ロドリナの終焉
「……以上です」
僕が冷淡に告げると、ロドリナは真っ青のまま力なくその場にへたり込んだ。
その様子を見てリクアードは腕を組んだまま舌打ちをし、ルシファードは頭を振って「愚かな……」と小声で吐き捨てた。
勝負あったかな。
僕はロドリナの傍に近寄ると、あえて咳払いをする。
「さて、ロドリナ様。これでもまだ、ガイルの独断だったと仰るんですか」
「……ふふ、ふふふ、あっははは」
ロドリナは何を思ったか、急に肩を震わせて笑い始める。
顔を上げた彼女の表情は、いうなれば狂気に染まったように見受けられた。
いや、本性が表に出て来たというべきかもしれない。
ロドリナは立ち上がると、ガイルと僕を交互に睨んで凄みを利かせた。
「こんな音声なんて、証拠にならないわ。私に似た声を発する役者でも用意すれば、そこにいるガイルを使っていくらでもでっち上げられるもの。小型録音再生機まで使って、手の込んだことをしたものね」
彼女が怒号を室内に響かせると、僕は冷静に「なるほど」と相槌を打った。
「つまり、ロドリナ様は私の用意した証拠は無効だと仰るんですね」
「当たり前でしょ。こんなもの時間と金さえあればいくらでも、誰でも作れるもの。最初は何事かと思ったけど、身に覚えのないやり取りで唖然としたわ。リクアード、こんなものは証拠になりません。私は無実です、そうですよね」
往生際の悪いことだ。
でも、その諦めの悪さが、さらに地獄へと追い込んでいくことになるとも知らず、何とも憐れなことだ。
僕が内心でほくそ笑んでいると、ロドリナはその場に立ち上がって威儀を正し、この場を取り仕切るリクアードへと視線を向ける。
彼は呆れ顔を浮かべ「はぁ……」と深いため息を吐いた。
「確かに、ロドリナの言うことにも一理ある。限りなく黒に近いとしても、捏造できる証拠であれば断罪はできん。アシル、どうなんだ」
「ご安心ください。当然、次の証拠もございます。ただし……」
意味深のある言い方で間を作ると、僕はロドリナを横目で一瞥した。
「今回の件ではなく、私の母であるエラリア・ルクデール暗殺の証拠ですがね」
「な、なんですって……⁉」
過去の事件を持ち出されるとは思わなかったんだろう。
ロドリナは目を丸くしてたじろいだ。
「エラリア暗殺だと。どういうことだ、エラリアは病死ではなかったのか」
「……その件、私も気になります。どういうことだ、アシル」
リクアードは顔を顰め、ルシファードは眉をぴくりとさせてこちらに視線を向けてきた。
「ガイルは、闇社会とも繋がりがあったそうでしてね。母のエラリアが僕を産んだ当時、この男を通じてロドリナ様は『とある薬』を入手したのです。それが、こちらです」
僕はポケットから小瓶を取り出して机の上に置いた。
小瓶の中には赤黒い液体がなみなみと入っている。
「それは……⁉」
ロドリナが唖然とするなか、僕は彼女に微笑み掛けた。
「この薬はロドリナ様がリゼットに『避妊薬』と称して渡し、母のエラリアに飲ませていた薬なんです。ロドリナ様、この薬を全て飲み干していただけませんか」
「ど、どうして私が飲み干さないといけないんですか」
「何を怯えているんです。これはただの『避妊薬』なんでしょう。この小瓶に入っている薬を全て飲み干していただければ、私の言ったことは全て虚言だったと認めましょう。ロドリナ様の無実は証明されます」
「い、嫌です。そんな薄気味悪いものを飲むなんて……」
ロドリナはたじろぎながら頭を振った。
この薬は避妊薬としての効果はあるが、ほんの少量でも持続的に摂取すれば死に至る。
そして、小瓶になみなみ入った量を一気に飲めば致死量だ。
つまり、この薬の効能を知りながら渡したという事実が証明されれば、ロドリナは明確な殺意を持って母さんに薬を渡したことになる。
