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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チート勇者が魔物を殲滅する旅の先には―――

作者: 清月 郁

ある日何の予兆もなく、世界の平和が壊された。

今まで争いもなく笑いに満ち溢れていた人々は、恐怖で強張った顔をするようになった。



―――当然だろう。

見たこともない狂暴な生物が、突然現れたのだから。

後に『魔物』と名付けられたそれらは、ありとあらゆる集落を襲い始めた。


一部の人達は自分たちの生活を守ろうと、武器を取り果敢に立ち向かった。

しかし相手はあまりにも強く、多くの犠牲が出た。

加えて魔物につけた傷はすぐ再生してしまい、抵抗は無駄に終わってしまった。



「女神様、どうか我々をお救いください・・・!!」


出来ることはもう、この世界を守護する女神に祈りながら絶望することだけだった。

ある人は愛する者が目の前で引き裂かれるのを何もできずに眺め、またある人は自分の体が解体されていく様が最後の光景となった。




そんな悲劇は、この町も例外ではない。

みな隠れながら避難をしていたが、至る所で悲鳴が聞こえてくる。

その度に色々な人が耳を塞いだり、陰で体を震わせていた。


「きゃぁぁぁぁぁ!!!」


突如、子供の悲鳴が二人の大人の血の気を引かせた。

近くには、いるはずの我が子の姿がどこにもない。

恐る恐る遠くを見ると、小さい娘の目の前に凶悪な魔物がよだれを垂らしている。


「逃げろ!!!!」


父親が大声で叫ぶも、娘は腰を抜かしてしまっている。


魔物はゆっくりと大きい口を開けた。

母親はそれを見て、思わず我が子のもとに走りだす。


だが間に合いそうにない。

娘の頭が魔物の大きく開いた口の中に既に入っている。

もう、助からない。



そう両親が思った時だった。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


男の声が聞こえたかと思うと、魔物の胸に剣が貫いた。

その直後駆け寄った母親が我が子を抱えて、その場から離れた。



魔物が痛みに悶えていると、急に青白い炎に包まれた。

あまりもの勢いで、ごうごうと大きな音を立てている。

やがて徐々に魔物の体は崩れ始め、完全に灰となった。




その場に残ったのは、見慣れない一人の若い剣士だけだった。

白い髪と青い瞳、とても凛とした男性だった。

不思議なことに彼のもつ剣は、さっきの青白い炎に包まれている。


その場にいた親子は彼が女神の使いのように見えて、思わず息を飲んでしまった。



周囲の魔物が、騒ぎを聞いて剣士の方を向いた。

そして危険を排除しようと、一斉に襲い掛かる。


しかし剣士は慌てず、剣をそのまま構えた。

魔物たちが牙をむく寸前、彼は剣で円を描き一閃した。


ついた傷口は、とても浅かった。

だがそう思ったのも束の間。

傷口から炎が吹き出した。

やがて魔物たちは大きな炎に包まれて、その場から消え去った。




村人たちが唖然とする中、剣士は魔物の排除を続けた。

彼が現れてから間もなく、地獄と化していた町は元の静けさを取り戻した。

人々は状況を読み込めないながらも、恐怖から解放されたことに安堵している。


「お兄さん、助けてくれてありがとう!」


先程の幼い娘が、両親を連れて彼のもとに駆け寄った。


「いえ、当然のことをしたまでです」


剣士の言葉は魂が抜けたかのように空虚だった。

顔にも喜びなどを一切感じられない。

むしろ、寂しげだった。



剣士はもう魔物が完全にいなくなったことを確認すると、町から離れようとした。


「あ、ちょっと待って!!

