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翠迷宮  作者: pinkmint
1/3

一. 命のすがた


耀(よう)ちゃん、こういうのをコクドウっていうんじゃないの」


 助手席で妻の沙織が車の揺れに連れて跳ねながら言う。

「国道には間違いないよ、さっき標識を確認したからね」耀治(ようじ)はハンドルを握る手に力を込めながら答えた。


 四月の頭、時刻は午後四時半を回り、舗装されていない道の左手は切り立った山肌、右側は崖だ。対向車が来てもすれ違うスペースもない。もちろん街灯もなくガードレールもガタガタだ。しかも見通しのきかない急カーブがうねうねと続き、黄昏時を過ぎた信州の林の中は薄暗く、鳥の声すらしなかった。


「国の道じゃなくて、残酷の酷。酷道よ」

「ああそれならドンピシャだ」

 そんな軽口も場を和ませてはくれなかった。


 なぜこんな人里離れた山の中に温泉宿など作ったのかと罵りたくもなる。だがその宿を選んだのはまさに「山中のぽつんと一軒宿」が二人とも好きだったからだ。しかしどういうわけか、走っても走っても宿につかない。

 道の左側に同じ祠を三回は見た気がする。

 異界にでも閉じ込められたか?

 今回ばかりは耀治も自分たちの選択を呪うしかなかった。


「これ以上陽が落ちたら危ないな、とにかく早く開けた場所まで出ないと」


 そう言って次のカーブを曲がったとたん、道のまんなかに立つ黒い影が目に飛び込んできた。

 熊ではない、四つ足を踏ん張った大型の獣が道路の真ん中に立ちふさがっている。


「動物! 止めて!」妻が叫ぶ。

「ダメだ間に合わない!」


 耀治はほとんどスピードを緩めず一瞬目を閉じてその生物を跳ね飛ばした。

 どんっ、と重い衝撃音が響き、四つ足動物は崖を転落するでもなく宙を飛び道の前方に転がっていった。止まった車の先で、ヘッドライトに照らされてもがいている。


「何? 鹿? すごく大きいわ」沙織がフロントガラスを覗き込みながら言う。

「ああ、角がないな。……雌の大鹿かな」

 答え終わるのを待たず、妻はドアを開けて外に走り出ていた。

「やめろ沙織、手負いで狂暴になっているかもしれないぞ!」

 耀治もあわてて車から降りた。


 見たこともない大きさの雌鹿は、妙に腹が膨らんでいた。足の骨を折ったのか、立ち上がろうとして果たせず、地面をひっかくようにして暴れ続けている。

 沙織はしゃがんで、ごめんねごめんねと言いながらその大きな腹に手を当てていた。

 言葉もなく立ち尽くす夫を振り返って、沙織は言った。


「妊娠してる」

「え?」

「ママ鹿なのよ。お腹に赤ちゃんがいるわ」

 

 そう言ったとたん、傷ついた雌鹿は全身をばたつかせて立ち上がり、また倒れて身体を地面に擦り付けながら崖側に転がっていった。


「だめ!落ちる!」

「沙織、鹿から手を放せ!」


 鹿の首をつかんで止めようとする沙織の手を耀治が抑え込むと、そのまま妊娠した鹿は崖を転がり落ちていった。


 悲鳴の一つもなかった。

 崖の下を覗き込み、すでに暗い茂みの果てに見えなくなっている事実に打ちのめされて、道によろよろと(ひざまず)く妻を、耀治は背後から抱きとめた。

 妻の目からは涙がこぼれていた。


「赤ちゃん、動いてた。この手の下で、動いてたの……」


 耀治は沙織の肩に顔をうずめ、抱きしめながら言った。


「沙織、聞いて。

 ぼくだって撥ねたくはなかった。だけど砂利混じりの道で急ブレーキをかけるとタイヤがロックされて横滑りすることがあるんだ、そうしたらこの狭い道でぼくと、きみと、きみのおなかの中の子も、崖から落ちて全員命を落としていたかもしれない。