「母上がエラリアにそのような薬を渡していたとは知りませんでした。しかし、ここは飲み干すべきでしょう。そうすれば母上の無実は証明されるんですから」
意外にも切り出したのはルシファードだった。
見やれば、彼は無表情のままだが瞳には憎悪のような光が宿っているような気がする。
本当に、この男は何を考えているんだろうか。
「二人の言うとおりだ。その薬が『ただの避妊薬』であれば、飲み干すべきだろう。飲めなければ毒であることを証明し、エラリア暗殺を認めたことになるぞ。ロドリナ」
リクアードの冷酷な声が部屋に響いた。
この男は、ロドリナのことを愛してなどいない。
少し利用価値のある飼い犬程度にしか考えていないのだろう。
針のむしろになるなか、逃げ道を塞がれたロドリナは「わ、わかりました」と頷き、机の上に置かれた小瓶を手に取った。
彼女は震える手で蓋を開け、口を開いて飲もうとするが、そこからは一向に進まない。
青ざめた表情で歯をガチガチと鳴らし、肩を縮こませ、指先から全身が震えている。
飲めば死、飲まなければ断罪。
究極の二択を前にした彼女は何も出来ず、ただただ怯え、竦み、恐怖に呑まれていた。
「はぁ……はぁ……。飲めば、飲めばいいんでしょ。こんなもの、ここ、こんなもの……」
憐れな、実に憐れな光景だ。
「……もういい」
部屋に重いリクアードの声が響き、ロドリナがハッとして顔を上げた。
「どうやら、アシルの言ったことが全て事実だったようだ。どちらが背反行為をし、ルクナスト家に害をなす無能だったのか。これではっきりしたというわけだ」
「ち、違います。リクアード、私は……」
「見苦しいですよ、母上」
ロドリナが何かを言おうとするが、ルシファードが遮った。
「エラリアの暗殺を実行し、アシルの暗殺を企てた。実に愚かで、無策で、馬鹿な真似をしたものです。無能と呼ばれてもしょうがありませんね」
「まったくだ。どうやら私もまだまだ甘かったようだな。このような無能に色々と好きにさせていたとは恥ずかしいかぎりだ」
「あ、あぁ……」
ロドリナはがくりと項垂れると、膝からその場に崩れ落ちた。
「さて、我が妻とはいえ側室暗殺と息子暗殺を企てたとあっては生かしてはおけぬ。極刑が相当だろう」
リクアードが冷淡に告げるが、僕はすかさず「お待ちください」と声を上げた。
「なんだ、アシル」
「極刑はいつでも下せます。それよりも、ロドリナ様には私と母のエラリアが味わった苦痛と屈辱を知っていただきたく存じます」
「苦痛と屈辱、だと?」
「はい。正妻である彼女が持つ全ての権限を剥奪し、離れ小屋に軟禁。必要最低限の施しだけで数年以上を過ごしていただきたい。そして、悔い改める心が生まれたときは『氷魔法本家、白煌【はっこう】のエイゼルヴァイン公爵家』が管理する極寒のエイゼル修道院に収監してください。ガイルは即刻、極寒のエイゼル収監所送りでよろしいでしょう」
首を傾げるリクアードに毅然と告げると、ロドリナが「な……⁉」と目を瞬いた。
白煌【はっこう】のエイゼル家、氷魔法本家のエイゼルヴァイン公爵領は雪と氷に覆われた極寒地帯に位置し、レクシア国内の重罪人を収容する女性用にエイゼル修道院、男性用にエイゼル収監所がある。
常日頃から気をつけなければ、極寒による凍傷で四肢は瞬く間に動かなくなり切断されるという。
過酷な環境故に、罪人は自ずと死刑を望むようになるそうだ。
ガイルは何も言わず、がくりと項垂れる。
散々、精神的に追い詰めてやったから、もう抵抗する気力もないらしい。
僕の言葉を聞くと、リクアードは喉を鳴らして笑い始めた。
「なるほど。耐えるも地獄、行くも地獄というわけか。よかろう、背反行為を働いた無能には相応しい罰だな」
「リクアード⁉」
ロドリナは救いを求めるように声を張るが、彼は冷たい眼差しを向けた。