どこに行くの!?」


あまりにも淡々としている彼を、娘が引き留めた。


「他の魔物を殲滅していきます。

それが私の責務ですから。

女神の名のもとに約束しましょう。

私が必ず、全ての魔物を殺して平和を取り戻します」


相変わらず彼は冷たかったが、子供でも分かるほど芯があった。

娘は剣士に色々聞きたいことがあったが、彼をこれ以上留まらせることはできないと分かった。


「ねぇ、せめて名前だけ教えて」


剣士は少しの間、何かを思い出すように遠くを見つめていた。

そして後ろを向いて歩き始めると、一言だけ置いていった。


「・・・・・サルタン」


その言葉は、強い風が吹いてもかき消されることはなかった。






サルタンは、魔物を殲滅する旅をしていた。

その旅はとても孤独で、魔物を狩ることを黙々と繰り返す日々だった。


彼がどうやってその超越した力を得たのか、どんな思いを抱えているのか、その旅でどんな経験をしたのか、誰も知る者はいない。

「サルタン」という名前だけが人々の間で広がり、謎多き“勇者”として知られるようになった。



彼を手伝いたいと同伴を願い出る者は何人もいた。

しかし、サルタンは必ず断った。


「私の炎は、斬ったものを灰にして消滅させることができます。

それが皆さんには殺すことのできない魔物を倒す、唯一の手段です。

例えあなた達がついてきたとしても、私の足枷となるでしょう」


彼の言葉は、熱意ある人達の心をへし折るには十分だった。

実際サルタンの言っていることは事実だ。

彼以外にこの世界の命運を変えることのできる人物は存在しない。

そのことを本人が一番よく理解していた。




だから当初無名の剣士だったサルタンは、全てを背負って戦い続けた。


ただひたすら青い炎で魔物を屠るという作業は、彼の心を何も満たさない。

確かに人々を助けるという達成感はあった。

だがそれよりも、彼の抱えているものが大きすぎた。



いったい何度自分の役目を投げ出そうとしただろうか?

