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処せば解決!〜レッツ死亡回避〜


今、私はキラキラと輝く装飾で囲まれた待合室とは思えないほどの広さをしている部屋にいる。そんな中、この国の陛下とその王子と向き合っていた。


「今日からお前はユラウス様の婚約者だからな。ちゃんと役目を果たすんだぞ」


父がそう言って私の背中を軽く押す。だが、華奢で可憐な私にとっては思いの外強い力だったので思わず二、三歩踏み出した。その勢いで、目の前の美少年との距離が近くなる。


あ、まつげ長い。


そんな少女漫画のようなことを、とか考えてから、あれ?と思った。少女漫画とは何ぞや。

そして、一瞬で駆け巡っていった記憶から、何だか目の前の人に似たような人を見つけた。


こいつもしかして、攻略対象のユラウス?


なるほど、殺す。




――さて、この思考に至った理由を説明しよう。


私、前世があったっぽい。

私、前世でプレイしていた乙女ゲームを思い出した。

私、目の前の人間がその攻略対象の一人だと気付いた。

私、悪役令嬢だと気付いた。

私、ゲームでどのルートでも死ぬ系の悪役令嬢だった。


ので、殺られる前に殺ろうと思った。


以上である。


単純明快。超合理的。私は簡潔なものが好きだ。そして深く考えることが嫌いだ。そんなことしたって意味が無い。時間の無駄。さっさと殺せば全て解決である。つまりそういうこと。


私は公爵令嬢であり、そして今この瞬間からこの国の第一王子の婚約者になった。つまり圧倒的権力を手に入れたのだ。そのため、殺害後の隠蔽も楽勝になった。このまま婚約してれば死んでしまうこと以外は良いことづくしである。


……あれ?そう考えると、目の前のこの人間はまだ殺さない方がいいな?


よく考えてみれば目の前の獲物もまだまだ利用価値があった。私の性格からしても、将来的に殺される原因の一端を担うものがあれば早々に片付けておいた方が楽ではある。私は夏休みの宿題を夏休みがはじまる前に終わらすタイプだった。つまりしごできってこと。


そんな私の特大長所が仇となるところだった。危ない。そして私の超快適殺害ライフも無くなってしまうところだった。

命拾いしたな、少年。そう思いながら笑いかけてやる。顔立ちの良い私に笑いかけられるなど、光栄の極みであるし、彼もさぞかし喜んでいることだろう。と思って顔を見れば、まあ大変。真っ青な顔で呆然と立っているではないか。


そんなに私の顔が良かったのか。青ざめるほどに。


まあ、幸せな青ざめ方であろう。感謝しろ。そして命の恩人はこの私だということを覚えておけ。お前なんぞ私の手にかかればいつでも殺せる。それを忘れるな。という視線を、まあ厚い淑女の面を被れば分からないが。それとなく送りつつ、華麗に自己紹介もして見せた。


そんな私を見て、王子は吐きそうな顔で、蚊の鳴くような声で言った。


「……よ、ろしく……頼む」


満足気に、にっこりと可愛らしくに笑った私に対して、王子は引きつった笑顔を浮かべていた。



**



さて、そんな光栄な青ざめ方をしていると思われている王子。名をユラウス・エルヴァネスという。年は十二。そう、十二。たった十二にして命の危機に瀕している哀れな少年。それがクラウスである。


どれもこれも、全ての要因は目の前の可憐な少女である。

正直に言うと、少女は可愛い。所作からも優雅さが滲み出ているし、表情も柔らかく、言葉遣いも問題ない。同じ十二歳にして完成された淑女。という感じだ。一般的に見ればそうだ。ユラウス以外から見れば、そうだ。


ユラウスは昔からオーラのようなものが見える。

オーラはその人の特徴を示した色をしている。


明るい性格の人はオレンジや黄色。熱い心を持つ人は赤。冷静な人は青。のような、分かりやすい、いかにもなオーラをしている。

そんなユラウスは今、見たことの無いオーラを纏った少女を恐ろしいと思っている。


その少女、花のように可愛らしい見た目に反してどす黒いというか、赤黒いというか、ドブに血を混ぜたみたいな。とにかく濁っていて、かつ、どこか鋭いようなオーラをしているのである。

そして、ユラウスの顔を見るなりこの場を覆うほどに増していったそのオーラからビシビシと注がれる殺意は吐き気がするほどだった。


今すぐここから離れておうちにかえりたい。


本当は、泣きわめきながら自室にダッシュで帰りたい。ベッドで布団にくるまって枕を濡らしたい。でもそんなこと、できたらとっくにしてる。王子としての尊厳と立場を考えて、それができないことを悟り、自分の身分を呪った。なぜ自分がこんなやばいオーラを背負った人と婚約しなければならないのか。今すぐ王子を辞めたい。この婚約者から離れられるのなら今すぐ辞めたい。


