リクアード・ルクナスト
「ご無沙汰しております。この度は私のような者に会いに来て下さり、まことに光栄でございます」
離れ小屋の薄暗い部屋の中には、僕、リゼット、マリス。
そしてもう一人、この場にそぐわない高価な服装に身を包んだしかめっ面の男が立っている。
僕が畏まって深く頭を下げると、男はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「下らん挨拶はいい。それで、本当なんだろうな。光魔法が発現したというのは」
この男こそルクナスト家当主、リクアード・ルクナスト。
薄い金髪を後ろに流したオールバック。
全てが気に入らないといわんばかりの目付きの奥には黄色い瞳が浮かんでいて、眼鏡を掛けている。
今現在、未来の記憶を照合してもこいつと僕の顔は似ていない。
どうやら、僕はエラリア母さんの顔に似たんだろう。
準備と打ち合わせが終わり、リゼットに呼んできてもらった。
マリスを行かせなかったのは、彼女が得ているロドリナの信頼を無くさないためだ。
腹の立つ物言いだが、ここで怒るわけにはいかない。
こいつには、もっと相応しい時と場所で地獄に落としてやる。
僕は目を細め、親の愛を求めるあどけない子供のようにリクアードの瞳を見つめた。
「もちろんでございます」
「では、見せてみろ。もし嘘であれば、お前は一生をここで過ごすことになる」
「畏まりました」
こくりと頷いて右手に小さな光球を生成すると、リクアードが眉をぴくりとさせた。
「なるほど、確かに発現したようだな。しかし、その程度の力か。所詮、髪や瞳の色など伝承に過ぎないようだな」
「いえ、リクアード様。これは、ほんの始まりに過ぎません」
「なに……?」
リクアードが首を捻ると、僕は不敵に笑ってその光球に魔力をつぎ込み、巨大化させていく。
なお、事前に光が外に漏れないよう、リゼットとマリスにぼろぼろだったカーテンを整えさせている。
ロドリナに僕の発現を気付かれる可能性は、限りなく低いだろう。
最初、僕の掌だった光球は天井にぶつかりそうになるほど大きくなっている。
ちらり横目で見れば、リクアードがしかめっ面のまま目を丸くしていた。
「こ、これは……⁉」
「如何でしょう、リクアード様。これで、僕も少しはルクナストの力になれるでしょうか」
素知らぬ顔で媚びるように尋ねると、リクアードは「ふふ、あっははは」と高笑いを始めた。
光球をこの大きさに膨らませることは、光魔法を発現して訓練をすれば、ある程度は誰でも扱えるようになるだろう。
でも、僕はまだ発現したばかりで、訓練をした経験も表向きにはない。
リクアードからすれば、僕は『とんでもない才能を秘めた子供』というように見えていることだろう。
きっと、高笑いしながら僕の使い道に考えを巡らせているに違いない。
未来軸の僕は、当初は制御しきれずに離れ小屋を吹き飛ばしてしまった。
だけど、今回は違う。
魔力量や体力は年相応でも、光魔法を扱う感覚は未来と変わらないから、暴走するようなことはない。
「あぁ、なれるぞ。アシル、お前を今日から我が子として認め、ルクナストを名乗ることを許可しよう」
「ありがとうございます。しかし、恐れながら、ルクナストを名乗ることにつきましては、丁重に辞退させていただきたく存じます」
「……なんだと」
リクアードの目が一瞬で怒りと不満の色に染まっていく。だが、これも予定通りだ。
「言葉が足りず申し訳ありません。光魔法が発現したとはいえ、私のような者がルクナストを名乗ることは『ロドリナ様』がよしとしないかと存じます」
僕は、ちらりとマリスを見やった。彼女がびくりとして頭を下げると、リクアードは「なるほど、あの女の入れ知恵か」と頷いた。
マリスがロドリナの息が掛かったメイドであることを、リクアードが知らないはずはない。
彼女の考えだと察すれば、僕の言葉は『ロドリナ』の言葉となる。
「それに私の使い道で考えれば、もっと良い方法があります」
