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堕都|フォスグラッド  作者: HIRO
3/3

遭遇 そして異常事態

しばしの沈黙が落ちた。


瓦礫の間に、砂塵が静かに舞っている。

黒衣の男——レイヴンは、動かないまま黒塊を背にしていた。


ノーラは、その存在を測るように視線を走らせる。


「観測情報が……薄い。っていうか、何も残らない」


ノーラの義眼が何も読み取れないのは異常だった。

攀者なら階位(LV)、スコア、ギフト変動。敵性体でも反応信号がある。


だが、この男には“なにもない”。


「それ……なんなの? あのハーベスタが一撃だった」


黒塊を指差して、ノーラが訊いた。


レイヴンはわずかに視線を落とし、それを見て言った。


「もらったものだ… よくは知らん。」


それがすべてだった。

にもかかわらず、それはあのハーベスタを“瞬殺”した。


「なあ姐さん、……やばいって」

 

だが、ノーラは一歩、前に出た。

「お前、それ……誰からもらった?」


レイヴンは答えなかった。

代わりに、背にある黒塊をほんのわずかに持ち上げた。


その瞬間——


義眼が焼けた。


ノーラの義眼に表示されていた解析ウィンドウが一瞬にして乱れ、

“視るべきではない何か”として、情報が跳ねた。


「ッ……!」


ノーラはすぐに後退し、脊髄連結索(スパインライン)を冷却に切り替えた。


「姐さん!? 何があった!?」


「……視ただけで、拒絶された」


レイヴンは、ただ静かに黒塊を背に戻した。


それだけで、空気の圧が変わった。


「こいつ……」


ノーラは、ほんのわずかに笑った。


「気に入ったよ。たぶん、“都市が嫌がるタイプ”の存在だ」


その時、階層自体の空気がさらに変わった。


ノーラの脊髄連結索(スパインライン)が、微かに震えた。

接続信号が不安定になり、制御系がノイズを吐く。


「え?? 都市側のスキャン……停止してる。構造認識ログが、応答を返してこない」


シドの声にも動揺があった。

彼の索敵グリッドにも、何の応答も表示されない。


ノーラの義眼が、強制的に再起動をかける。

視界が戻ると、空間に“ひずみ”があった。

気配ではない。光でもない。けれど、それが来ることだけは確かだった。


「スパインが反応してない。というより……都市そのものが、一時的に“目を閉じた”みたいに静か」


ノーラの言葉に、シドが震えた声を重ねる。


「姐さん、ログに警告……来てない。階層システムが黙ったままだ……こんなのはじめてだ!」


脊髄連結索(スパインライン)が再接続を拒んだ瞬間——


空間の“層”が開いた。




ノーラとシドは直感的に察知した。何かが、重なった。

空気が凍り、視界の粒子が逆流していく。場の“密度”が変化した。

脊髄連結索(スパインライン)の奥、骨の中で何かが擦れる。


——空間の中心に、“何か”が現れた。


それは人のようで、人ではない。

頭部は仮面。眼はない。だが確実に“全てを視ている”。

浮遊するように着地したその影は、音もなく立つ。

空間そのものが“その出現を許容している”ようにすら見えた。


「識別信号──端末認証コード:EX-ΛK」


空気の中で、言葉が情報として染み込んでくる。


「都市制圧観測体──我が識別名は《ネヴァークラト》」


レイヴンは動かない。黒塊を背に、静かに立つ。


「応答なし。識別不能因子、干渉ログ継続」


沈黙が一瞬、間に流れる。


「お前は何だ。存在記録がない。構造分類外だ。」


ネヴァークラトはわずかに姿勢を傾けた。観測対象としての“距離”を測っている。


「存在許可、都市制御外。適合なし。──にもかかわらず、“ここにいる”。なぜだ?」


レイヴンは、短く答えた。


「呼ばれた」


「誰に」


「……さぁ 知らんな」


ネヴァークラトの仮面がわずかに明滅した。

そして、黒塊に視線が触れる。


「その兵装……構造圧干渉率が閾値を超過。 正規技術体に未登録。──構造破壊因子、発動警戒域に到達」


それは、初めて“警戒”の色を帯びていた。


「──干渉試験、開始」


ネヴァークラトが告げたその瞬間、空気が、割れた。


視認できない波——質量ではない、熱でもない、

だがレイヴンの周囲だけが、圧縮されていた。


直後。前腕が、無音で振り下ろされる。


——速い。


黒塊を構えたまま、レイヴンは自然とそれを受け止めた。

金属がぶつかる音。火花。跳ねる振動。


力で押された。数歩、滑る。


「干渉結果、影響軽微。構造破壊因子、作用確認不能」


ネヴァークラトは、再び前肢を持ち上げた。


レイヴンは黒塊を横に振った。

