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「はい、今日はここまで、皆様お疲れ様でした」


 パンッと両手をうって、ジュリアーナ・メンディスが等間隔に並んだ少女たちに向かって言った。

 彼女は教会の聖歌隊で歌っている。メンディス夫人は、そんな彼女たちを指導している。

 現在聖歌隊は十代前半から二十代半ばまで、およそ二十五人いる。予備軍として十歳程度の年齢の子たちも含めると、総勢三十五人ほどだ。

 身分は平民から下級貴族の令嬢もいる。


「ありがとうございます、メンディス夫人」

「ありがとうございます」

「はい、みんなお疲れ様、また来週ね。気をつけて帰りなさい」


 口々に夫人にあいさつをして、皆帰路についていく。


「あ、ユリシア、あなたは少し残って」


 パイプオルガンの奏者をしていたユリシアに向かって、夫人が声を掛ける。

 呼び止められたユリシアは、小さく「わかりました」と、返事をした。


「どう、あの件考えてくれた?」


 皆が帰ってしまって、二人は祭壇前の長椅子に並んで腰掛けた。


「すみません。やはり私では役不足です」


 ユリシアはオレンジガーネットの瞳を曇らせ、申し訳なさそうに答える。


「何を言うの、あなただからお願いしているのよ」

「でも、私はソロで一人立つような器量も、才覚もありません」

「そんなことはないわ。器量だなんて、あなたのお姉様のような派手さはなくても、十分美しくて魅力的よ。それに才能については、私がこれまで指導してきた誰よりも、あなたには歌の才能があると思っているのよ」


 夫人はダークブロンドの髪とオレンジガーネットの瞳をしたユリシアを、しみじみ眺める。肌も白く目鼻立ちも整っている。それぞれ好みはあるから、もっと派手な顔立ちがいいとか言う人はいるだろうが、彼女を不器量などと言う者はいないだろう。

 背はそれほど高くないが、姿勢もよく気品がある。

 何より彼女の歌声は素晴らしい。一番低い音階から一番高い音階まで出すことができるほど音域も広く、音感もあり、聴くものを魅力する。

 夫人の彼女の歌に対する評価は、まったく過大ではない。

 だが、ユリシアはとにかく自己評価が低すぎる。普段はオルガン奏者に徹し、たまに欠席者の穴を埋める時に歌う程度なのだ。その時も皆の後ろに隠れるように立ち、目立たないようひっそりと歌っている。

 夫人は何とかして、彼女の素晴らしさを皆に披露したかった。

 

「あなたが目立つことを、ご両親やお姉様がよく思わないから?」


 夫人がずばり言うと、困ったように彼女は曖昧に微笑む。それは肯定だと夫人は理解している。


「あなたのご両親、アリスゲール伯爵夫妻にも困ったものね。どうして同じ娘なのに、こうも扱いが違うのかしら」

「それは私が、両親の期待に応えられていないからです」

「そんなことないわ。勉強だって歌だって作法だって、あなたの方が成績がいいじゃない。しかも真面目に取り組んでいて、立派だわ」

「でも、それは両親が娘に求めていたものじゃないんです」


 そこが夫人には解せない。ユリシアは派手な美しさはないが、一緒にいると相手を和ませる落ち着いた雰囲気がある。確かに彼女の二つ年上の姉、ルシリアは薔薇のように華やかで、誰もが一瞬目を奪われる美しさがある。社交的で物怖じしないところがあり、常に人々の中心にいるような存在だ。

 だが、性格も苛烈で、我儘過ぎるところがある。

 かつて、夫人はユリシアと姉のルシリアの音楽教師として雇われていたことがあるので、ルシリアの癇癪にはよく悩まされた。

 生まれた時、ルシリアはかなり虚弱だったらしい。よく熱を出しては寝込んでいた。アリスゲール伯爵夫妻は、そんなルシリアをとても可愛がって、彼女のいいなりだったらしい。

 そしてユリシアが生まれた。

 ルシリアと違い、ユリシアは生まれたときから元気だった。

 そしてそれを、ルシリアは嫉妬し、両親の愛を独り占めしようと、躍起になっているように夫人には見えた。

 ルシリアの音楽センスは、ごく普通だった。彼女に忍耐があれば、それなりにピアノも弾けただろうが、堪え性がなく飽きっぽいルシリアは、週に二度のレッスンになるとやれ熱が出た、やれ体がダルいと理由をつけては休んだ。

 反対にユリシアは健気で努力家、そして音感も素晴らしく、歌の才能はかなりのものだった。

 しかし、夫人がユリシアには歌の才能がある。その才能を伸ばすべきだと夫妻に話した途端、彼女はクビになった。

 どうやらルシリアではなく、ユリシアを褒めたのがいけなかったらしい。

 ユリシアばかり贔屓する。私には厳しいのに、ユリシアには優しい。私のことを嫌っている。などとルシリアが訴えたことで、夫人は夫妻から解雇を言い渡されたのだった。

 

 

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