3.9.08
オレはログアウトし、現実世界に戻った。
アパートの黴臭い部屋。
そして最長記録を軽く更新した。
ログイン時間は8時間10分だった。
最初に襲ってきたのは、結構な眩暈。
オレの足元だけが震度3くらいの地震に見舞われたように頭が揺れる。
そして、足からふくらはぎにかけての、すさまじい筋肉痛が蘇った。
ニフィル・ロードで過ごした時間は、34日。
田心啓介との再戦1回目の記憶が、10年前に劣化していた。
不思議な感覚だった。
斬り殺されるという衝撃的な記憶が、小学校4~5年頃の記憶と同列に存在している。
まぁしかし。
ニフィル・ロードでの34日間。
ほとんど同じことを繰り返す日々だった。
やったことも、やるべきことも良く覚えている。
スマホの時計を見る。
まだ朝の4時だった。
朝のランニングでもしようかと思ったが。
……寝た。
起きたら昼の12時。
ふくらはぎの筋肉痛が、少し治まっているが、脚全体から、ダルさが滲みだしている。
朝の7時頃に、まゆからメッセージが来ていた。
勝手にログインするなと怒っていた。
次の予定は?
と聞かれたので、明日の16時頃だと答える。
そのあと、ランニングに出た。
少し蒸し暑い日差しの中を、30分くらい走り、アパートに戻る。
他に、することはない。
あとは、のんびり過ごす。
翌日。
6月23日、水曜日。
筋肉痛は完全に治まっているが、少しダルい。
約束の時間までダラダラ過ごしてから、16時で待ち合わせたネカフェへ。
ふたりは店の入り口で待っていた。
未希も、まゆも、学生服ではなく、普段着だ。
梅雨はもう明けたのだろうか。
6月も下旬。
すっかり蒸し暑い。
まゆは、袖を捲った薄手の黒いジップパーカー。
グレーのスェットパンツは、膝の下まで。
未希は、アイボリー色のシアーレイヤードTシャツと、黒のデニムショートパンツ。
未希は自分で服を買ったことが殆どない。たぶん母親が選んだコーデだ。
学校はどうしたと聞いたら、今はテスト期間中で半日だという。
未希は、まゆとテスト勉強をするといって、家を出て来たらしい。
一応、本当に勉強するつもりで、教科書なども持ってきているようだ。
店はすいていた。
予約なしで、オレ達3人は、カラオケブースへ。
8時間くらい入るかもしれないと、予告したら、未希が怒った。
聞くと、18歳未満は、22時で追い出されるらしい。
いや、それ以前に親が心配するので、18時に帰ると言った。
2時間はムリだ。
まゆは、残れるというので、6時間で戻ると約束し、オレはログインした。
目を開けると、深夜のおやしろのベッドの上。
おかげて朝まで暇だった。
外は暗くて何もできない。
ログアウトする時間も、少し考えたほうがいいかもしれない。
それより、脚のダルさが消えている。
たった1度の超回復だが、僅かでも筋肉がついたのかもしれない。
ついでに、ネカフェで履いていた重たい安全靴が、革製の靴下へと変わっている。
脚が羽のように軽くなったような気がする。
今なら2メートルくらい垂直ジャンプできそうな気がして飛んでみたが……
ジャンプ力は、ほとんど変わっていなかった。
そしてまた、朝から鍛錬に励んだ。
午後になると、たまにコユルギが、パンとスープを差し入れに来てくれた。
すると、どこからともなく、クラゲも現れる。
しばらくすると、木陰の下で、ふたりで談笑している。
コユルギとシチリは、今は、ニシカタの家で暮らしている。
そしてまた、鍛錬を繰り返すだけの日々が過ぎていく。
啓介との稽古試合は、苛烈なものになっていた。
オレの回避力が上がれば上がるほど、最初の突きを受けたときの痛みが強烈になっていった。
トラウマになりそうなほどの痛みだ。
まぁしかし……復活する。
だから、死ぬわけではない……のだが……
定期的に受ける死に至るほどの強烈な痛み。
なんだか、オレの中で、違う扉が開きそうだ。
そして、20日を過ぎた頃のある日。
ついにその日がやってきた。
啓介の突きが……見えた。
その刃は、正確にオレの心臓を突き刺していた。
その時初めて知った。
その突きだけでも、致死の一撃だったことを。
にも関わらず、啓介がオレのハラを薙ぐのは、痛みを感じる前に絶命させるという、啓介の優しさなのかもしれない。
だがオレは、その突きの軌道を、日々、ずらし続ける。
だから痛い。
ハンパなく痛い。
痛くない注射針を挿し込まれる瞬間に、腕を強引に動かしまくるような行為。
痛いに決まってるだろうが……
いい加減、啓介の前に立つのが嫌になった。
これでダメだったら、別の切り口も考えようかと悩み続けた。
その悩みも限界に達したある日のことだ。
いつものように、右から小手を狙う素人のフェイント。
それを見越して、突きを繰り出す啓介。
そしてオレはついに……
突きを躱した。
横に移動しながら、腰を捻って左半身を後ろにそらした。
啓介の突きを完全に躱したのだ。
だが甘かった……
啓介の突きが、オレの左を吹き抜けた直後。
即座に水平に寝かせた刃が、鎖骨の辺りから首の下の辺りを吹き抜けていった。
久しぶりに、なんの痛みも感じなかった。
だから、躱したのかと思った。
だが、刃が吹き抜けたあと、そこから血がはじけ飛んだ。
その勢いのまま、扇のように広がった油性の液体が、啓介の顔面へと襲い掛かった。
その瞬間。
啓介の動きが止まった。
次の刃が入らない。
その時間は、1秒も無かも知れない。
だが、その僅かな間は、いままで感じたことの無い間だった。
啓介は、驚いたように顔を後ろにそらした。
啓介の顔が、オレが撒き散らした油性のペンキで汚れたのを見た。
でも、それが最後だった。
啓介は、態勢を立て直し、左斜めに刀を引き寄せる。
そしてそこから一閃。
オレの心臓に、第二撃の突きを放つ。
そして、左脚を踏み込み、引き抜いた刀で、腹を薙いだ。
オレはまた、前のめりに崩れ落ちた。
でもな……
3回だ。
3回斬られた。
いままで、2回で殺されたド素人のオレに……
3回も刀を振らせた……
そして、どうだ。
啓介の顔、そして真っ白の道着が血で汚れている。
剣は届かなかったが……血が届いた……
これまで、なにも届かなかったのに……
血塗れじゃねぇか……
ざまぁみろ……
くそ……が