辛うじて言えた、よろしくの言葉はいかにも可哀想な響きをしていて。ユラウスは自分で自分を憐れに思った。



**



そんなユラウスの心の嵐も露知らず。ただ私の可愛いが過ぎるので王子も狼狽えてるのだとと思っているフォルナはいろんな意味で最強の女である。

そんな最強の女はもちろん、自分が王子を生かしてあげたと思っているのでどことなく偉そうである。


「では、ユラウス様。今日は交流も兼ねて、王宮を案内してくださいますか?」


そう言って笑う少女はどことなく儚さがあり、やっぱり可愛い。可愛いが、その内面は逞しく、恐ろしく、そしてほぼ本能で狩りをする猛獣に近い。自らを死に晒す可能性のあるものは全て排除するバーサーカー。それがフォルナである。


ただ、一旦利用価値のあるクラウスを殺すのはやめにしたためか殺意は心做しか薄れていた。彼からすれば、怖いのにギリギリ一緒に居ても小便垂らさないくらいには抑えられたオーラにより、ぶっ倒れて逃げるという最終手段が無くなってしまった。というさらに最悪な状態なのだが。


だがそんなこと、フォルナは知ったこっちゃない。彼女は例え前世を思い出そうが思い出さなかろうが、自分勝手で、極悪で、偉そうな猛獣であることには変わりない。むしろ悪化した。

前世を思い出したことにより、フォルナは自らが死ぬことを知った。そしてそれはフォルナの生存本能を高めてしまった。

ゲーム内では、三十二人の攻略対象がいた。 つまり、フォルナの命を脅かす可能性が少しでもある人間が三十二人。それは今後被害者となる人数でもある。

フォルナは全員を殺すつもりではあるので、この世界でも上位のイケメンたちがこの世から姿を消すのだと思うと憐れだ。しかし、それもフォルナは知ったこっちゃない。この世は弱肉強食なのだ。弱き者は死ぬ。それだけ。


天上天下唯我独尊。傍若無人。我田引水。

そんな言葉が似合う悪役令嬢は中身が転生者だと自覚しても悪役令嬢に変わりはなかった。なんなら悪役どころではなく、極悪令嬢になってしまったという最悪な状態。それが彼女である。


「…ここが、庭園だ……です。まずここでお茶を飲みながら談笑してから、次の場所へ案内する……ます」


王子であるにも関わらずつい敬語を付け足してしまうユラウス。だが、それに対しても、フォルナは何とも思っていない。強いて言うなら「私が可愛すぎて緊張してんのね」という感じである。


王子、憐れ。この国の、この時代の王子に産まれてしまったばっかりに、こんな珍獣の手綱を握らなければならなくなった。果たして彼には握れるのだろうか。握ったとて、引きずり回されるのがオチではないだろうか。

誰か、珍獣ハンターを呼んでくれ。そして彼女をハントしてくれ。と、普段は温厚で、真面目で、冷静な彼がそう思ってしまうのも仕方がない。


お茶の席へ座り、プルプルと小刻みに震える手で紅茶を飲んでいるユラウスは紅茶をこぼしてしまわないように、なんとか威厳を保てるようにと必死である。会話なんてできたもんじゃない。

喉から絞りだそうとする言葉は全て喉でつっかえてしまう。そして出てくるのはカスカスの、ほぼ息みたいな言葉だけである。


実際はそこまで死の間際ってほどでも無いが、彼からしてみれば多少薄れた殺気でも殺気であることには変わりない。いつこの殺気が行動に移されてしまうのかと思うと怖くて仕方がないのだ。



こいつ、全然喋んねぇな。



だが、そんな憐れな彼に対して無慈悲にもフォルナはそう思っていた。

ゲームでは三十二人の攻略対象が出ていたが、その中でも真面目で一生懸命王子をやろうとしていた彼は割と好印象だったし、多くの人が一番初めに攻略する王道ルートにしてその出来も良かった覚えがある。


つまり、ゲームの中の彼ならばここは爽やかに、かつスマートに会話を広げることができるはずなのにおかしいな?と思ったのである。


やっぱ、体調悪いのか?


フォルナは全員殺すことを目標に持つ、殺意マシマシ系女子ではあるが、一応人の心は無きにしも非ずだ。じゃあなぜ全員殺すという物騒な思考になるのかというと、それは強すぎる生存本能のせいだと言わざるを得ない。

一応、本当に心配はしている。なぜならここで彼が病気にでもなって、フォルナの婚約者が変更ということになれば完璧な隠蔽工作への道が閉ざされてしまうからだ。


……やっぱり彼女に人の心はないのかもしれない。期待するだけ損である。


まあ、この美少女の前では王子がこんなんになるのも致し方ない。ここは前世も含めて精神的に大人である私がリードしてやろう。と考え、フォルナは自分から王子に話しかけることにした。


が、一つ問題があった。


「ユラウス様。お好きなものを聞いても良いかしら」


「……こ、紅茶が好きだ」


「あら!じゃあ今飲んでいらっしゃるのもクラウス様がお好きなものなのでしょうか?」


「……ああ」


「あら〜!」


そして暫くの静寂。何でこいつは話を広げないんだ。とフォルナは思ったが、ユラウスからしてみれば喋らないのではなく喋れないのだ。怖すぎて。


そして、今までその顔面により話しかけてもらうことの方が多かったので自分から会話するというのが苦手なフォルナVSできれば話したくないというか恐怖で話せないユラウス。という図が完成した。

