3.9.07
2度目の記憶の回廊。
床だけが青白く、ただただ、暗い。
遠くに、米粒のような光……というより星のような小さな瞬き。
また、あそこまで歩くのか……
筋肉痛がほぐれたので、この長い距離も、つま先で歩く。
しかし、ニフィル・ロードで筋力を鍛えても、意味がないかもしれない。
ニフィル・ロードへ持ち込むのは、意識と記憶だけ。
カラダは、現実世界で鍛えるしかない。
ニフィル・ロードで得られるのは、おそらく、知識と感覚だけ。
まぁ、それでも、つま先歩きは、習慣にしておこうと思う。
だから、ここでもつま先で歩く。
そして、歩くこと数十分。
再び、田心啓介の前へ。
白い道着。床まで垂れた紺色の袴。
腰に差しているのは、1本の打刀。
前回と何も変わらない田心啓介がそこに立っていた。
まずは、距離10歩。
サンダーソニアを抜く。
啓介も、ゆっくりと打刀を抜いた。
すり足で、間合いの半歩手前まで。
啓介は、微動だにしない。
同じだ。
剣先を軽く、右上に浮かせる。
これも、同じ。
この程度のフェイクでは、啓介は全く動じない。
だからオレは、前回と全く同じように、フェイクを仕掛けた。
フェイクと見せかけた、右からの小手。
正中線を、自ら崩す悪手。
ド素人丸出しの初手。
かまわない。
オレはド素人だ。それがどうした。
オレの狙いは、そこじゃない。
そして結果は同じだった。
なにも変わらない。
オレは、また啓介に左胸を刺し貫かれた。
切っ先を見ようと意識を傾けていたが、今回もまったく見えなかった。
貫かれたのとほぼ同時に、左脚を踏み込んで、胴を薙ぐ。
オレはまた、前のめりに崩れ落ちた。
痛みは無いが、カラダが動かせない。
だが、眼だけは動かせる。
しかし、自分のカラダがどうなっているのか。
それを見ることができない。
啓介が、刀の血を払っている。
そして、懐紙を出して、刀を拭う。
意識が薄れていく。
だが、確認することができた。
それは、この達人にしてNPCの弱点の1つになるはずだ。
同じ仕掛けに対して、同じ反応。
オレはまた殺された。
しかし、得た情報は大きい。
……誘い出す。
その1手が決まった。
あの突きを躱す……
それが……で……きれば
オ……レのか……ち
目が覚めると、オレは、おやしろの床の上だった。
陽は、すでに昇っている。
工房に降りて、木刀を掴む。
そして庭へ。
正眼に構えて、目を閉じる。
まるで見えなかったが、イメージはできる。
啓介の突きを誘発し、それを躱す。
どうやって?
来るのが分かっていれば、躱せるはずだ。
だから、つま先を鍛える。
そして、突きを躱す。
それと同時に踏み込みながら、啓介を斬る。
イメージするだけなら簡単だ。
「おはようございます、ソウジさん」
見ると、アルクが立っていた。
「今朝も、鍛錬ですか?
しかし、意外ですねぇ。
ソウジさんに、そこまで熱心なところがあるなんて」
「オレも、そう思うよ」
それから、昼頃まで。
アルクに、剣術の手ほどきを受ける。
午後になると、モトとヤマが、おやしろに現れた。
手には、チーズの入った黒パン。
腹が減っていたので、遠慮なく受け取る。
「そうだ、アルク。このふたりにも、少し剣を教えてやってくれないか?」
「う~ん……まぁ、いいでしょう。ソウジさんの頼みですし……」
嫌そうな顔をしながらも、アルクは引き受けた。
オレは、黒パンをかじりながら、3人の稽古を眺める。
見るのは、アルクの動きだ。
グリップの握り方、剣の振り出し方。足の運び方。重心の取り方。
見てもよくわからない。
分かるのは、簡単そうに見えるということだけ。
上手いやつほど、簡単そうに見える。
それは、おそらく無駄が無いからだろう。
簡単そうに見えるのに……
簡単にできそうもない。
夕方に差し掛かる頃、鍛錬を終えて酒場へ行く。
酒場でメシを食っておやしろに戻る。
それと、稽古の締めで、確認しにいく。
実戦稽古などと言えたものではないが、数日おきに、オレは記憶の回廊へ行く。
啓介のところまで歩き、同じように突きを誘い、そして斬られて戻る……
そんな日々を繰り返した。
何日も、何日も。
進歩があるのかどうかもすらもわからない。
最初の10日は、ただ苦痛なだけだった。
成果が何もない。
啓介の切っ先は、何度やっても全く見えない。
1日の終わりに、オレは左胸を差し突かれ、腹を斬られる。
20日目あたりから、少しアルクと打ち合えるようになった。
少しだけだ。
一振りで叩かれていたのが、二振りに増えた程度。
分かりやすい変化があったのは、何日目だろうか。
途中で数えるのをやめたので、何日なのか分からない。
デバイスのログイン時間表示が、8時間を超えた頃だ。
啓介に刺し貫かれたときだ。
左胸に痛みを感じたのだ。
切っ先は見えなかったが、もしかしたら少しズレたのかもしれない。
少しの衝撃と、焼けるような痛み。
それでも、耐えられないような痛みではなかった。
でも、カラダは動かない。眼だけしか動かせない。
どうやら、記憶の回廊でも、普通は痛みを感じるらしい。
いままで感じなかったのは、啓介の斬撃が優れていたからなのだろうか。
それにしても……
左胸やハラはどうなっているのだろう……?
ハラの痛みは、あいかわらず感じない。
まぁいいか……知る必要は無い。
そして、意識は、いつもと同じだ。
あっというまに、こと切れた。




