第19話 閑話~ケイラ・ヴァリアント視点2
――そして、あの事件が起きた。
リリスが……私が手に入れるはずの聖獣を従えているのだ!
それまで奪う気なの!?
私は悲鳴をあげ、リリスを糾弾した。
そうしたら、あの子は泣き落としにかかるはずだった。
だから、構えていた。
「騙されないで! 私を見ながらほくそ笑んでいるわ! よく見て!」
と、叫ぶ予定だった。
まさか……あんな汚らしい言葉で罵倒してくるなんて……。
お母様にも詰めよられ、うっかり前世の記憶を夢と変えて言ってしまったら、リリスは鬼のような顔をして私を怒鳴りつけた。
私は驚き、怖くて泣いてしまった。
リリスは出ていくと叫んでいる。
しばらくすると、私は怖い顔をしたお母様に引っぱられ、大広間に連れて来られた。
さらにしばらく経つと、お父様が現れた。
メイドに連れて来られたリリスも現れる。
リリスと目が合うと、恫喝してきた。怖い。
……なんなのこの子。原作とまるで違う性格じゃない!
リリスがお父様を責めて、お父様が謝る。
そしてお父様が、「リリスに預けたのは自分だ」と言った。
だからお父様に、「聖獣を私が世話する」と訴えた。
だって、原作では、これは私の物だもの!
お父様が許可してくれたので手を出して撫でようとしたら、歯をむき出して唸ってきて、驚いて手を引っ込めた。
そのとき思い出した。前世の私は、動物が嫌いだったことを。
だって、懐かないし、臭いし、引っかいたり嚙みついたりするんだもの。
聖獣だとしても、結局は動物。臭くはないけど懐かないし、引っかいたり嚙みついたりするだろうから嫌だな……。
聖獣は諦めたけど、でも、私のものを奪ったことには変わりない。
だって、私が従えるはずだったんだもの!
そのことを言うと、リリスはまた私を罵倒して、出ていくという。
良かった。
リリスが出ていけば安心だわ。私は何も奪われず、幸せに暮らしていける。
そう思ってたのに……。
味方のはずのお母様が、リリスをここに置くために私を修道院へ入れると言いだした。
どうして?
……原作から変わっても、どちらにしろ私には味方がいないの?
――私は最奥の、鍵のかかった部屋に移されることになった。
窓にも鍵がかかっていて、開けられない。
物を運び入れるとき、お母様が全部書き出していた。
「あなたの望み通り、リリスがあなたのものを盗めない部屋にしましたよ。もちろん、リリスには絶対に鍵を渡しません。あなたも出入りする際には、必ず鍵をかけなさい。かけ忘れたとは言わせません。メイドに見張らせます」
ほとんど軟禁状態だ。
リリスとはいっさい会わなくなった。
食事からすべて、時間をずらしている。
リリスが食事マナーで食べるときは、私は部屋、もしくはその後一人で食べる。
マナーも、リリスと交代で行われている。
お母様は、事あるごとに「貴族であること」を説いている。
「いいですか、あなたは貴族。平民に対して『ものを奪った』と訴えれば、その者は奪っていなくても処罰されるのよ。リリスが普通の平民だったなら、あなたの訴えで何も盗んでいないリリスは処罰されたの。……それをあなたは望んでいたんでしょうけどね……。だけど、リリスだって、リリスの母親だってあなたを怨むし、次に濡れ衣を着せられるのは誰かと他の平民は考え、皆、この地から去ります。あなたの気に入らない者に濡れ衣を着せて処罰するために権力があるのではありません。国と領民を支えるのが貴族なのです」
違う。
本当に起きることなの。
そう訴えたい。
でも、お母様はいくら言っても聞いてくれない。
それを感じとったのか、お母様が厳しい顔になる。
「それと、もう一つ。あなたはリリスよりもたくさんのものを買い与えられているのですよ? リリスに譲れなどとは言いませんが、何も持っていないリリスに対して、なぜそんなに心の狭いことを言うのですか。しかも、リリスは何もほしがらないのにもかかわらず! 貴族ならば、もっと心にゆとりをもち、施しの精神を養いなさい」
その言葉が一番私を打ちのめした。
――あのリリスは、私の物をほしがらない。
ほしがらないからこそ、リリスはお母様の信頼を得ていて、そして……お父様の愛情を一身に受けているのだ。
*
時が過ぎ、十三歳になり学園の入学式が迫ったので王都へ向かった。
リリスはすでにお父様と一緒に向かったという。
お母様は、私に念押しをしていた。
「リリスとはクラスが違いますから話すことはないでしょうが、廊下ですれ違ってもけっして睨まず、目線を下げておきなさい。どうしても必要ならば会釈をするに留めなさい。リリスにもそう話してあります。……いいですか。万が一にも『リリスから物を奪われた』などという発言をしたら、あなたには学園でなく修道院へ行ってもらいますからね」
私は虚ろにうなずく。
……学園で奪われるのかしら。そうなっても、訴えられないのね……。
お母様は、盛大にため息をつく。
「いいかげん、『リリスから何かを奪われる』などという被害妄想をやめなさい! あの子があなたの持っている物なんか欲しがるわけがないでしょう!? 現実を見なさい!」
そう叱られて、涙が出てしまう。
リリスからも言われた。
「アンタの物なんか一つもいらない、ほしいと思ったことすらない」と。
言われてくやしかった。
……きっとリリスは、ほしかったらお父様にねだるわ。新しくて、私の持つ物よりもっと良い物を。
お母様に何度も「リリスに関わるな、絡むな、噂を流すな、誰に訊かれても答えるな」と繰り返し言われた。
「……お母様も、リリスのほうがかわいいんですか?」
思わず訊いてしまったら、呆れた顔をされた。
その後、真顔になって私をまっすぐ見据えた。
「ケイラ。あなたは昔、私が死ぬかもしれないと怯えていましたね?」
「え? …………はい」
結果死ななかったけど、それは私が死なないように気を配ったからで――。
「あの時私が死病にかかっていたとしたら、それを治したのはリリスかもしれないのですよ?」
「え!?」
私が驚いたら、ハァ、と、お母様は疲れたため息をついた。
「リリスは聖属性の魔法使いです。聖属性の魔法使いは非常に少ないし、今この国にはいません。なので文献でしか私も知り得ませんが、本来は治癒や浄化の魔法に長けています。旦那様のお話ですと最近では珍妙な使い方をしているようですが、少なくともリリスも小さい頃は怪我などを治していました。魔法のコントロールがうまく出来なかったようで、なんでもかんでも治していたのですよ。あの子は覚えていませんが。……そんな子の近くにいた私も、あの子の無自覚な魔法のおかげで死病から逃れられたと考えてもおかしくはないのです」
私は呆然とした。
お母様はさらに言った。
「なぜかあの子は浄化の魔法を掃除に使っていましたが……解毒なども浄化の魔法になります。あれだけの浄化が出来る子が毒を盛ったとしても、皿を綺麗にするために浄化の魔法を使えば、毒の入った料理を盛りつけただけで毒が浄化されてしまいますよ。下手をすれば、毒の容器を手に持っただけでも浄化されるかもしれませんね」
「…………」
私は黙ってうつむく。
お母様がまたため息をついた。
「私や旦那様があの子を貴族籍に入れたことを、もっと深く考えなさい。仲良し姉妹だったなら、あの子があなたの手助けをしたかもしれないのに……」
そんな未来は絶対にない。
だって、あの子は私の居場所を奪う、悪役令嬢なのだもの。




