決意の引き金
僕は唖然としていた。
リゼットに何かしらの秘密があるだろうとは思っていたけど、まさか『エラリアを殺してしまった』なんていう言葉が出てくるなんて考えもしていなかったからだ。
あれ、でも……。
何だか彼女の発した言葉に違和感がある。
僕はハッとすると、額を床に付けたままの彼女に寄り添い、顔を上げてもらった。
「ちょっと待って。殺した、ではなく、殺してしまった……つまり、リゼットは母上を殺すつもりはなかったんじゃないの」
「それは……でも、本当に私のせいなんです。申し訳ありません」
彼女は自責の念に駆られているらしく、再び頭を下げてしまった。
おそらく、リゼットが母の死に絡んでいることは事実なんだろう。
でも、彼女に殺意はなかった。
母が死に至った経緯、真実は別のところにあるはずだ。
僕はリゼットを優しく抱きしめるとそのまま彼女を淡い光で包み込んだ。
もしかすると、リゼットのこの苦しみは、前の未来軸で誰にも癒やせなかったものかもしれない。
太陽の慈悲と無慈悲を象徴すると呼ばれる光魔法には、人の『傷』を癒やす力もある。
でも、この傷は外傷だけでなく、心の傷を癒やすことも可能だ。
どんな行いであれ、その人が罪を犯したという事実は消えることはない。
でも、こうして罪を認め、後悔し、自ら断罪を求めるほど闇の中で苦しんでいたのなら、木漏れ日のような光がリゼットには差し込んでもいいはずだ。
「大丈夫、まず落ち着こう。ずっと、苦しかったよね。辛かったよね」
「アシル様、アシル様。ごめんなさい、本当にごめんなさい。エラリア、ごめんね、ごめんね……」
彼女は僕を力一杯抱きしめ、それからまた暫くむせび泣いていた。
「……そろそろ落ち着いたかな」
「はい、度々ありがとうございます」
リゼットは目を赤くしているが、追い詰められたような暗さは消えていた。
これなら、ちゃんとした事実に基づいた話が聞けるだろう。
「じゃあ、改めて聞かせて。僕の母、エラリア・ルクデールがどうして死んだのか。何故、君が母を殺してしまったと言ったのか。感情で語らず、事実を教えてほしい。君の求める断罪については、それを聞いてから判断させてもらう」
「畏まりました」
彼女は小さく頷くと、エラリアとの出会いから語り始めた。
リゼットとエラリアは幼馴染みだったらしく、小さい頃からの親友だったらしい。
曰く、エラリアは金髪と琥珀色の瞳を持つ容姿端麗かつ明るくて気立てがよく、性別関係なくどこでも人気者。
でも、どこか抜けているところもあって可愛らしい子だったそうだ。
一方、リゼットは小さい頃からしっかり者で手先が器用。
なんでもそつなくこなせる子だったようだ。
しかし、その分、他者に対して強めの口調になりがちで孤立しがちだったらしい。
二人は当初こそ水と油のような関係だったが、エラリアの抜けている部分をリゼットが補い、リゼットの孤立をエラリアが助け、気付けば二人は親友となっていた。
エラリアは大きくなるにつれ、その美貌と魅力にますます磨きがかかり、様々な男性から言い寄られるようになった。
リゼットはというと、持ち前のしっかり者と器用な手先を生かして平民としては珍しくルクナスト家で住み込みメイドで働くことが決まる。
この時、言い寄る男達に困っていたエラリアは、『私もリゼットと一緒にルクナスト家で働けないかしら』と漏らしたそうだ。
リゼットは冗談交じりに『一応、予備募集がある面接やってみる? ただ、勉強すること多くて大変よ』と伝えたところ、エラリアは『やってみる!』と即答。
その後、努力と美貌の甲斐あってか、エラリアもルクナスト家のメイドとして働くことが決まった。
だが、リゼットはエラリアの決定を内心よく思っていなかった。
『実力ではなく、美貌で選んだのね』とどこか斜に構えてしまったのだ。
ルクナスト家で働くようになった後、二人の距離は少しずつ離れていった。
リゼットが斜に構えてしまった部分もあるが寝る部屋も違い、働く場所も違っていた上、メイドの仕事を覚えるのに精一杯だったそうだ。
それでもこの時、リゼットとエラリアが顔を合わす機会はあったという。