 わかってくれ。鹿には可哀そうなことをした。でもぼくには、きみと、ぼくらの赤ちゃんの方が大切だったんだよ……」


 沙織は震える手で耀治の手に触れた。しばらくして、「うん」とかすれ声で言った。

「わかってる。でも、でもね。わたしのお腹の子も今、動いてる。ちょっとだけ、泣くのを許して。宿につくころまでに、涙は乾かすから」

「いいよ、とにかく車に戻ろう。泣いていいよ。ぼくだって、なんだか泣きたい気持ちだ」


 ようやく目の前が開けて、秘境の宿山根、という看板を掲げた古びた宿の灯りが見えたのは、それから二十分ほど後のことだった。


「着いたよ。……大丈夫?」

 宿の駐車場に車を止めて耀治が聞くと、助手席の沙織はハンカチで最後の涙を拭き、

「もう大丈夫。もう、いい。乾いた」と気丈に言った。



「やあやあ、お待ちしてましたよ。夕食に間に合ってよかった。朝森さん、でしたね?」


 宿の玄関の引き戸を開けて、中から作務衣を着たご主人が待ち構えていたように出てきた。

「あ、遅れてすみません。朝森です。ちょっと道に迷っちゃって」

 隣で沙織が頭を下げた。

「ご心配おかけしました。今日はよろしくお願いします」

「どうも、宿主の山根壮一です。ここいらでは狸が人を化かすんですよ、カーナビ通りに走ってるはずなのに実は同じところをぐるぐる回ってるとか」

「あ、まさにそれです。狸、なんですか?」耀治が驚いて尋ねると

「祖父の代からあったことですよ。ほかのお客さんにもよく言われます、走っても走っても同じ祠が見えてきて、ここからどうやって出ればいいんだと焦ったと。

でもそりゃ狸の仕業でね。そんな祠、実は一つもありはしないんです」

「へえ?」

「ありゃ」壮一は車のフロントバンパーを見て言った。

「えらくへこんでますね。落石でもありました?」

「あ、いや、それは古傷なんです。面倒臭がりなんで、つい放置しちゃって」咄嗟に耀治は頭をかきながら言った。

「はは、都会じゃ車の盗難も多いですがね、こういう傷があるとお高そうな車もその心配はないですね」

「そういえばそうですね」沙織は曖昧な笑みを浮かべながら言った。


 宿は年季の入った古民家で、山の中に住む木こりのお爺さんがいい木材を選んでじっくり建てた古い家に招待された、といった風情だった。上がるとちょっとした広間があって、大きな火鉢の中に真っ赤に燃える炭の香りがあたりを包んでいる。

 夫が記帳している間、沙織は丸太を切っただけの椅子に座り、木目のはっきりした一枚板のテーブルを前に、きょろきょろとあたりを見回していた。

 玄関の上からぶら下がる、巨大なスズメバチの巣。オブジェとしてみるとなかなかなかの芸術品だ。そして、この空間の壁面に仁王立ちしている巨大な熊のはく製、壁から生えているような鹿の大きな角。土産品コーナーと思われる棚には、大きな蜂が入った酒、巨大な干しシイタケの袋、サルノコシカケ、山菜の水煮などが並んでいる。

 まさに、なんというかあまりにも、獣臭がするような「山の宿」だった。


「今日はお泊りはお客さんだけなので貸し切りですよ。露天風呂もありますがちょっと寒いから内湯の方がいいかしら、お二人でゆっくり温まって下さいね」と言っておかみさんがあたたかいお茶を出してくれた。

「あの、あの熊、か、買ったものじゃないですよね……」

 バカなことを言っていると思いながら沙織が聞くと、おかみさんは笑いながら

「ほほ、お土産まで全部、言ってみれば手作り品ですよ。熊は主人の祖父が撃った熊です。

 随分とあたりの家畜を食い殺した悪名高い熊で、仕留めた時は周り中から感謝されたそうですよ。

 でも今の方から見るとこれちょっと悪趣味ですわよねえ」

「いえそんな……」

「主人の方は代々マタギの家系でしてね、山でとれるもので生活してきたんですよ。炭焼き小屋で炭を焼いて、木を選んで家を建てて、温泉まで掘り当てて、原木栽培で茸を育てて、鶏を飼って山菜取りをして……」