その後もいくつか質問はしたが話を広げられず、一問一答のような会話になってしまった。


それに対して気まずいという感情はお互いに無い。ユラウスは質問に答えることだけに必死でそれどころじゃなく、逆にフォルナはイライラしてきていた。


フォルナは無駄な時間が大嫌いだ。こんな、なんの生産性もない時間があったら、他の攻略対象の殺し方を考える時間に使うほうが効率的だ。

だが、隠蔽工作のために必要な表向きの「良い令嬢」という皮が必要なのだ。だから今後使役していくその皮のためにも一応は必要な時間でもあるのだが、退屈である。ただひたすらに退屈である。面白くない。せめて面白くあれば無駄な時間であったとしてもなんとかなるのに、一ミリたりとも面白くない。

まだ目の前の紅茶を揺らして、その動きを見る方が面白い。そのくらい、この時間はつまらない。


――もう帰りたい。


フォルナの思考がユラウスと違う理由ではあるが、同じ形になった時だった。


ユラウスはチャンスだと思った。


フォルナのオーラから殺気が消えたのだ。

いや、厳密に言うと消えてはいないのだが。殺意の行方が変わった。先程まで少なからずあった、こちらへ向かう殺意が別の方面へ向き出し、多少気分が楽になってきた。


今なら、言葉巧みになんとかすればこの場から逃げ切れるかもしれない。と、ユラウスは薄れていた思考の中でそう考えた。

でも、自分が行動することでまた殺意がこちらに向くかもしれない。と起こりうるリスクを考えるとどうにも迷ってしまうのだが、しかしこれは悪魔の囁きであると同時に一筋の希望でもある。


陛下である父には、フォルナ嬢と仲を深めろと命令されているが命と陛下の命令を天秤にかければもちろん命の方が大きく傾く。

ユラウスは真面目で優しい性格ではあるが、自己保身のためだったら立場や身分、威厳なもは最終的には捨て置いて、割と何でもするタイプだった。いのちだいじに。本人は気付いていないが、それがユラウスの中の行動原理である。

もしかしたら、フォルナと似たもの同士なのかもしれない。ユラウスからすれば一緒にして欲しく無いだろうが。


さて、思い立ったが吉日。さっさとやってさっさと帰るのだ。愛しの我が部屋に帰るのだ。


「……申し訳ない。私は、今日少し体調が優れないんだ」


そう言ったユラウスに対して、フォルナは思った。

これ、帰るチャンスでは?


ようやく同じ形をした思考の合致。きっとお互いのことを知れば仲良くできそうではある。まあ、フォルナのオーラが鎮まらない限りは難しそうではあるが。


「そうでしたのね!それは、こちらも気付かず申し訳ありませんでした。今日のところはこれまでにいたしましょう」


「ありがとう。せっかく来ていただいたのに、こちらこそ申し訳ない」


「いいえ。やはりユラウス様の体調が第一でございますよ。婚約してまだ初日ですし、これからお互いを知っていく機会もありましょうから。そんなに気になさらないでくださいませ」


「本当にありがとう。せめて門までは送るよ」


「いいえいいえ!ユラウス様は体調が優れないのですから、どうか安静にしてくださいませ。私はここで失礼いしますね」


「ああ、すまない。またの機会によろしく頼む」


あまりにも表面だけでの会話がスルスルと紡がれる。謝罪の言葉も、感謝の言葉も、そこにはなんの温度もない。ただ形式的に言っているだけである。これが、互いに自分を最優先に考えた場合の会話だ。目指す先が同じで良かった。



そうして、双方とも家へ帰り、部屋へ帰り、そして呟くのだった。


「「………またの機会があるのか」」


そうして王子は枕を濡らし、公爵令嬢は溜息を落としながらその他攻略対象について思考を巡らせた。




**




その数日後、ユラウスの元にフォルナからの手紙が届いていた。


『話があるので会えないか』


という内容だった。そしてその後の文には、


『人を殺したい。隠蔽しろ。他のものにこれを知らせればお前も殺す』


という内容が遠回しに書いてあった。


王子はフォルナのオーラを思い出し、思わず腰が抜けた。これは、牢へ入れようともきっと這ってでも殺しにくる。それくらいのオーラと殺気だったのだ。もう半分くらいはトラウマ。


一旦、一旦話を聞くだけだ。話を聞くだけ。まだ殺してはいないらしいし。本当にヤバそうだったら陛下に言おう。言えるかどうかは別にして。




フォルナはありえないほどの殺意に持ち前の行動力がプラスされて早々に真骨頂を発揮し、王子は汗と涙でベチョベチョにされたのだった。




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思い切りの良いヒロインがとても好きです(゜∀゜) 王子はガンバレ 面白い作品をありがとうございます・:*+.\(( °ω° ))/.:+
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