第55話 空中戦
ダニエマルカムはイラついていた。
もう弾がなくなりかけていたのだ。
持ってきたマガジンは残り4つ。飛行艇に搭載している予備が4つだ。それと飛行艇の重機関砲がある。こちらは1分で2千発撃てるが、10秒で全弾を撃ち尽くしてしまう。
そんな悩みなどまったくないかのように、女神さまのほうは撃ちまくっているように見える。そもそも小銃のマガジンを交換しているようには見えない。しかも戦い始めたころに比べると狙いが正確になっていた。
『お前らの残弾は?』
『ざっと残り1/3ってとこすね』
残り少ない割にはのんびりと答えたのはダルカルムだ。あいつはヤバいときほど落ち着くやつだ。
『小銃なら半分。それと機関砲は全弾残ってます』
二人乗りの射手からの報告だ。こっちは、まだ戦えそうだ。
『俺も1/3ってとこか。しかし女神さまってのは無限に銃弾を使えるのかね』
『空間収納でも使ってるでしょ?』
愚痴のような言葉だったが、生真面目にダルカルムが返答した。
まぁ地球の連中ならさもありなん、とダニエマルカムは思った。地球製の武器は強力だが、弾数が限られるのが欠点だ。今回のようにたった2台の貨物船では運べる数が限られてしまう。マガジンに空間収納を施して銃弾を詰め込めば数千発でも入るだろう。それに空間収納なら重量もゼロになるので一石二鳥だろう。
『まさか銃弾を生成してねぇよな』
『そんなことができるのは精霊様だけですよ。多分』
地球の連中ならやりかねん、と再びダニエマルカムは思ったが黙っていることにした。そもそも空間収納だって、それほど簡単な技術ではないのだ。
そんな会話をしていたら少し集中が途切れた。そこを見逃さず、真っ白な女神が乱射しながら突っ込んできた。狙いは二人乗りのフライヤーだ。
さっきから同じルーチンの繰り返しだ。女神に狙われたら戦場から遠ざかる方向へと逃げる。女神が追いすがれば、残りの二艇で追撃する。女神が追うのをやめれば、一撃を放ってから離脱して距離を稼ぐ。
何度か交戦した結果、今では戦場から10㎞ちかく離れた上空で戦っていた。
そう考えればダニエマルカムの狙いは成功したと言えるだろう。王国の目である女神を戦場から遠ざけて、戦況を把握させないのが目的なのだから。はるか遠くに見える戦場だが、爆炎が同じ場所から舞い上がっていた。
戦線は膠着している。
数に勝る帝国軍が押し切るのは時間の問題だろう。
ダニエマルカムは小銃を左手に持ち変えると、右手にメイスを構えた。銀河中心部まで伸びるサジタリウス弧のどこかの星で作られた特製メイスだ。とにかく固い。地球自慢の鉄はもちろん、物理結界ですら破壊できるのは、先の女神との戦いで証明済みだ。この付近ではめったに手に入らない武器だ。
二人乗りフライヤーを猛追する女神に対して、まずはダルカルムが一撃を加えた。小銃による結界破壊弾の三連射で女神の結界を破壊すると即座に離脱した。女神は追撃を避けるために体をひねりながら急降下してから、8の字を描くように回避行動をとる。
さっきから何度も見た動きだ。
今回はダニエマルカムが女神の動きを読んで先回りした。
「食らえっ!」
ダニエマルカムがメイスを振りぬくと、女神の結界が壊れた。もちろん破壊できたのは結界の一部だが、それで十分だ。メイスを振りぬいた勢いのまま、次は左手の小銃を結界に出来た穴に突っ込んだ。
即座に左指に力を入れ、結界破壊弾をぶちまけた。
単なる銃弾ではない。弾丸内部の爆薬を一点に集中することで結界さえ破壊するのだ。こいつを食らえば女神装備でも耐えられるはずがない。
だが引き金を引いても何も起きなかった。
女神が少し体をひねったかと思うと、次の瞬間にはダニエマルカムの小銃は真っ二つに切断されていた。危ない。もう少し近づいていたら、左手ごと切り落とされていたところだった。
ダニエマルカムは再び女神から距離をとると、女神に正対した。後ろにある戦場にはいかせないという位置取りだった。