「じゃあ、あの、鹿の角も」

「ええ、本体は毛皮と肉を売りさばきまして。ここら辺にはいろいろいますからねえ、熊も鹿も狸も狐も、そうそう、雉なんかもいい食材になりますよ」

「……」

 

 鹿をはねた話を夫がしなかったことに沙織は改めて感謝した。

 そりゃ勿体ない、車に積んで連れてきてくれたなら夕食のステーキにできたのに、とあの「マタギの家系のご主人」なら言っただろう。


「お着きになるのをお待ちしていたのでお食事はちょっと遅れて七時ごろです、その前にお風呂にお入りになりますか。お二人でゆったりと」浅黒い顔に角刈りの壮一が笑顔で言った。

「そうですね、結構来るまでに冷や汗かいたので、お風呂頂きます」耀治が答える。

「うちの湯はぬる湯ですが肌がしっとりすべすべになりますよ。ゆっくりお入りになれば芯まで温まります」

「さっき、妻に温泉を掘り当てたとかおかみさんがおっしゃっていましたね。ここ、ご自分の土地なんですか」

「ええ、昔からうちは土地持ちでしてね。ここら一体、山菜も茸もとり放題、木も切り放題ですよ。曾祖父の時代に建てた家を、祖父と林業従事者の親父が造り直し手入れをして、持たせてきました」

「マタギはやめたんですね」

「もうそういう時代じゃなくなってきたし。正直なところ、ぼくが幼かったころ、祖父がとってきた動物を殺して捌くのを見て父がやたらその、泣いたらしいんですよ。可哀相だからやめてって。はは、でも祖父の影響で、山モノの食事をお出しする宿を開いたわけですけどね」

「ではご主人は猟は一切なさらないんですか?」

「いやあ、最近はやたら人里や下の集落にも熊が出てくるようになったしねえ。一応、マタギの家系のもんとして、猟銃は持ってるし猟銃使用許可も、銃砲所持許可もとってますよ。鶏飼って山のキノコ採って猪を罠にかけて魚釣って自給自足、宿は趣味、かな」

「何言ってんのよ、その趣味を全力であたしが支えてるから生活が成り立ってんじゃない」おかみさんが夫の背中をバンとたたいた。



「外は寒いから内湯にする?」

「ううん、せっかくだから露天に入ってみたい」


 二人はいかにも、石を組み上げて作ったという風情の露天風呂に身を沈めた。

 あたりに人家もなく、人目もないので囲いは左右の竹垣以外殆どない。目のまえの森と夜空がすっきりと見渡せる。


「満月ね」

 