刃ではなく、ただの塊。それでも、収穫体を一撃で砕いたものだ。


だが——


仮面に、傷ひとつ入らなかった。


ネヴァークラトは、揺るがない。


「……影響無し。反応閾値、観測外。 対象因子……無力判定」


次の瞬間、構造が歪んだ。


空間の端が引きちぎられるような気配。

前腕が再び高速で振るわれる。今度は殺意すら帯びていた。


レイヴンの視界が、白く焼けた。


その瞬間だった。


黒塊の“内部”で、何かが反転する感触。

質量が、収束する。言語も思考もない、“ただの命令”。


<———撃て。>


レイヴンは無意識のまま、それを振るった。



一閃。


空間が、裂けた。 音よりも先に、場の“軸”が歪む。 質量の奔流が重力の中心を塗り替え、世界の法則が一瞬だけねじ曲がった。

その中心で、ネヴァークラトの装甲が砕ける。 仮面の左半分が剥がれ落ち、内部から蒸気が吹き出す。


「反応……過剰。因子閾値、予測範囲外。 観測圧、再確立不能。損傷率15%。

ログ収集中止……退避へ移行」


ネヴァークラトは姿勢を崩し、瞬時に空間から退いた。


だが、レイヴンは静かに膝をついていた。 レイヴンの右腕が、真っ赤に染まっている。 皮膚は裂け、筋繊維が断続的に露出し、骨にまでヒビが走っている。 痛みは内側からじわじわと這い上がり、視界が暗く滲む。


そのとき、頭の奥で、ノイズのような“声”が弾ける。


《損傷位置:右腕構造。再生プロセス、遅延中。》

《原因因子:外部干渉。対象コード:イーゼヴェルデ。》

《該当兵装の出力波形が、再構成因子と逆相干渉。

通常再生速度を大幅に抑制。自己修復不能領域を拡張中。》

 

レイヴンは、眉を寄せる。


(……今の、“俺の中の心臓”が語りかけてきたのか)


だが、確かに脳の奥深くに、何かが“直接送ってきた”感触があった。


《対象コード:イーゼヴェルデ。兵装性質:構造崩壊反応あり。》

《本体構造との干渉:許容閾値超過。自己損傷リスク:継続中。》


それは、声ではなかった。

けれど——確かに、頭に響いた。


(イーゼヴェルデ……“あれ”の名前か)


そう思ったとき、腕の痛みが再び脈打った。

血を垂らしたまま、レイヴンはゆっくりと立ち上がる。


黒塊は、まだ蒸気を上げていた。

自身の構造を破壊するその兵装を、再び背に戻す。


ノーラとシドが、駆け寄ってきた。


「お前、マジで……あれ、撃退したのかよ……!逃げたよなアレ!」


「でも、あんた……その腕……」


レイヴンは応えなかった。

血を垂らしながら。 痛みに滲むまま。


ノーラとシドは、壁にもたれながら呼吸を整えていた。


「……なんだったんだ、ほんとに。 本来現れるはずのない収穫個体に、喋るネクタル。それを撃退するあいつ...」


シドの声はまだ震えていた。

脊髄連結索(スパインライン)がようやく沈静化しつつある。


ノーラの義眼には、ログがほとんど残っていなかった。


敵の出現。黒塊の一撃。都市の端末の退避。

どれも“観測不能”として記録されていた。


シドがレイヴンを指したのではない。

あの黒塊を見ていた。


ノーラは、小さく頷いた。


「黒塊……あの鉄の塊が、都市を壊したんだな」


「違う。あれは、“都市を拒んだ”んだよ」


視線の先には、ゆっくりと歩き出す黒衣の背中。


「お前……これから、どうするつもりだ?」


レイヴンは振り向かなかった。

だが、小さく口を開いた。


「地上へ向かう」


たった一言だった。そこに行くことが当たり前のような。




灰が舞っていた。排体(ネクタル)の残骸だ。

瓦礫の隙間から、都市の天蓋がわずかに見える。


ノーラは壁に背を預けながら、義眼を点検した。スパインラインの補正波が不安定なまま戻らない。

都市からの支援が途切れているのではない。むしろ、異様な“重さ”がかかっていた。


「……姐さん、ログ、なんかおかしくないか?」


隣で座り込んでいたシドが、VMIを覗き込みながら言った。


≪階位《LV》:+5≫


ノーラの視界にも、遅れてその通知が現れる。

表示された数値を見て、思わず目を細めた。


「上がってる……五も。通知なし。戦果登録もされてないのに、なんで……」


ノーラは義眼経由で識別ログを展開した。


≪適応個体識別ログ:NORA≫-----------

階位(LV):25

観測分類:制圧型《SPV-01》

ギフト:穿通眼/因果視差《未登録ギフト/ログ未認証中》

脊髄連結索(スパインライン):接続済《同期率:91%/波形補正中》

義体化率:左眼40%/背部23%


基本パラメータ(階位(LV)25時点):

▶ 近接出力     :60

▶ 精密射撃補正   :70(穿通眼/因果視差補正含む)

