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第四歌:言葉なき約束

山影に踏み入りて 陽はかげり

霧深く 谷は閉ざされていた

声は溺れ 音は屈折し

名もなき鳥の羽ばたきすら 届かぬ宙を彷徨う


行者は その日 語ることをやめた

影もまた 答えることなく

ただ 同じ水を飲み

同じ石を枕にして眠った


一つの夜 火は

二人は寄り添っていた

暖を求めてではなく

その沈黙の奥に 共にある熱を感じたから

火は消えても 灯りは胸に在った

名を持たぬ約束が 一つ そこに芽吹いた

言葉なき契り――

「おまえが歩むなら わたしも歩む」

「おまえが立ち止まれば わたしも止まる」

「だが 決して引き戻しはしない」


その夜から

影は後ろを歩きはじめた

行者の足音に 半歩遅れて

だが 決して道を外れなかった


転ぶときには 手を貸さず

立ち上がるその瞬間にだけ

そっと 背を支えた


行者は 振り返らなかった

影もまた 何も問わなかった


それで 足りた

それで 満ちた

そしてある朝 霧が晴れ

遠くに 岩の門が見えた

通らねばならぬ試練の峠

戻れぬ者を選ぶ 無慈悲の通路


 


行者は 深く息を吐いた

影は 一歩 前に出た

そしてまた戻り 足元に落ちていた石を拾った

それを 行者の手に そっと置いた


言葉ではなく

火でもなく

その石は 重さのない祈りだった

行者は 頷いた

そして歩き出した


二人の間に

何も交わされなかったが

永遠に破られぬ約束が ひとつ 確かに結ばれていた

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