その度、エラリアは何かを相談したそうだったと、リゼットは話しながら悔やんでいた。
リゼットがルクナスト家で働き始めてから数ヶ月が経った頃、エラリアの姿を屋敷内で見ることがなくなった。
最初は受け持つ仕事、場所、時間帯のせいだと思っていたが、程なく、屋敷内にある噂が聞こえるようになった。
『当主リクアード様が、金髪と琥珀色の瞳を持ったメイドを離れ小屋に軟禁している』
金髪と琥珀色の瞳を持つ人なんて、平民ではそうそう見かけない。
だとすれば、そのメイドは十中八九、エラリアである。
リゼットは『そんなはずない』と思いつつ、屋敷内を探してみたがエラリアの姿はどこにもない。
そして当時、当主から許された者以外、近寄ってはならないとされていた『離れ小屋』を遠目に伺ったところ、見えたのは間違いなくエラリアの姿だった。
全てを悟ったリゼットは絶望するも、遠目に離れ小屋を伺っていたところを警備員に捕まってしまい、当主リクアードの前に連れて行かれたそうだ。
『お前はあれと出身が同じで友人らしいな。丁度良い、口が硬いあれの世話係を探していたところだ。お前に任せよう。あれの反応も、お前が近くにいたほうが色々と面白くなりそうだからな』
冷たくそう告げたリクアードの表情は醜く歪んでいたそうだ。
リゼットは、ある種の人質となったということを察する。
そして、エラリアの前に案内され、二人きりになると彼女は泣いて謝罪したそうだ。
『私が誘ったせいだ』と、でも、エラリアは『それは違うわ。ここに来ると選んだのは私よ』と頭を振って、微笑んでいたらしい。
それから程なく、エラリアは身籠もって子を出産した。
「ここまでの話は、屋敷の者であれば大体知っていることです。アシル様のご気分を害されたら申し訳ありません」
「いやいや、そんなこと気にしないで。事実を教えてほしいと言ったのは僕だからね」
彼女の話は、未来の僕も大体掴んでいた情報だ。
今のところ、おかしなところはない。
強いて言うなら、リゼットが誘ったというよりはエラリア自身がルクナスト家に飛び込んで行ったというぐらいだろうか。
でも、これはそこまで重要なことじゃないから、気にするほどではないだろう。
「ですが、これから話すことは、私と……」
リゼットはそう呟くと、意を決したように真顔になった。
「私と亡くなったエラリア。そして、正妻のロドリナしか知らない話です」
「……⁉ わかった。続けて」
やっぱり、あいつの名前が出てくるのか。
僕が頷くと、リゼットは口火を切って続きを語り始めた。
母の金髪と琥珀色の瞳をさらに向上させたような光沢のある耀金、角度によっては金色にも見える金琥珀の瞳を持って生まれた僕を見て、リクアードは歓喜したという。
だが、正妻であったロドリナもさすがに子が生まれたとあっては看過できなかったのだろう。
騒ぎを聞きつけて離れ小屋にやってきたロドリナは、母エラリアと生まれた僕の容姿を見て驚愕し愕然としたという。
当時から今現在の常識で考えれば、分家とはいえルク家の血筋を引く子で僕の容姿を持つということは光魔法の高い素養を持つことを示唆していたからだ。
この日を境にロドリナは、エラリアと僕を立場を脅かす敵と見なして密かに行動を開始したという。
当主リクアードの不貞を非難し、責め立て、僕の存在を公にせず髪を黒く染めること、ルクナストを名乗らせないこと、母と僕を離れ小屋で一生軟禁することを約束させた。
同時にロドリナは息の掛かったメイド達を利用して、リクアードがエラリアを手籠めにしたのではなく、エラリアがリクアードを誘惑したという噂を広め、事実を隠蔽。
結果、屋敷内に少なからずあった同情的な視線や意見はなくなり、ルクナストにおいて母と僕は腫れ物のような扱いになってしまった。
リゼットがこうしたロドリナの動きを知ったのは、母が亡くなった後だったそうだ。
しかし、リクアードはそうした噂を気にすることもなく、離れ小屋を出入りしていた。
再び利用価値のある存在を母を使って生み出すために。
「そんな時です。ロドリナが優しく、寄り添うように私のところにやってきたのは」
息を飲んで見つめていると、リゼットは怒りと悲しみで声を震わせた。