空中戦から一転しての近接戦闘。しかもお互い認識阻害をしながらの戦闘。相手の顔はもちろん、ましてや表情など把握はできない戦闘だ。
ところが突然のように相手を認識できるときがある。そもそも相手の存在は認識しているので、それほど珍しい話ではない。
ダニエマルカムは女神の顔を初めて見た。
思ったより若いな。それが最初の印象だった。
この世界では人の年齢は見た目で判断はできない。魔力量によって老化の速度が違うので千年以上生きる人間が存在するぐらいだ。さらに人によって老化が止まる年齢が違う。ダニエマルカムのように50過ぎたあたりで老化が止まると、ずっと老けた見た目のままだったりする。
それでも見た印象で若さを感じるときがある。おそらく場数の差というやつだ。戦場経験が少ないと恐怖心が表情に出たりする。あるいは勝ち誇ったりとかか。老獪な相手だと無表情だったり、ずっとニヤニヤと笑っていたりと感情が読みにくい。情報があるほど戦いやすい相手だと思うのだろう。
だが、この女神の表情はなんだ?
ダニエマルカムは不安になった。
決して無表情ではないが、あまり戦場では見ない表情というべきか。どちらかと言うと静かに何もかも上手にいっているときの満足な表情に思えた。
『どうしたんだい? ダニー隊長』
ダルカルムが聞いてきた。
こういうところは気が利くやつだ。
『何か見落としてた気がして仕方がねぇ』
『こっちの作戦通りだと思ってたぜ』
ダニエマルカムは頭に浮かんだことを、とにかくダルカルムにぶつけることにした。
『やつは王国軍の目だよな? 戦況を報告するのが役目だよな? それにしちゃ、戦場に戻るそぶりがねぇ』
戦場はダニエマルカムの後ろだった。目の前に女神がいる。形としてはダニエマルカムたちが、女神が戦場に戻るのを阻止している。
だが、もしかすると…
『おい! ちょっと試すぞ』
ダニエマルカムはダルカルムたちに伝えると、反転して戦場に向かって一直線に飛び始めた。距離にして10㎞ほど。速度を上げれば、1分もかからず戻れる。
果たして。
案の定、女神はものすごい勢いでダニエマルカムを追撃してきた。
『おい! 女神は王国の目なんかじゃねぇ! 逆だ! 俺たちを帝国の目にさせないのが目的だ!』
叫ぶようにダルカルムに伝えたダニエマルカムだったが、心の中は冷静だった。
帝国では参謀と呼ばれているが、実際は相談役のようなものだ。新しい魔法を伝え、見たことのない武器を与え、使い方と戦術を教えた。だが実際に戦うのは帝国の役目だ。どれほど被害が大きかろうと知ったことではない。
とはいえ帝国が負けるのを見逃すわけにはいかない。
王国の作戦を見破り、帝国には勝利してもらわなければならない。それが彼に与えられた役割なのだから。やつらが何を企んでるのかはしらないが、見逃すわけにはいかなかった。
チラリと女神のほうを振り返った。
いつの間にか小銃のかわりに機関砲を構えていた。
あれはむき出しのフォックスハント型機関銃だ。特徴的な3束にまとめた銃身が見えたから間違いない。確か毎分約2000発の銃弾を発射できる。だが問題なのは一度に3発弾を発射できることだ。一発が結界を破壊し、残りの2発が破壊された箇所を抜けてくる。いわば対結界専用の機関砲だ
『くそっ! 機関砲解禁だ』
念話で伝えたと同時に結界が破られた。幸い後弾はすり抜けなかったので命拾いしたと言っていいだろう。ダニエマルカムは飛行艇を急降下させ、地面ぎりぎりで機首を引き上げた。そのまま地形の間を回避するように水平飛行を続けた。
うまく逃げられたと思っていたダニエマルカムの目の前に女神が待ち構えていた。
回避している間に前にまわられていたのだ。
『瞬間移動かよっ!』
音速近くで飛んでいるダニエマルカムを追い抜いた上で回り込んでこちらを向いているのだから、そう思われても仕方がない。一気に音速の2倍ほどまで加速できる性能はすごいが、それよりも衝撃波を出さないのが信じられなかった。そこまで作りこまれているのか。
そしてダニエマルカムが見たのは真っすぐ自分に向けられていた機関砲だった。
やべっ!