▶ 耐撃性      :58

▶ 回避応答     :72(因果視差作用時+10)

▶ ギフト制御適性  :83(領域逸脱/補正強制中)


状態:波形異常(出力72%)

武装:鋳鉄鉈/拘束弾

---------------///----------///---------


「……未登録ギフト。ログ未認証中……?」


≪適応個体識別ログ:SID≫-----------

階位(LV):23

観測分類:接触機動型《SPV-B/MOB混合》

ギフト:反応強化/破壊蓄積《未登録ギフト/因果干渉波検出中》

脊髄連結索(スパインライン):接続済《同期率:87%/波形乱れ軽度継続中》

義体化率:両腕部14%/背部17%


基本パラメータ(階位(LV)23時点):

▶ 近接出力     :72(破壊蓄積時最大出力予測:+28)

▶ 機動反応     :60

▶ 耐撃性      :67

▶ 回避応答     :52

▶ ギフト制御適性  :66(未登録ギフトによる出力オーバー有)


状態:都市制御波との位相ずれ継続(出力76%)

武装:双刃短剣《双牙》/多関節棍シザーム

---------------///----------///---------


「俺……ギフト、いつもと違うのが出てる。これ、もしかして……」


シドは拳を握ったまま、立ち上がった。

ノーラはその動きを追う。


「やってみる……ちょっと壁、触っていいか?」


「やめ——」


止める前に、彼の拳が石壁に触れた。


ゴリ、と短く鈍い音。次の瞬間、拳を当てた場所から周囲30センチが崩れ落ちた。

粒子が爆ぜるように舞い、粉塵が二人の間を遮る。


「な……なにこれ」


「それ、普通の出力じゃない。……蓄積……? いや、でも何を“溜めた”の?」


「何もしてないって……ただ、壊れる気がしただけで」


ノーラはぞっとした。視界の端で、自分の義眼が別の反応を示す。


シドがその動きを取る直前、“意味だけ”が先に入ってきたのだ。

視線も音もない。だのに、“それが起こる”という認識が義眼の奥に流れ込んでいた。


「シド……さっきの動き、私、見てなかった。

でも、わかった。“起こる”って、思考じゃなく“意味”が入ってきた。……何かを読んだ、というより、届いたの」


「それ、予測とかじゃねぇよな…“予知”? なんだそれ」


言葉が途切れる。


二人は、お互いの目を見る。

自分たちに、今までにない“何か”が入り込んでいることに、まだ言葉を与えられずにいる。


そのとき、VMIの隅でタグが再点滅した。


≪補助観測マーカ:RAVEN≫

≪観測代理:継続中≫


ノーラはそっと視線を前へ向けた。

そこにいた——黒衣の男。レイヴン。


「……たぶん、私たちに起きてるこれ。

あの人と関わったせいだと思う。理由はわからないけど、でも、“何かを越えてる”のは確か」


シドが肩越しに呟く。


「あれに助けられたんだ。あれがいなきゃ、今ここにいない。

でも、都市は俺たちに“あいつを観測しろ”って押しつけてきてる。

つまり次に何か来たとき——狙われるのは俺たちだ」


「なら、選ぶしかない。

ここで終わるか、あの異常の側で生き延びるか——」


ノーラは立ち上がった。


「……一緒に行く」


シドが続いた。


「同感」


ノーラはゆっくりと立ち上がった。


レイヴンの方を向く。彼は変わらず黙してそこに立っている。


「……お願いがある」


ノーラの声は静かだったが、確かに何かを訴えていた。


「都市はあんたを見れないようだ。でも、その代わりに——あたしたちが代わりに“見られている”。

補助観測マーカが出た瞬間から、あたしたちは“巻き込まれた”んだ。

このままじゃ、あんたと離れた瞬間、都市が何をするかわからない。

……正直、怖い。でも、それ以上に、今は——」


一拍の沈黙。


「……あんたと一緒に動かないと、生き残れないと思ってる」


沈黙が落ちた。

レイヴンはすぐには何も答えない。だが、その場に残る気配が、明確に変わった。


一歩、前に出る。


それだけで、ノーラは息をついた。


「ありがとう」


そのとき、VMIのマーカ表示が更新された。


≪補助観測マーカ:RAVEN/状態:連動継続≫


ノーラの中で、わずかな緊張がほどける音がした。

それは安心ではなかった。ただ、“続行”という選択肢が得られたことへの反応だった。



 

第一章 了


第一章、最後までお読みいただきありがとうございました。


レイヴンの持つ《黒塊》が都市にとって「存在しない武器」であること、

そして、それに接触したノーラやシドにも“観測されざる変質”が起き始めていることが描かれました。


次章では、都市の構造側が“異常”をどう処理しようとするのか、

そして階層攀登の中で、より強大な敵と接触していく過程が始まります。


ブクマや評価、感想などをいただけると、とても嬉しいです。

引き続き、よろしくお願いいたします!


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