幾度も剣を捨てようとしたが、魔物が視界に入るとそんな考えはいとも簡単に吹き飛んでしまう。

気付けば彼は、魔物が静かに崩れていく様をただ眺めていた。

そんなことを繰り返す度、唇に血を滲ませながら肩を震わせた。

彼の善行とは裏腹に、心に開いた穴は徐々に大きくなる一方だった。




しばらくすると、サルタンは人前に現れなくなった。


「人里周辺の魔物はいなくなりました。

これから彼らが巣食う場所に行きます。

今後、私が皆さんの前に現れることはないでしょう」


最後に訪れた町で、彼はそう言い残した。

サルタンは決死の覚悟で死地に向かうのだと誰もが思った。

そのため彼がその町を去る際、総出で盛大に見送った。



彼の言葉に隠された、本当の意図に気づかずに。




***




それから、10年以上の歳月が経った。


サルタンは人知れず、魔物を屠り続けていた。

その間人間に会うことはなく、声の出し方を忘れそうになる程だった。




しかしその苦労は報われ、とうとう世界にいる魔物は残り一匹となった。

最後の魔物は、何千年も前に忘れ去られた遺跡でひっそりと眠りについていた。


全身を覆う金色の毛に、鋭い爪と牙、そして三メートルもある巨体。

大型のオオカミのような姿をしたそれは、自分の住処への侵入者を察知してゆっくりと起き上がった。




目の前に立ったサルタンは、相手に圧倒されることなく剣を引き抜いた。

オオカミは低くうなりながら、彼を睨みつける。

そこからあふれる殺意は、その場の気温を勢いよく下げていった。




そんな硬直状態が続いた。

しかしサルタンの剣がボッと音を立てて燃え始めると、オオカミは全速力で突進してきた。



サルタンは防御することなく、後方に吹き飛ばされた。

その反動でいくつも立っていた石柱が、ガラガラと大きい音を立てて崩れていく。

彼は白い埃が立ち上る中、血を吐きながら起き上がった。




しかし、剣を持ったものの反撃しようとはしなかった。

なぜか上の空で、灰色の雲をぼーっと眺めている。

彼の心には、闘争心の欠片もない。

まるで何かを受け入れる準備をしているかのようだった。



やがて目が血走ったオオカミの魔物が、突如彼の横に現れた。

それでも、サルタンは剣を構えようとしない。

オオカミは止めを刺そうと、手を大きく振り上げた。




「・・・もう、終わりにしましょうか」


サルタンは意を決して、勢いよく迫る魔物の手に剣を突き刺した。

相手の爪はサルタンの眉間の手前で止まっている。

魔物は振り払おうと動こうとした。



その瞬間、オオカミは青白い炎に包まれた。

あまりにも激しく、オオカミの姿が見えなくなる程だった。

しばらく魔物の苦痛の悲鳴がその場を支配していた。

しかし徐々に炎の大きさと共に、叫び声も小さくなっていった。




遺跡に再び静寂に包まれた頃には、サルタンの目の前には壊れた石柱しかなかった。



ガランと音を立てて剣が滑り落ちた。

そして、サルタンは脱力したかのようにその場にしゃがみこんだ。


「やっと、やっと解放される・・・・」


だがまだやるべきことが残っている。

それさえ終われば、この沁みるような苦痛をこれ以上味わう必要はなくなる―――






そんなことを考えていると、雲に覆われた空から一筋の光が現れた。

思わず光が差す先を目で追うと、一人の女性が立っていた。

金色の長い髪に、白い布の服、神秘的な美貌―――


女神だった。


「サルタン、よくここまでたどり着いたな」


彼女の言葉は、とても温かい。

それでも、彼の心の傷を癒すことは出来なかった。


「女神様、どうしてここに・・・?」


「ふふっ。

無論、“最後の責務”を完遂するところを見届けに来たに決まっておろう」


そう言うと、女神は彼に歩み寄った。

その表情は柔らかく、まるで我が子を愛する母親のようだった。




「お主は最初、ただのしがない冒険家であった。

剣の腕に自信はあったものの、特別な力も持っておらず平凡だった心優しい若造がまさかこのような運命を背負うことになるとはな」


女神は地面に落ちた剣を拾い上げた。

そして自分をただ見つめるサルタンの手に、優しく握らせた。


「我がお主の祈りを聞いた時、この世界はとんでもないことになっていた。

そなたが手に取った、ある洞窟に眠っていた財宝にはかつて存在していた邪神の呪いが封印されておった。

そんなことをつゆ知らず、お主は意図せずそれを解いてしまった。

放たれた呪いは付近に暮らしていた人々を魔物に変え、欲のままに殺戮を始めた」



彼女の言ったことに、サルタンは再び罪悪感で押しつぶされそうになった。

魔物になった人の多くは、彼が慕っていた者ばかりだった。

家族や友人、顔見知り、愛する人全てが醜い姿に変化し知らない人々を襲っていった。

そんな光景が脳裏に浮かぶと、自然と剣を強く握っていた。


「それはお主も例外ではなかった。

お主が変貌し始めようとした時、必死に我に願った。

―――『どうか私に償いをする機会をお与えください』、とな」


「そして私の境遇に同情して、その願いをあなたは叶えてくださった。

ですが、限界があった。

既に魔物となった人達を戻すことはおろか、私の呪いの進行を遅くすることしかできなかった。

あなたのおかげで私は今日まで理性を保てましたが、今とても眠くてこれ以上はもう無理なようです」



女神はサルタンの頬を優しくなでた。

その皮膚は所々樹皮のように固く変色しており、至る所からツルのような植物が生えていた。

彼の姿はもうすでに、人としての形を失いつつあった。


「・・・・・我のこと、恨んでいるか?」


女神の顔に陰りが見えた。

その様子を見たサルタンは、力なく笑い飛ばした。


「ははっ、あなたらしくないですね。

こうなったのは全て私の責任です。

むしろ贖罪の機会を与えてくださったことに、とても感謝しています。

あなたの慈悲で頂いたエンチャントの能力もあり、ここまで来ることができました。

こんな愚かな私に手を差し伸べて頂いて、本当にありがとうございました」




サルタンはゆっくりと剣先を自分の心臓に向けた。

その剣は、淡い炎に包まれている。


「さらばだ、哀れな子供よ。

お主は必死に運命に抗った、“真の勇者”であった」


女神の言葉に、彼の目から久しく涙が流れた。

その表情は、今までで一番幸せに満ち溢れていた。






サルタンは静かに、自分の胸に剣を突き刺した。

そして彼が消えてなくなるまで、女神は傍で見守っていた。

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