第七歌:未明の焔(ほむら)
深い谷間に 夜の滴が降りる
月も星も 風の名も失せ
あらゆる影が その濃度を増すとき
行者は ひとり焔を探しに歩いた
それは灯ではない
手に取れる明かりではなく
心の奥 名を持たぬ洞に
ひそやかに息づく 未明の火
誰のためでもなかった
誰かの手を取るためでもない
ただ 自らの沈黙の奥深く
揺らめく火影に
自分という音なき声を 見つけようとしていた
幾度も 膝をついた
凍てつく地に 指をかけて
這い 転げ 崩れた斜面から
崖下の冷たい水へと沈むことさえあった
けれど そのたびに彼は立った
彼の背に語られぬ者たちの影があったから
踏みしめる地の下に 無数の物語があったから
彼は 己だけのために倒れることを
もはや 赦されていなかった
そして 夜の最も深き時
ふいに 風が止み
全ての音が凍ったとき
行者の掌に 小さな焔が灯った
それは 世界の形を変える炎ではなく
闇を焼き払う猛火でもない
ただ 確かに そこにあると知れる
微かな温もりと 命の兆し
その焔は 語られぬ声の残り火だった
忘れられた名の欠片だった
そして 行者が生きてきた日々の
あらゆる選ばなかった道の
静かな 証しだった
彼は焔を持ち上げ
その光を顔に受けた
涙はなかった
ただ ようやく出会えたものの前で
彼の目は 静かに 瞬いた
未明の焔――
それは行者を導くものではなく
彼の内に燃え続ける
何者にも語られぬ真実だった
夜が明ける
焔は消えず
ただ さらに深く 胸のうちに沈み
行者とともに 歩きはじめた