓介が、床に崩れた。
そしてオレも……
啓介の背中に倒れ込んだ。
切り裂かれたオレの胸部から、止めどなく血があふれ出る。
啓介はどうなった。
オレのカラダも、動かない。
この勝負はどうなった。
痛みは無い。
在るのは、鉄の匂い。
仄かな、啓介の背中の温もり。
ガーディアンにも体温があるんだな。
この状態で浮かんできたのは未希の顔。
未希が、母親のガーディアンに抱きしめられたとき……
どんな気持ちだったんだろうな……
意識が無くなる。
目は開いているのに……
色が無くなり……
掠れていく……