「黙れ、貴様はルクナスト家に損害を与えたのだ。これほど素晴らしい逸材を生み出したエラリアを暗殺しただけでも許しがたいのに、奉公が決まっていたアシルすらも殺そうとした、だと。愚かにもほどがある」
「そ、そんな。ルシファード、お願い。母上を助けて」
「……残念ですが、全ての責任は貴女にある。それよりも、エラリアを暗殺した罪とアシルを暗殺しようとした罪をこの場で謝罪すべきです」
ルシファードは心底軽蔑するような冷たい目で、ロドリナを見据えた。
まるで、彼女に恨みでもあるかのように。
「あ……あぁ……」
我が子にすら突き放され、がくりと俯くロドリナ。
すると、ルシファードは椅子を立ち上がってロドリナの髪を無造作に掴んだ。
「い、痛い。痛いわ、ルシファード。やめて、やめてぇ」
「うるさいですよ、母上。言ったでしょう、貴女は謝罪すべきだと」
ルシファードはロドリナの髪を掴んで彼女を引きずってくると、僕の前に放り投げた。
「母上、アシルに詫びなさい。賢しい額を床に擦り付け、誇りを折って平伏し、心を偽って誠心誠意詫びるんですよ」
「く……ぐぅ……」
ロドリナは逃げ場がないと諦めたのか、屈辱と恥辱の籠もった瞳で僕を見据えながら両膝を床に付けた。
「ま、ことに、もうしわけ……ありませんでし……た……」
顔を耳まで真っ赤にし、言いたくない言葉を必死に発した彼女はそのまま床に額を擦りつけた。
でも、僕の心にやり遂げたという感覚はなく、心が軽くなることもない。
母さんが死んで、こんな奴が生きていることは許せない……それは揺るがない事実だ。
だが、こいつがこうやって謝罪をしたところで、母さんが生き返るわけでもない。
むしろ、むなしさと怒りが湧いてくるだけだった。
「……謝罪は受け容れましょう。しかし、僕は貴女のことを一切許すつもりはありません。残りの人生で罪の重さに後悔し、自らの愚かさと無能さを自覚してください」
「ふ……ぐぅ……⁉」
吐き捨てると、ロドリナは額を地面につけたまま鼻息を荒くした。
「父上、お兄様。私の話は以上です」
僕がそう告げると、リクアードはこくりと頷いた。
「わかった。ロドリナが行っていた業務はルシファードに任せよう」
「畏まりました。では、私がアシルの教育について引き継いでもよろしいですね」
「うむ、構わん」
ルシファードはリクアードから許可を得ると、こちらに向かってにこっと微笑んだ。
「私は母上とは違う。ちゃんと私の思うように教育をしてやるから安心しろ」
「は、はい。ありがとうございます」
彼が瞳の奥で放つ妖しい光に、背筋がぞくりとする。
得体の知れない寒気を感じつつも、僕はこくりと頷いた。
そして、床に額を擦り付けるロドリナ、力なく項垂れているガイルを一瞥すると、僕は鼻を鳴らし、リゼットとマリスを連れて退室する。
でも、まだルクナスト家への逆襲は始まったばかりだ。
残りは、リクアードとルシファード。
待っていろ、お前達もロドリナ同様、必ず地獄に落としてやる。
『公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す ~今世は自由に、何人にも従わない~』をここまでご愛読いただき、誠にありがとうございました。
今回の話をもちまして、ひとまず第一章が完結となります。そして誠に勝手ながら、作者都合により本作の更新をしばらくお休みさせていただきます。
続きについては、いろいろと思い描いていることもありますので、折を見て、また皆様にお届けできればと願っております。温かく応援してくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
また本作の続きや、あるいは別の物語で、皆さまとお会いできる日を心より楽しみにしております。
MIZUNAより