 夜空に冴え冴えと輝く月を見て沙織が言った。

「焦ってたので乱暴な運転してごめん。相当上下振動がきつかったよなあ」耀治はいたわるように妻のほんのり膨らんだ腹の上に手を置いた。

 詩織は浅い露天風呂にゆっくりと四肢を伸ばして首までつかった。

「見て、お尻が浮くとお腹だけ突き出すわ」

「赤ちゃんが寒いって言ってるぞ」

「あ」

 腹が動き、そのわずかな振動につれて水面に同心円の輪が広がっていった。

 それは、母親である沙織にとって、初めて見るわが子の「命」のすがたのように思われた。

 そのさざ波の表を月が照らす。

「わかったよ。きみは確かにそこにいるんだね」

 耀治は微笑みながら、そっと沙織の姿勢を変えさせてふくらんだお腹を湯の中に沈めた。

 ホッホウ、とフクロウらしい鳴き声が森の中から聞こえてくる。


「あのね、耀ちゃん」

 肩にもたれかかりながら、沙織が言う。

「うん?」

「今日、ね。わたしと、もちろんあなたと、わたしたちの小さな命を守ってくれて、ありがとう」

「……わかってるって。もう、無理しないで。悲しいのはぼくもだから」耀治は沙織の頭を片手で抱き寄せた。

 沙織の頬には、静かに一筋の涙が流れていた。

 そのとき、森の中からすうっと、白い光が月を目指して上がっていった。


「あれ、なに? 人魂?」

 沙織が驚いて指さすその先で、光はそのまま横に流れ、また森の中に入っていった。

「ねえ、見たよね?」

「ああ、あんなの初めてだ。こういう土地だから、狐火とかいうやつかな。あとで宿の親父さんに聞いてみよう」

 耀治はできるだけ妻を怖がらせないように静かに答えた。



「ああ。そういう話は祖父からよく聞いたし、父からも聞きましたよ。光るものが飛んでいた、あるいは光そのものが森の中を漂っていた。山で仕事する連中は大抵見てると思います」

 

 食事処の卓上コンロに火をつけながらこともなげに壮一は言った。

「ってことは、やはり人魂……」

「どうでしょうねえ。祖父を始め猟師たちに言わせれば、どういうわけだか、光る山鳥は結構いるみたいですよ。あと、野狐やことかね」

「やこ?」

「狐です。狐にはなかなか油断がなりません。美女に化けて猟師が迷い道に誘われて、出てきたときは丸裸だったなんてしょっちゅうあったそうですよ」

「日本昔話みたいですね。それが、光るんですか?」

「どういうわけか夜に森を歩くと、谷沿いに光る大きな鳥が飛んで行ったり、狐がしっぽをくるくるふわふわ光らせながら走って行ったり、やたらと発光する獣はいるようですね」

 

 くつくつと湯気が上がり始めた鍋に、おかみさんが野菜ときのこ、そして肉をささっと入れて蓋を閉じた。

「五分もすれば食べごろです。ぼたん鍋、おいしいですよ。こちらが蕗味噌、山菜の天ぷら、イワナの塩焼きになります。お刺身は馬刺しです」

 

 ……猪肉か。鹿肉、は、ない。耀治はそのことに一応ほっとした。


(いにしえ)から日本にゃ、神使しんし眷属けんぞくというものがありましてな」

 壮一は注文を聞きもせずビ―ルの栓を開け、二つのコップに注いで、沙織にも勧める様子を見せた。沙織は首を振って、「お水くださいな」とおかみさんに頼んだ。

「で多くの神社では、動物たちも神使や眷属と呼ばれ崇められてます。これらは神様と深い縁がありまして、神様の使いとして、あるいは神様そのものの姿として信仰されてましてね。

 たとえば 稲荷神社の神使。狐ですな。

  春日大社の神使は、もちろん、鹿。

 日吉大社の神使は猿だったりします。白蛇を祀ってるところもあるな」

 そこまで言って自分の目の前のビールをあおる。


「それぞれが、神様……」沙織がつぶやくように言う。


「だがあくまでも神道の考えでしてね。うちらなんぞは先祖代々神の使いを食ろうて生きてきたわけだ」

 そう言うと壮一はカカカカ、と笑った。


「お客さん、地酒はいかがです。ここらはお米がいいからお酒もおいしいですよ。純米酒に、濁り酒もお勧めです」おかみさんが飲み物のメニューを持ってくる。


「実はその言葉、待ってました」耀治は笑いながら言った。

「なんでもいいです、ここらの地酒でお勧めのお酒を冷やで一合、いいですか」

「ほいきた。じゃあ、『帰山』あたりがいいかな。お猪口はお二つで?」と壮一。

「いや、ひとつです。妻は妊娠していますので」

「ああ、やっぱり。そうじゃないかとは思っていたわ。この暗い山道を来るの、不安だったことでしょう。今、何か月でいらっしゃるの?」おかみさんが尋ねる。

「ええ、もうすぐ六か月です。安定期に入ったので、ゆっくり温泉にでもつかろうと……」

「いいお湯でした?」

「ええ、肌もすべすべつるつるで、本当に芯から温まりました」


「ご主人は、光る動物を見たりしたことはあるんですか?」猪の肉を嚙みながら、耀治が聞く。

「ありますよ。女房と二人、山菜採りを終えて夕方の道を戻る車の窓から、いくつかの光の玉が森の中に見えてね。それが、鳥みたいに飛んでるんですよ」

「光りながらですか?」

「ええ。そのうち数個だった光がだんだん身を寄せ合って、ひとつの大きな光になったんです。祖父や父から聞いていたので、そう驚きはしませんでしたがね。ああ、皆が見たのがこれかって思いました。山の中では何を見ても驚いてはいけない、それが山に住む命たちの、神使としての姿だ。それが祖父の言葉でした」

