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氷雨そら先生のシークレットベビー企画参加作品です。ゆるく更新していきます。

「お母さん、ほらあそこ、街が見えてきたよ」


 先頭を走る幌馬車の荷台に座っていた少年が、後続から来るもう一台の馬車を振り返って言った。


「エイデン、そんなに身を乗り出したら落ちちゃうわよ」

「大丈夫だよ。僕の身軽さはお母さんも良く知っているでしょ。わ、わわわ」


 大丈夫だと言った途端、少年の体がグラリと傾いた。


「エイデン!!」


 それを見て慌てた母親が、咄嗟に馬車を飛び降りかけた。

 しかし少年は馬車から落ちるはなかった。

 

「ほら危ないぞ。ちゃんと座っていろ」


 隣にいた男性が少年をヒョイッと抱え上げて、座席に座らせる。


「ごめんなさい、副座長」


 少年は助けてくれた男性に謝った。


「謝るなら俺にじゃないだろ」

「うん。ごめんね、お母さん」


 少年は頭だけひょっこり出して、大声で叫んだ。


「もう驚かさないでよ。あなたこの前も木から落ちかけたじゃない」


 母親は安堵して、ほっと胸を撫で下ろした。


「ハハハ、元気でいいことだ」


 彼女の隣で手綱を握っていた初老の女性が、豪快に笑い飛ばす。


「もう、笑い事じゃないですよ座長。元気なのは確かにいいですが、こっちはたまったものじゃありません。いつか大怪我しないかとヒヤヒヤです。一体誰に似たんだか……」

「まあ、母親が母親だから……血は争えないってところだね」


 そろそろ六十歳になろうかという彼女は、訳知り顔でこちらを見た。


「まああんな目にあって、よくあんたもお腹の子も無事だったもんだ。よほど運が強いんだろうね」

「そのことは今でも感謝しています。あそこで座長に見つけてもらわなければ、今ごろあの子も私もどうなっていたか……」


 彼女は前を見つめ、姿は見えないが風に流れて聞こえてくるキャッキャッと笑う息子の声に笑顔を浮かべる。


「座長に拾ってもらって、一緒に旅の一座に迎えてもらえて、本当に幸運でした」

「あれから五年か……あっという間だったね。クリエジャルダンでの巡業も無事終えて、こうやってまたドレスデアに帰って来られた。あんたのお陰だよ」

「そんな、私は何もしていません」

「何を言うんだい、あんたの歌がなかったらとっくにこの一座は潰れてたよ」

「そうそう、唯一の歌姫だったプリシラがあんなにあっけなく病気で死んでしまってさ。どうすればいいかと途方に暮れてたところだったんだから」


 同じ馬車に乗っていた一座の皆も話に加わる。


「私の方こそ、助けてもらいました。事情も聞かないでこうして仲間にしてくれて、新しい名前までもらいました」

「『プリシラ』は、うちの一座の歌姫だからね」

「誰だって人に言えない事情のひとつや二つあるさ。こう見えて私は人を見る目がある。悪い奴かそうでないかはすぐにわかるよ」

「座長。ありがとう」


 プリシラは、涙目になる。

 本当の名前は「プリシラ」ではない。でも、生まれたときの名前は捨てた。

 その名を持つ彼女は、もうこの世にいない。

 旅の途中で命を落とした本当の「プリシラ」の身分を借りることが出来たのは、本当に幸運だった。

 彼女自身、歌が上手だったこともあって、こうして旅芸人の一員として、難なくドルシャンを出ることが出来、エイデンをクリエジャルダンで無事に産むことが出来た。

 生まれや育ちは関係ない。その日暮らしで、時には過酷な旅だったが、皆で肩寄せあって困難を乗り越えてきた。

 この暮らしに満足している。

 血の繋がりはなくても、家族みたいな一座の人々。

 かつての本当の家族は、彼女にとって他人も同然だった。


 彼女は風にマロンブラウンの髪を靡かせ、前の馬車を再び見た。

 今はここから見えないが、その馬車に乗る自分の息子の父親を思い出す。

 これから向かうルートビートという街は、ドルシャン国の陸路の拠点として栄えている。

 そこに彼はいないことはわかっているが、やはり緊張する。

 座長たちは彼女の素性について、何も聞かなかった。彼女もそれを話していない。

 彼らにはエイデンの父親のことも話していない。

 ただ、彼とは事情があって別れたとだけ言ってある。

 そして彼自身も、エイデンのことは知らない。知らせてもきっと困らせるだけだ。

 六年前、彼女自身もまさか子どもを身籠ることは思っていなかった。

 でも、妊娠がわかったとき、産まないという選択肢はなかった。

 あの子はこの世に残された彼女の唯一の肉親だから。

 たとえその父親が、彼女の家族を断罪した人間であったとしても、あの子を諦めたくはなかった。


「さあ、もう少しで着く。今日は久しぶりに屋根のあるところで寝られるよ」

「やったー」


 皆で和気あいあいと賑やかにおしゃべりしながら、馬車はルートビートの街へと続く街道を進んで行った。

 

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