死ぬな、これは…
そう思ったときだった。
『隊長! 援護します!』
その声とともに二人乗りの飛行艇が女神に突っ込んでいった。
機首の機関砲がうなり声をあげて女神に銃弾の雨をあびせた。
女神の機関砲も撃ち返した。
あの機関砲と撃ち合っても負ける。だが飛行艇の前方に何重にも結界を重ねて、敵の砲撃に耐えきる。
1秒も立たずに決着がついた。
飛行艇の結界は次々と破られ、飛行艇から爆炎がいくつも舞い上がった。
飛行制御を失い腹を見せるように回転し始めた飛行艇は、そのまま女神に突っ込んでいった。女神は飛行艇を余裕で避けたが、避けた直後に飛行艇が爆発した。
二人が爆炎弾を飛行艇にぶつけたのだろう。爆炎とともに二人はそのまま地上に落下していった。幸い速度は落ちていたし高度も低いので、助かるだろう。
その爆炎の脇をダニエマルカムは飛びぬけた。すり抜けざまに機関砲を何発かお見舞いしたが、全て結界に弾かれてしまった。だが問題はない。目指すのは戦場。そこで何が行われているのかを見つけなければならない。
そこにダルカルムも合流した。
ダニエマルカムは右手に魔装具をはめた。使い慣れた長年の相棒というやつだ。
後ろに向かって、10発の炎弾を撃ち放った。相手に当たらなくても爆発して煙幕を張る弾だ。王国が何度も使っている使い古された手だが、やはり相手の目くらましとして効果的だ。ダルカルムも煙幕を張り始めた。
煙をまき散らしながら戦場へと急ごうとしたが、そんな目くらましは効果がないとばかりに上から機関砲の弾幕が二人に降り注いできた。とはいえ被弾しなかったのは、煙幕と認識阻害の効果か。
『二手に分かれるぞ。 お前は上昇しろ!』
ダルカルムは命令のままに、急上昇した。
女神も追いかけて急上昇したのか、ダニエマルカムの周りの着弾はなくなった。今度は炎弾を使わず、ひたすら戦場を目指した。
ダニエマルカムは、ほどなくして戦場の上空に到着した。
もうもうと黒煙が立ちこめる戦場は見通しが悪かった。少しでも視界を確保するため、上空に上がって戦場を見渡すと、王国軍を中心として数万の帝国軍が周りにひしめいていた。もう戦線とか意味をなさず、王国軍を囲んで集中攻撃をしていた。
もっとも王国軍から離れた場所にも多くの帝国兵がいて、攻撃にも防御にも参加していない兵士もかなりいるようだった。
『こんな状態でも降伏しないのか?』
援軍がいるのか、逃げる算段があるのか。
それとも別の作戦があるのか。
黒煙で覆われてしまっていた王国軍の動きをみるため、ダニエマルカムは飛行艇を王国軍めがけて突っ込ませた。さらに風魔法で煙を吹き飛ばしてみせた。
煙の中から現れたのは、巨大な魔法陣だった。
それも直線に並んだ5重の魔法陣が、まるで砲塔のように帝国軍司令塔を狙っていた。




