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公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す ~今世は自由に、何人にも従わない~  作者: MIZUNA


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9/17

小さな幸せ、変わり始めた未来

「アシル様、全ての荷物をお屋敷の用意された部屋に運び終わりました」


「ありがとう、リゼット。これで、この小屋ともお別れだね」


畏まるリゼットに、僕は室内を見渡してにこりと微笑んだ。


リクアードと対面してからここ数日だけでも、僕の待遇はがらりと変わっている。


離れ小屋を出入りしているのはリゼットとマリスの二人だけだけど、運び込まれる食事は新鮮な野菜、ふわふわで温かいパン、栄養満点の肉料理にスープとなった。


未来の記憶を遡っても舌鼓を打つほどの料理の数々で、初めて口にした時には思わず泣いてしまったほどだ。


その様子を見たリゼットは嬉しそうに微笑み、僕の食生活を知っていたマリスは決まりが悪そうにしていた。


それにしても僕、どれだけまともな料理を食べたことがなかったんだろうか。


「あの、アシル様……」


「どうしたの、マリス」


目をやると、どこか怯えた様子の彼女は恐る恐る続けた。


ちなみに、彼女がリクアードに負わされた怪我は光魔法でほとんど治っている。


見た目には、包帯がしてあって痛々しいけどね。


「本当にお屋敷へ行って大丈夫でしょうか。ロドリナ様は、リクアード様がアシル様を屋敷に住まわすことをまだ強く反対しております。何かいい手立てがないかと、私に毎日聞いてくるぐらいです」


「大丈夫、それも一つの狙いだからね」


計画は順調に進んでいる。


僕の過ごす場所が屋敷にとなった件は、マリスを通じてロドリナにもすぐに届けられた。


マリスは、彼女なりにリクアードへ意見したことを痣だらけの体を見せて伝えたらしいが、ロドリナからは『役立たず』『無能』『穀潰し』とひたすらに罵られ、平手打ちを何度も浴びせられたそうだ。