『うちの当主にも困ったものだわ。異母兄弟ができれば、将来的に必ず骨肉の争いが起きるというのに。母親にとって、血を与えてお腹で育てた子供は我が身そのもの。男みたいに、赤の他人みたく割り切って道具のように使うなんて、できるわけないじゃない』
「そう言って、彼女は私に薬を渡しました」
「薬……?」
「はい、ひ……ではなくて。えっと、アシル様の兄弟ができないようにする薬です」
「あ、そういうことね」
最初、『避妊薬』と言おうとしたんだろうな。
一応、僕は11歳だから言葉に気を遣ってくれたんだろう。
僕が相槌を打つと、リゼットは深呼吸をした。
「……ロドリナはその後、こう続けたんです」
『私達の血を分けた子供を、あんな男の道具にしてはだめよ。この薬を飲んでさえいれば、二人目はできないわ。大丈夫、私だって、こうして飲んでいるもの』
ロドリナは、リゼットに渡した薬と同じ物をその場で飲んでみせたそうだ。
『安心して。私はあの男と違って、貴女達の味方だから』
屋敷の中で孤立していた当時のリゼットにとって、慈愛に満ちたロドリナの笑顔、優しい言葉はまるで導きの光に見えたそうだ。
『でも、エラリアにはこのことは黙っておきなさい。私からもらったと聞けば、あの子はきっと申し訳なく思うでしょうから。だからリゼット、貴女が何とかして手に入れたって伝えるの。いいわね』
「私はロドリナの言葉を信じて、エラリアに薬を渡し続けました。それが継続して飲み続ければ、猛毒になるということも知らずにです。そして、気付いた時にはもう手遅れで、リクアードが手配した医者も匙を投げました」
彼女は声を震わせ、目からは涙が溢れて頬を伝っていく。
「エラリアは全てを知っても薬の件をリクアードにも、医者に言わずに黙って私を庇い、許してくれたんです。だから、私が殺したも同然なんです。その上、エラリアとの約束も果たせず、おめおめと生きている。私は許されない存在なんです」
「……母との約束って?」
聞き返すと、彼女は僕を真っ直ぐに見つめた。
「アシル様を、アシル様を守ってほしい。傍にいられない私の代わりに、愛して守ってほしい。そう言われていたのに、今日の今日までこちらへ近寄ることもできませんでした。だから、どうか、どうか私に罰を与え、断罪してください」
リゼットはそう告げると、顔を両手で覆ったまま泣き崩れてしまった。
彼女の泣き声が部屋に響きわたる中、母が僕のことを気に掛けてくれていたという事実に胸を打たれていた。
未来の僕もずっと気掛かりだったことがある。
母のエラリアは、僕のことを恨んでいただろうなって。
ただでさえ、僕は母を手籠めにして人生を狂わせたリクアードの子供だ。
気に掛けてくれていたなんて考えもしなかった。
『お前さえいなければ』って、そう思われていたと思っていた。
きっと母は、エラリア母さんは木漏れ日のような温かくて、本当に優しい人だったんだろう。
だからこそ僕に光魔法の、天光使いといわれるような才能が天から与えられたのかもしれない。
ずっと色んな、沢山の人に否定され続けてきたのに。
母さんが愛してくれていた……その事実を知っただけで、不思議と心がとても軽くなった気がした。
でも、同時にリクアードとロドリナに対する怒りでどうにかなりそうだ。
母を手籠めにした男。
母を殺した女。
母を馬鹿にし、二人の血と性格を受け継いだあの男。
何も知らなかったとはいえ、僕は何度も彼等に家族としての愛を渇望していた。
ルクナストの一員と認めてほしいと願っていたのだ。
リゼットの話を聞いて、僕は決めた。
ルクナストの名に利用価値があるなら、利用するのも一つかなとも考えていた。
しかし、今となっては絶対にあり得ない。
いらない。
ルクナストの名前なんて、いるものか。
こんな家が存在しているその事実に胸が焼け、手が拳に変わり、はらわたが煮え繰り返る。
母さんの無念を……いや、違う。僕が許せないんだ。
絶対に完膚なきまで、ルクナスト家をぶっ潰してやる。
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