構造境界層
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本作『堕都フォスグラッド』は、処刑された男が廃墟都市の最下層で目覚め、“都市に存在しない武器《黒塊》”を手に攀登を始める物語です。
第一章では、異形の兵装を携えた主人公レイヴンと、階層を共に登る攀者ノーラ・シドたちとの出会い、都市のシステムを外れて異能化していく兆しが見えます。
本作はダークファンタジー×チート異能力バトル×階層都市サバイバルの構成でお届け予定です
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人が罪を犯せば、裁きの先は地下だった。
地上都市の裁定により、“堕都フォスグラッド”へと落とされる——
それが、この世界の終端。
第四層——構造境界層。
崩れかけた搬送路に、乾いた空気と灰が舞っていた。
天井から伸びる管は脈打つように鈍く鳴き、床下からは鈍い風が這い上がってくる。
ノーラは、左義眼の視野にノイズが走るのを感じた。熱源反応なし、揺動波も検出圏外。
だが、脊髄連結索が明滅していた。
背骨に沿って埋め込まれたそれが、わずかに疼いている。
都市から送られる構造電位が、不規則に波打っていた。
その横顔には、思わず息を止めるような整いがあった。
一見して、異質な装備と機械義肢に目を奪われる。
だが、輪郭の整った頬、睫毛の長い瞳、意志の宿る口元。
それらが不思議と調和し、彼女の輪郭に“美”という名の重みを与えていた。
構えに無駄はない。
機械仕掛けの背骨と脊椎から伸びる脊髄連結索が、静かに青く光る。
鋼の外殻と、しなやかな肉体。それは、殺意を備えた美だった。
「姐さん、ここさすがにやばくない? 酸素圧も落ちてきてるし、スコア効率も悪化してるぞ」
後方からの声。シドだ。軽口が癖のような後輩攀者——
だがその口調に、ほんの少し硬さが混じっていた。
ノーラは返さない。だが歩みは緩めない。
「ねぇ、聞いてる? あたしら、第四層で階位上げ狙いって……ちょっと地味すぎない?」
「男が“あたし”って言うな。」
「えー、姐さんが使ってるから真似してるだけじゃん」
「なおさらやめろ」
脊髄連結索が一段深く脈動する。
ノーラの義眼が収束視野を展開した。
「敵影、三体。右の裂け目」
「マジか……いきなりかよ」
義眼の視界に映るのは、都市によって骨格だけが再利用された“素材徘体”。
それは都市が攀者の戦闘能力や階位進行を評価するために放つ存在——
攀者たちはそれらを総称して排体と呼んでいる。
この個体群は“NEC-ACT”、行動徘体と呼ばれる評価用徘体の一種だ。
「行動徘体。NEC-ACT型、低反応。先に動く。左から回り込め」
「またそれ? もっと上位が出てきてほしいんだけど……了解、スコアログ起動……っと」
シドが索敵グリッドを展開し、ノーラは裂け目を背に、瓦礫が連なる通路を駆けた。
その動きに、スパインが応える。
左腕の義肢が加速し、一体目の膝関節へ叩き込まれた。
反応速度は読めている。脊髄で捉えたまま、次の動きを先読みする。義眼が少し痛むが構わず二撃目を繰り出す。
背後、シドの短剣が二体目の首元を切り裂く。
だが三体目が反転し、ノーラの背後から跳びかかる。
脊髄連結索が反応した。
強制的に神経を介して回避動作を作動させ、上体を捻じ曲げた。
一閃。光の筋が走り、三体目が沈黙した。
「……クリア。スコア、確認」
≪適応個体識別ログ:NORA≫-----------
階位:20
観測分類:制圧型《SPV-01》
ギフト:穿通眼/SPINE-LINK《制御型》
脊髄連結索:接続済《同期率:94%》
義体化率:左眼40%/背部23%
基本パラメータ:
▶ 近接出力 :52
▶ 精密射撃補正 :61(穿通眼補正時:+9)
▶ 耐撃性 :50
▶ 回避応答 :56
▶ ギフト制御適性 :60
状態:安定稼働中(出力65%)
武装:鋳鉄鉈/拘束弾
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「ログ転送完了。階位変動……なし。スコア、反応なし。あーー、、嘘でしょ」
「下層のザコばかり、相手にしてるから」
ノーラは深く息を吐いた。背を走るスパインが、また一度、焼けるように疼いた。
「これで維持がやっとなんて、やってらんないな」
「でも狩らなきゃ、登れない。攀者は止まったら沈む」
ノーラは義眼の抽出モードを切り替えた。
「この排体個体、肝臓部に素材か……よし、回収対象」
そう呟きながら、必要部位だけを抜き取り、他は“崩れて粉になった”。
価値のない肉体は、情報の皮だけを残して空中に散る。
灰。観測から外れた都市の屑。素材を収納し、立ち上がる。
脊髄連結索が一度、脈を打つ。何かが“外”から伝わってくる。
都市からの応答電位。だが、それはいつもより遅れていた。
「ここまでして、変動なし?」
「姐さんの階位帯じゃ、この辺のNEC-ACTじゃスコア振れ幅も小さいってことでしょ。
そもそも“都市”が期待してない」
「……供給も薄いな。反応波が微妙にズレてる。スパインが重い」
ノーラは左義眼を調整しながら、ふと空気に異物を感じた。
「……おかしい」
「え?」
「スパインが……ざわついてる。……私には、都市がどこかで“何かを見ている”ような、そんな感覚がある」
「またぁ? 構いすぎだってば、姐さん……。でも、確かに。空気、変だな」
ノーラは口を閉じた。スパインが、背の奥から焼けるように軋んでいた。
そのとき、風のない通路で、灰が沈んだ。
ノーラは、視界の端に引っかかる“違和感”を見逃さなかった。
重さ。気配。圧。
なにかが、遠くで“起きている”。
ノーラは壁に手をつき、義眼を“透過視”に切り替える。
空気中の粒子に微細な乱れ。そこに混じる、階層外からの異物の痕跡。
「動いてる……上から。なにか、降りてきてる」
「誤認じゃないのか? こんなとこに“それ”が来るはずは……」
ノーラは首を横に振った。
この層に流れているはずの“ノイズ”とは、質が違う。
重圧。空気の密度が変わっていく。
息を吸うたびに、情報密度が肺を削る感覚。
シドが武器を構える。
細身の双刀型義肢。彼の体格には過剰出力だが、対応できる選択肢は少ない。
ノーラの背を這う脊髄連結索が、焼けるように疼いていた。
「構内リンク、切断。スパインを遮断する」
「都市との接続、切るってことか」
「視られてる。強すぎる。多分、“観測対象”に指定された」
義眼が軋む。視界がにじむ。
干渉波がこの階層全体を包んでいる。
「姐さん……まさか、“収穫”じゃ……」
その言葉が終わる前に、何かが降ってきた。
振動ではない。爆音でもない。
空間が、ある一点に“指定された”という確信。
——来る。