「ほう、お前を自分の使い道を考えたというのか。面白い、聞かせてみろ」
「ありがとうございます。それでは僭越ながら申し上げますと……」
僕は会釈してからゆっくり顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「どうか、私を本家ルクスアウリス公爵家に小姓として奉公に出してください。そうすればルクナスト子爵家の株が上がるだけでなく、ロドリナ様が気にする後継者問題も起こりえないかと存じます」
本来、僕がルクスアウリス公爵家に売られるのは一年後だ。
でも、実のところ、リクアードは半年程度、僕の使い道を色々と思案していた。
ルクナスト子爵家に置いておくか。
ルクスアウリス公爵家や皇族に奉公に出すか。
その結果、最終的に僕はルクスアウリス公爵家へ奉公という名で売られたというわけだ。
でも、今回、僕が此処に居るのは約半年間のみ。
それまでに、リクアードには本家へ僕を売り込んでもらう必要がある。
その売り込みが、自らを破滅への扉を開くとも知らずにね。
「ふむ、お前にしてはよく考えたようだ。しかし、ここに軟禁されていたお前が、何故そのような知識や知恵を持っている」
「それは……」
戸惑ったように目を泳がせ、僕は縋るような視線でマリスとリゼットを再び見やった。
おそらく、これはリクアードのひっかけ。
十中八九、マリスを通じたロドリナの意図だと思っているんだろうが、最終確認の意味を込めて聞いてきたんだろう。
リクアードは僕の様子を見ると、合点がいったように鼻を鳴らした。
「まぁいい、大体の察しはつく。では、お前がそのように思っているなら言葉通り、ルクナスト家のためルク家に尽くしてもらおう」
「ありがとうございます。身命を賭して、ルクナストのため、ルク家にお仕えいたします」
僕は感激した様子を醸しだし、深く頭を下げる。
計画通り、だ。
僕は顔が見えないよう俯くと、にやりとほくそ笑んでいた。
リクアードは、内心で栄光に続く道を歩き出したと思っていることだろう。
だが、断じて違うぞ。
お前の歩き出した道には、途中で大きな落とし穴がある。
奈落の底まで続く、大きな落とし穴がね。
深呼吸して顔を上げると、僕は平静を装いつつ口火を切った。
「それでは僭越ながら、ルク家奉公に向けてお願いしたいことがございます」
「なんだ、言ってみろ」
「恐れ入りますが、さすがに今の私の容姿や立ち振る舞いではルク家にお仕えできません。せめて栄養のある食事で体力を付け、最低限の立ち振る舞い、知識、武術を学びたく存じます」
そう告げると、僕は黒く染められた伸び放題の髪、目の色を隠すための前髪を触った。
髪を触る薄い上着の袖からは、痩せ細った腕が見える。
「ふむ。確かに、今のお前をそのまま奉公させるわけにはいかんな。よかろう、お前の部屋を屋敷に用意させる。それまでは、ここで過ごせ。おい、お前達」
リクアードはマリスとリゼットを見やった。
「この離れ小屋を早急に片付けろ。それから、アシルに体力のつく食事もやれ」
「畏まりました」
リゼットは素直に会釈するが、マリスは恐る恐る「あの、恐れながら、リクアード様」と切り出した。
「……なんだ」
リクアードは明らかに不機嫌そうに顔を顰めた。
「い、いえ。こちらの離れ小屋の管理はロドリナ様に一任されておりました故、勝手なことをすればお怒りになるのではないかと」
「ほう……」
相槌を打ったリクアードがマリスの前に足を進めた次の瞬間、鈍い音が室内に響いた。
リクアードが容赦無く彼女の頬を拳で殴ったのだ。
「ぐ……⁉」
リクアードは倒れたマリスの腹を容赦なく踏みつけ、何度も靴の踵で押しつぶすように蹴りつけていく。
激しさのあまりに彼女は嘔吐するが、蹴りを止める気配は微塵もない。
「役立たずの卑しいメイド如きが、ルクナストの当主である私に意見する気か。ロドリナがどうしたのというのだ。ルクナストの当主は私だ。お前達は、ただ、私の命令に従っていればいい。それすらわからんか。この無能が」