「都会では鳥も獣も光りませんね」耀司が言う。

「そう、山は命の気配が、命そのものが“濃い”ですからね。森の命、山の生気、そういうものを吸い取って育つんでしょう。そういう命には神が宿る。命も、死も、そして死後も、光りながらそこここに」

「死後も……」沙織が呟いた。

「家畜は、神の眷属ではないのですか」

「ありゃあいわば人間のためのコピー肉だからな。そんな魂とか神の意志に宿られてはかわいそうでしょう」


 かわいそう……

 

 それでも恐怖も、かなしみもある。と殺される前の牛の悲鳴と涙を、映像で見たことがある。

 沙織はその記憶を、山の料理を前にあえて振り払った。


 おかみさんが盆にのせたとっくりとお猪口を運んできた。

「いい焼き物ですね。信楽焼きですか」とくとくとお猪口に注がれる透明な酒を見ながら尋ねる。

「ええ、主人の友人が山の窯で焼いてくれたんですよ」

 一口ぐいとのどへ流して、

「ああ、うまい。清冽な水の流れのようで、でも奥が深い」耀治がため息交じりに言った。

「お客さん詩人だねえ」

 部屋の隅の黒くて四角い、大きな薪ストーブに薪をくべながら壮一が言った。ぱちぱちと火のはぜる音がする。


「お料理、どれもおいしいですねえ。山菜も味が濃くて」耀司がしみじみと言った。

「山でとれた茸も山菜も、土がいいから滋養がつくんですよ。山の獣も、野生の、山の味わいがするっしょ。

 考えてみりゃ、山に棲むものを撃たんでも、街まで出れば家畜の肉が買えるのにね。残酷なことではあるんだが、滋養は確かにつきます。今だってこうして山のものをお出ししてこそ、お客さんに喜んでもらえるわけだし。ただ祖父が、晩年になって、急に慰霊碑を建てたいと言い出しましてね」


「慰霊碑を?」二人同時に聞いた。


「やはり、置かれた場所で生きているだけの山の獣の命奪って生活してきたわけですからね。

 人生の黄昏時に、その命に頭を下げるというか、何か形にしたいと思ったのかな。

 ここに来る曲がりくねった道の途中に、山の上の方に向かって上がる急な階段があったと思うけど、その先に今はもう使ってない炭焼き小屋があって、その前にデカい石を立てたんですわ。万物慰霊碑、と彫ってあります」

「そうなんですか……」と耀治。

「誰も気づかん場所ですよ。わたしら夫婦もまあ、年に二回花を供えに行く程度かな」

 

 下を見て考え込む風にしていた沙織が言う。

「いいお話ですね。お供えするお花でも、知っていたら持ってきたのに」


「あ、行かん方がええよ。階段も苔でつるつるだし、それこそ熊が出んとも限らん。思うに、こういう話もなんだが、あの周囲には妙な空気がありましてな」

「妙な空気? どんな空気ですか?」

 壮一はかしげた頭をかきながら言った。

「うーん、なんというか、あの周囲には何やら集まっとる感じはあるんですがね。でもその全部が、ええもんじゃない。まだ人を許せない何かが集まっとる気配もある。

 だから人間としてできるのは、手を合わせて命の恵みに感謝し、祈ることだけなんですわ」


「じゃ、行きません。でも、そのお話お聞きできて良かったです」

 沙織がきっぱりと言った。


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 人は、生きるために罪を犯し続ける。  これはまぁ、人が生きるために周りの動植物の命を取り込んでいかなければならないってまぁ言ってみれば”人の原罪”というヤツですね。←人だけではなくほぼすべての生物に…
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