しかし、僕の『専属メイド』という立場を得たことで何とか許してもらい、今後の監視役を命じられている。


リクアードに理不尽な暴力で心身を痣だらけにされて間もなく、まだ心の何処かで信じていたであろうロドリナの謂れもない叱咤、暴言によってマリスの心は折れてしまった。


僕のところに帰ってきた彼女は、自身の愚かさと弱い立場を嘆き、大泣きしてしまう。


彼女から事情を聞いた僕は、『これで、わかったでしょ。君は捨て駒なんだよ』と寄り添って、光魔法で心と体の傷を癒やしてあげた。


この一件でマリスの心は完全にロドリナ……というよりはルクナストから離れ、彼女自らの意思で僕に忠誠を誓うと二回目の宣誓をしてくれている。


今のマリスは表向きはロドリナの息が掛かったメイドだけど、実際は僕に忠誠を誓ったメイド。


つまり、二重スパイというやつだ。


「はぁ、そうなんですか」


「うん。僕に対する考え方の違いが、リクアードとロドリナの関係を破滅させる楔になるのさ。まぁ、安心して。僕は当主リクアードの許可を得て、屋敷に住むんだからね」


そう告げると、咳払いをした。


「さぁ、行こうか。ルクナストの屋敷。僕の新しい部屋に」


リゼットとマリス曰く、僕の処遇を巡って、リクアードとロドリナの関係悪化にともない屋敷内は殺伐とした雰囲気が漂っているそうだ。


でも、ルシファードはこの件について、特にこれといった反応をみせていないらしい。


何にしても、これからが本番だ。


期待と高揚感に胸を躍らせ、僕は二人を引き連れて離れ小屋の扉を開けて、外への、新しい未来への一歩を踏み出した。



ルクナスト子爵家がルク家から統治を任された領地は、帝都から遠く離れた片田舎にある。


でも、当主の意地なのか、屋敷は有り余っていた土地に建てた白を基軸とした豪邸で、広さと壮大さだけは帝都に住む高位貴族達の屋敷に見劣りしない。


でも、逆にそれが、帝都や高位貴族の仲間入りを熱望することを示唆していて、痛々しくも見えるけど。


屋敷に到着して扉を開けると、ルクナスト家の執事こと『モーヴェル・グレイン』が出迎えにきた。


茶色で清潔感ある短髪、鋭くて細い目には水色の瞳が浮かんでいる。


彼は僕を下から上まで舐めるように見つめた。


この男は執事としてリクアードに仕えつつも、ロドリナから賄賂をもらって情報を渡している。


どっちつかずの姑息な輩だ。


もちろん、信用は一切できない。


「……恐れながら、貴方様は本当に『アシル様』なのでしょうか」


「はい、そうです。ですが、私の名を確認する前に、まずは貴方が名乗るべきではありませんか?」


素知らぬ顔で小首を傾げると、モーヴェルは眉をピクリとさせた。


「これは申し訳ありませんでした。私は執事の『モーヴェル・グレイン』と申します。以後、お見知りおきください」


彼は会釈して顔を上げると、再び僕を見やった。


「聞いていたアシル様の容姿と大分違っておりましたので、驚いた次第でございます。どうかお許しください」


聞いていた容姿と違う、か。


リクアードやロドリナのことだ。


大方、黒く淀んだ髪に、みすぼらしい姿をしているとでも伝えていたんだろう。


「そうだったんだ、それならしょうがないね」


僕はあどけない少年の如く、にぱっと笑って相槌を打った。


色々と突っ込んでもいいが、こんな小物に構っていてもしょうがない。


モーヴェルは、鼻で笑うと「では、お部屋にご案内します」と歩き始める。


屋敷の通路で僕の容姿をすれ違いざまに見た人達は、誰も彼もが目を丸くして呆気に取られていた。


僅かな陽光でも煌めく金髪を腰下まで三つ編みにし、リゼットとマリスが離れ小屋の中で見つけてくれた質素ながら気品のある洋服を身に着けている。


自分でいうのもなんだけど、そんじょそこらの御曹司よりもそれっぽいと思う。


母さんを知っている人であれば、脳裏に当時の母さんが蘇っているかもしれない。


ただ、ちょっと嫌なのは、この洋服一式がルシファードのお下がりということだ。


僕の洋服は生まれてこのかた、買ってもらえたことはない。


まぁ、何もないよりはマシだけど。


「リクアード様より、こちらの部屋を使うよう申しつけられております」


モーヴェルはそう告げると、マリスとリゼットを見やった。


「私に何かご用があれば、そちらのマリスとリゼットにお伝えください。では、私はアシル様の到着をリクアード様にお伝えして参ります故、失礼致します」


彼は一礼すると、踵を返してこの場から去って行く。


僕は部屋の扉を見つめ、『また、ここからか』と感慨に耽っていた。


屋敷内で一番日当たりが悪く、急ごしらえで用立てられた僕の部屋。


離れ小屋よりは綺麗ぐらいだった記憶しかない。


でも、寝て起きるだけの場所だから、気になんかしないけどね。


「アシル様、どうかされましたか?」


「何か、気に入らないことでもありましたでしょうか?」


僕の背後に控えていたリゼットとマリスが、心配そうに首を傾げた。


「あぁ、いやいや。本当にこの屋敷に住むんだと思ったら。ちょっと、ね」


僕は誤魔化すように頬を掻くと、扉を開ける。


ほら、やっぱり前と同じ……そう思ったが、部屋の中を見て僕は目を瞬いた。


「え、何これ?」


室内は未来軸と違い、急ごしらえとは思えないほど綺麗に整っていた。


汚れて黒ずんでいたと記憶していたベッドは、綺麗で真っ白なシーツに覆われている。


部屋の照明、机、ソファー。


どれを見ても埃一つ無く、綺麗に拭き上げられていた。


「ど、どうなって……」


まさか、なにか未来が大きく変わったのか。


リクアードやロドリナが、僕の利用価値を前回軸よりも高く見積もって、懐柔するために綺麗な部屋を用意するよう指示したのか。


いや、奴等がそんな殊勝なことをするはずがない。


必死に頭を巡らせていたその時、マリスとリゼットが僕の正面に並んで畏まって「せーの」と息を合わせた。


「アシル様、お誕生日おめでとうございます」


「え……?」


僕がきょとんとすると、微笑むリゼットが咳払いをした。


「アシル様が11歳になった誕生日のお祝い。何もできておりませんでしたから、せめて、私達だけでも何かするべきだと思ったんです」


彼女曰く、リクアードの指示で屋敷に僕が住むとなった時、当初はあり合わせの家具と埃だらけの小汚い部屋が用意されたらしい。


でも、それから二人が協力して今日までにこっそりと隅々まで綺麗に拭き上げ、ベッドも整えてくれたそうだ。


リゼットの説明が終わると、マリスが申し訳なさそうに口火を切った。


「……こんなことで今までの私の言葉や態度が許されるなんて思っておりません。ですが、今は少しでもアシル様のお力になりたいんです。あと、これを……」


「……八重咲きの白い花?」


マリスの見つめた先に置いてあったのは、花が挿された花瓶だった。


僕が首を傾げると、リゼットが微笑んだ。


「あの花は芍薬というもので、エラリアが好きだったものなんです。綺麗で香りもいいからって。ある時期は、いつもああして花瓶に挿しておりました」


「その、プレゼントがこんなものしか用意できずに申し訳ありません」


会釈したマリスに、僕はすぐ顔を上げてもらった。


「……そんなことない。母さんの好きな花、知らなかった。芍薬っていうんだね」


やっぱり、未来は大きく変わっていたんだ。


僕の誕生日を、存在をこうして祝ってくれる人ができるなんて。


目尻が熱くなり、泣くつもりもないのに涙が頬を伝った。


「……二人ともありがとう。今日は、今までの誕生日で最高の日だよ」


「はい。でも、これからは毎年、過去最高の誕生日にして参りましょう」


「リゼットの言うとおりです。私も及ばずながら、お力になります」


二人は、泣きじゃくる僕を優しく抱きしめてくれた。


人の優しさに、こんなに触れたことはない。


間違いなく、未来は変わり始めたんだ。


僕が泣き止むと、二人はこの日のため、こっそり用意して室内に隠していたという焼き菓子のクッキーを持ってくる。


そして、二人が開いてくれたささやかな誕生日会を、僕は心から楽しんだ。


でも、油断はできない。


このあと、おそらく、リクアードに報告を終えたモーヴェルが部屋にやってくるはず。


そうなれば、ロドリナとルシファードにも顔を合わせることになる。


未来は変わるし、変えられる……二人のおかげで確信も得られた。


いよいよ、ルクナストの未来を地獄に落とす始まりだ。






アシル君の活躍が少しでも面白い、続きが読みたいと思いましたら『ブックマーク』『評価ポイント(☆)』『温かい感想』をいただけると幸いです!

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