3.9.06
翌朝。
昨日は少し走っただけだ。
にもかかわらず。
足のつま先のあたりと、ふくらはぎが筋肉痛。
午前10時前に起き上がる。
身支度を簡単に済ませて、アパートを出る。
ポストに郵便物。
中身は、前回の病院仕事の報酬。
それなりの額のカネが入っていた。
カネだけ抜き取り、部屋に放り込む。
破かれたのA4厚紙封筒がどんどん溜まっていく。
近日、まとめて捨てなくてはならない。
そのあと、駅前まで買い物へ。
定食屋は、まだ閉まっていたので、牛丼屋で食事を済ませた。
その後、ディスカウントショップへ行く。
安物のジャージ。それと見た目が運動靴の黒い安全靴を買う。
店ですぐに、その安全靴に履き替えた。
安全靴なので、つま先に鉄板が入っている。
ゴツくてしっかりした靴だが、安物なので、やたら重い。
履き心地は、まぁまぁ。
今日からこれを履いて、さらに足を鍛える。
歩いているときも立っているときも、常につま先立ちを意識する。
エスカレーターでも、エレベーターでも。
すこし身長が高くなったような違和感。
だが、筋肉痛が辛い。
連続でつま先で居られるのはせいぜい数分だった。
スマホが震えていたので、ポケットから引き抜く。
いつのまにか、受信履歴までついていた。
つま先立ちで、プルプル震えながら画面を見る。
『そーじさん、暇ですか? 遊びませんか?』
発信者には、折田とある。
おりた……おりた……
誰だったっけ……無視した。
記憶圧縮の影響うんぬんの前に、オレは他人の名前を覚えるのが苦手だ。
興味の無い人間の名前は、数分で忘れる。
もう1件。
『今日、親が帰ってるのでムリ。中止で』
まゆだった。
そういや、あいつの家庭の事情は、全く知らない。
普段は、ひとりで過ごしているのだろうか。
どうでもいい。
また、小雨がぱらついてきた。
夕方になる前にアパートへ引き返す。
もう、だいぶ前の記憶になってしまったが。
雨の中、クラゲの背中で震えていた、コユルギを思い出す。
名前も顔も覚えている。
おりたって誰だっけ。
つま先の筋肉が、くたくたになっている。
普通に歩くのも辛くなってきた。
1日やそこらじゃ、運動性能は、なにも変わらない。
足が痛くなるだけ。
アパートに戻り、ジャージに着替える。
少しストレッチをする。
その後、今日も走ろうかと、アパートのドアを開けたが……
すぐに閉めた。
足が痛いのもあるが。
雨が本降りになっていたからだ。
雨合羽も、買って来ればよかった。
布団に寝転がり、なにも考えずに天井を眺めた。
暫くすると飽きて、目を閉じる。
浮かべるのは、記憶の回廊でオレを斬り殺した田心啓介。
……つま先を鍛えて……
……誘い出す……
1つ確かめたいことができた。
20時になったので、冷蔵庫からデバイスを取り出す。
『 Login Recharge 1 』
まずは「誘い出す」ところからだ。
これを、確認したい。
オレの剣技は、素人だ。
何年も修行した剣士を相手に、剣技で勝てる見込みは無い。
オレは、オレのやり方で勝つ。
『 Waiting for Login 』
カラダを起こして、布団の上で胡坐をかく。
『 Join Me 』
オレは、ニフィル・ロードへログインした。
ログインすると、おやしろは、まだ夜中だった。
何も見えない。
どういう理屈か知らないが、筋肉痛が無くなっている。
そのおかげか、少しだけ足が軽く感じる。
すぐにデバイスを叩き出す。
デバイスの放つ光で、周囲に少しだけ色が灯る。
ベッドから立ち上がり、床の上へ。
今すぐ、回廊へ行く。
オレのやり方を探る。
そのための最初の糸口を確認する。
『 Summon a Gate 』
緑色に変わった文字に触れる。
虹の膜が現れる。
先ほどまで、真っ暗闇だった部屋が、波打つ虹色に照らされていた。
そして、記憶の回廊へと呑みこまれた。




