表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕都|フォスグラッド  作者: HIRO
2/3

黒衣の男 黒い塊

——来る。


ノーラの反応は速かった。


「走れ、シド!」


ふたりは同時に跳ねるように走り出した。

奥へ。瓦礫の連なる通路を、影の中へ向かって。


背後で、何かが“歩いた”。


金属が擦れる音。

廃材の上を這う脚音が、空間の静寂を裂いた。


「……ウソ、だろ」


シドが吐いた声は、微かに震えていた。

目に映るものが、現実とは思えなかった。


——収穫個体|ハーベスタ。

規格外。通常、階位(LV)50未満の攀者には出現しないとされる個体。

都市が攀者を“素材”として収穫するために差し向ける存在——その役割から《ハーベスタ》と呼ばれている。


「おかしい……階位(LV)、足りてない。私じゃ……これは——出会っていいものじゃない」


脊髄連結索(スパインライン)が反応を起こす。

痛みすら感じるほどの逆流信号。都市の評価回線が“読み取り不能な何か”に接触している。


「姐さん……これ、逃げられる!?」


「走れ!スパインが焼けてもいい。索敵に集中」


「はぁぁ……ヤバいよヤバい!……」


ノーラは構えた。裂け目を背に、瓦礫が連なる狭い通路。

だが、対象の動きは一切読めない。スパイン経由の神経反射が、対象を“無効”と判断している。


一瞬後、その存在がこちらを“視た”。


視線ではない。空気が圧迫されるような、情報の塊が脳を直接打った。


ノーラの体が“データとして読まれる”感覚に包まれる。

そのとき脊髄連結索(スパインライン)が、限界まで光を放ち——警告すら出せずに制御を落とした。


「姐さん、動け! 逃げなきゃ……!」


ハーベスタは言葉を待たなかった。

音もなく、前肢を持ち上げた。

ブレード、捕獲鉤、回転駆動式の穿孔爪。

すべてが、“収穫”のために設計されたもの。


本来、素材として十分に成長した攀者に、送り込まれる、正当な殺意。

ハーベスタが前進する。 存在そのものが圧力だ。


ノーラは走った。脊髄連結索(スパインライン)が焼けた。


足元が崩れ、通路が呻くように軋む。だが、それすら彼女の意識には届いていない。


ハーベスタの反応は、読み取れない。義眼はただ“像”を結ばず、脊髄連結索(スパインライン)も座標を提示しない。

収穫個体は、都市が攀者と意図的に戦わせている排体(ネクタル)とは明確に違い、脊髄連結索(スパインライン)やギフトを通じた情報を与えないのだろう。


「シド、回り込んで! 逃げて……!」


「ヤバい!あたしのグリッド、何も表示してくれない!」


「諦めるな、動け!」


ノーラは、自らのスパインに命じた。だが、制御系は限界を超えている。痛みすら感知できない。


アームが迫る。視界外からの一撃。義眼では捉えられない速さと軌道。 それでも、動くしかなかった。


義肢のブレードを抜き放ち、反射的に上段へと弾く。 激突。火花。押し返される。脇腹が裂け、感覚が失われる。


「姐さんっ!」


シドの叫びが届く。だが、ノーラの動きは止まらない。


「まだ……動ける。まだ、スパインが残ってる……」


もう何も視えない。けれど、手は動く。

この義手は、ギフトとして“身体の一部”になっている。それを信じるしかない。


ハーベスタの第二撃がシドを捉えようとする。アームが伸びる。


その瞬間、ノーラは身体を捻じ曲げ、彼の前に割り込んだ。


スパインが焼け落ちる音が、彼女の内側で鳴ったように思えたその瞬間。

アームの軌道が、ノーラの目前で“凍る”ように止まった。


空気が、軋む。

それは、質量がそのまま空間に突き刺さるような“圧”だった。



視線を向けた先、いつのまにかそこにひとりの男が立っていた。

黒衣。顔は影に沈み、読めない。だがその背に背負った異物が、すべてを覆い尽くしていた。


それは“武器”とは呼べなかった。

形は何物にも似ていない。斬るためのものではない。

都市に属さない構成。重力さえ歪めるような存在感。

攀者の誰もが見たことのない、質量そのものの塊。


ハーベスタの標的が、ノーラからレイヴンへと移っていたようだ。空間を“評価”するような沈黙ののち、前肢が再び持ち上がる。 都市に存在しない異物。 レイヴンに向かって、殺意が振り下ろされる。


だが、男が苦もなく“塊”を一閃。空間を歪め、ハーベスタを苦もなく砕いた。 金属音。沈黙。崩壊。


シドの口が、言葉にならない震えを走らせた。

ノーラもまた、視線を奪われていた。


廃墟のただ中に、異形の“黒い塊”を握った男が、立っていた。


シドが呟いた。「……あれ、何だよ……」


「黒塊……だな」


誰に向けた言葉でもなかった。けれど、その場の空気を刻んだ音になった。


男は、黙ってそれを背に戻した。


地面に散ったハーベスタの残骸は、微かに蒸気を上げ、赤黒い液体が瓦礫の隙間を染めていた。


ノーラは、目を細めて“それ”を見つめていた。


——人。


だが、明らかに“普通ではない”。


誰も、声を出せなかった。


空間から音が消えたような“間”が訪れた。


黒衣の男は、黒い塊のような武器を背負ったまま静止していた。

体躯は攀者にの中でも大きく、背負った“塊”は武器としての形すら持たない。

その存在は、音も、気配すらも持っていない。ただ異物のように、そこにある。


ノーラは焼けた義眼の残光越しに、男の背を見ていた。

脊髄連結索(スパインライン)はまだ回復しておらず、視界もぼやけている。


それでも分かる。

——あれは、都市のスキャンに“映っていない”。


「……姐さん。スパイン経由のVMIログ、更新されてない……階位(LV)タグも、ゼロ」


「構造認識が通ってない……都市が、あれを“存在として記録していない”……」


その言葉に、シドがふと視線を向ける。


「じゃあ……そいつ、人間じゃないってこと?」


ノーラは、ほんのわずかに目を細めた。


(あれは……何か、“普通”じゃない)


違和感。圧力。拒絶されていないのに、分類されない存在。


黒い塊——それが唯一、視覚に残った異物だった。


それは、槌にも見える金属の“塊”。

塊そのものが武器になっているような質量。


「見たことないな、あんな……黒い塊のような武器は」


——都市に、あんなものはない。


都市が生むものには、目的と制御がある。

だがあれは、そうではない。“ただそこにある”ものだった。


男が、こちらを向いた。


目線は感じない。だが、“見られた”という感覚が、脊髄を走った。


「お前……何者だ」


ノーラの問いに、男は一言だけ返した。


「……レイヴン」


その声は、沈んでいた。低く、無感情で、だが確かに響いた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