「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました。どうか、どうかお許しください」
マリスが理不尽な暴力に対して、必死に泣き叫んでいる。
「お、おやめください。リクアード様。このままでは、マリスが死んでしまいます」
「リゼット、お前はこうなりなくなければ黙っていろ」
リゼットが発した制止の言葉に、リクアードの怒号が部屋に轟いた。
このままじゃ、本当に彼女が死んでしまう。
僕は今にも灼熱の光球でリクアードを焼滅させたくなる衝動に駆られる。
でも、ダメだ、ここでこいつを殺しては、全ての計画が崩れてしまう。
それに一瞬で焼き尽くすなんて、こんなことを平気でする男には罰として軽すぎる。
僕は胸の内に湧いている殺意を必死に押さえ、リクアードに抱きついた。
すると、リクアードの暴行がぴたりと止まる。
「……アシル。貴様まで、何の真似だ」
彼は殺意の籠もった目で、僕をじろりと凄む。
「お、おやめください、リクアード様。マリスは私の事を案じてくれたのかと。決して、意見するような気持ちはなかったと存じます。どうか、私に免じてお許しいただけないでしょうか」
「……いいだろう。私はいま、お前のおかげで気分が良い。感謝するんだな、無能で卑しいメイドが」
「は、はい。ありがとう……ございます」
マリスが頭を下げると、リクアードは用が済んだと言わんばかりに踵を返して扉に向かって歩き始める。
僕はマリスに寄り添いながらも、言い忘れていたことを思い出してハッとした。
「リクアード様、マリスとリゼットを私の専属メイドにしていただけないでしょうか。その、誕生日のお祝いとして」
「無能なメイドに随分と情が湧いているようだな。好きにしろ」
肩を竦めたリクアードは、鼻を鳴らして嘲笑すると部屋を出て行った。
足跡が遠ざかって、気配を感じなくなると、僕は「ごめんね」と呟き、マリスに寄り添って光で包んだ。
「まさか、女の子に対してあんなことするなんて思わなかったよ」
「い、いえ。大丈夫です。で、でも、あれが何の役に立つんですか」
マリスは、頬とお腹の痛みに耐えながら眉を顰めて首を捻った。
彼女の視線には、不安とほんの少しの期待が入り交じっている。
「もちろんだよ」
僕は、安堵させるように微笑んだ。
「あいつが言っただろう。ロドリナが管理していようと、当主の命令が絶対だってさ。君の怪我がその証明になる」
あの発言は彼女の独断ではない。
僕が予め、マリスに指示をしていたものだ。
リクアードの様子から察するに、僕が言わせたとは思っていない。
リゼットが僕のために動くとなれば、必ずロドリナの邪魔が入るだろう。
でも、リクアードが当主の命令が絶対と言った以上、リゼットにはロドリナの命令を断る名目ができるというわけだ。
マリスの怪我も、すぐにメイド達の間で話題になるだろうから、ロドリナもあまり強くは言えなくなるはず。
「この光で内臓を回復させて、痛みと不安を和らげる。でも、外傷の治療は少し待ってほしい。必ず、傷が残らないよう治してあげるから」
「マリス、立派でしたよ」
「……畏まりました」
僕とリゼットの言葉にマリスは目を潤ませ、ちょっと照れた様子で目を逸らした。
今まで罵っていた相手から優しくされたから、決まりが悪かったんだろう。
「言ったでしょ。僕は優しいってね」
微笑み掛けると、僕の前髪がずれて彼女と目が合った。
すると、彼女は「あ……」と呟き、赤くなった目を隠すように俯いてしまう。
「ありがとう……ございます」
どうやら、落ち着いたみたいだ。
僕が息を吐いて立ち上がると、「アシル様」とリゼットに呼ばれた。
「許しも出た事です。早速、身なりを整えましょう」
「うん、そうだね。お願いするよ」
こうして、リクアードの許可を得た僕達は計画を進めていった。
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