第5話 大賢者たち
王都が陥落寸前にもかかわらずバルコニーで会話をする二人を目掛けて何百もの矢が飛んできた。
だが、矢は全て、ガルドたちの目の前に張ってある結界にあたり、力なく落ちていった。
「ふはは、そんな矢で結界を破れると思ったか」
ガルドが大声を上げた。
「その気持ちはわかるよ。だが、ここは危険だから、奥へ入ろう」
バルコニーから奥の広間に戻ったところで、ガルドが頭を下げた。
「サルマムンド王よ。すまん。もっと早く招集に応じるべきだった」
「ま、いいさ。君らしいと思ったよ」
サルマンは、そんなガルドに声を荒げるでもなく応じた。それに10年前にガルドは引退したのだ。あくまで本人がそう言うだけで、誰も本当に引退したとは思っていなかったが。
「実は、いいタイミングで来てくれたと思ってるんだ。どちらにしろ今の我々では、彼らに対抗できないしね」
そのとき、奥の階段から何人かが昇ってきた。
「おー、ガルドじゃねぇか」
大きな声で話しかけてきたのは大賢者のザイールだ。先ほど、大きな岩を投げていた大男だ。
「相変わらず、いいタイミングで現れるわね」
そういってきたのは、こちらも大賢者のルミナスだ。さっき爆炎で何人かを吹っ飛ばしたばかりだが、暴れたりない、という顔をしている。そして…
「ガルド様!」
嬉しそうな声が広間に響いた。
「おお無事だったな! テルメールよ!」
サルマン国王の娘だ。
「メルも無事なんだな。よかった」
メルと愛称で呼んでくれたことに気をよくしたのか、国王の娘はニコニコ顔になった。状況としては最悪ではあるが、あまり気にしていないようだ。
「はい。ご無沙汰しております、ガルド様。」
これで大賢者3名とサルマムンド国王、そしてメル王女が集合した。王国の主要メンバーであり、最高戦力である。
「さて、全員集合したところで、脱出の準備をしようか」
サルマン国王が話始めた。
「市民は、すでに地下に避難済みだ。今の私たちが戦っても勝ち目はない。残念だが王都から脱出する。その後、敵の秘密と弱点を見つけ出し王都を奪還する」
サルマンの脱出計画は、かなり大雑把だった。
「王宮に残っている近衛兵100名と大賢者、そして僕は脱出は問題ないだろう。先ほどバルコニーから敵兵の布陣を確認したところだ。王宮の地上門から第三市街区まで突撃を掛けてから、脱出通路に入り、王都を離脱。神殿に向かう」
そして国王であり、父でもあるサルマンが、娘のテルメールに顔を向けた。
「問題は、お前だな」
ただ本人は問題ないと思っているようで、すました顔のままだ。
「大丈夫ですわ、お父様。ガルドたち大賢者がいますから」
まったく臆する様子はない。王国を50年間支えてきた大賢者たちに絶対の信頼を置いているのだろう。
「ところでお姫様、神託は授かったのかしら?」
ルミナスが冗談めかすようにして尋ねた。
その質問を聞くとテルメールはうつむいてしまった。すぐには答えられず、胸の青いペンダントを握りしめてから顔を上げた。少し小声で、だがしっかりした声で答えた。
「まだ何も… 返事はありません」
10年前に母のメシストリーネが死んでから、メルは母の代わりに巫女として頑張ってきた。だが本人は、まだ母のように神託を授かれないと悩んでいた。ルミナスも、その辺の事情を知っているだけに聞きづらいのだが大事なことであった。
「テルメールのせいじゃないさ。たぶん、女神さまも忙しいのさ」
ガルドの適当な発言だが、それを聞くとテルメールの顔がパッと明るくなった。
「こんな時に忙しいなんて。女神さまもガルド様のような性格をしてらっしゃるのですね」
これにはガルドだけでなく国王たちも苦笑いをするしかなかった。
「ま、言い返せないわな」
「ガルドが来たのは、いいタイミングだった。近衛兵と俺たちは、王宮から敵軍勢の中央突破を狙う。敵軍の司令部を狙いつつ、逃げ出す。そのすきにガルドとテルメールは空から逃げ出してほしい」
サルマンがガルドに頼んだ。
だが、ガルドは納得いかなかった。
「俺とテルメールだけでは、追手が来たとき対応できないぞ」
ザイールが意見を述べた。
「大丈夫だと思うぞ。この国で空を飛べるのはお前だけだ」
ルミナスもサルマンの計画に賛成した。
「私もガルドと空から逃げるのがいいと思うわ。あの矢が降り注ぐ地上で、メルを守り切る自信がないわ」
「地上から援護してやる」
「決まったな」
サルマンが最終決断をした。
「わかったよ。まず俺たち二人は森の隠れ家に飛んでいく。そこから神殿に向かうことにする」
いくら大鷲といえど二人を乗せて神殿まで飛ぶのは厳しいだろう。あまり気乗りはしないが、自分の隠れ家で休憩を挟む必要があるだろう。
「よし。深き谷の神殿で落ち合うぞ」
「昔を思い出すわね」
「では、娘を頼むぞ」
古い友人であるサルマンの真剣な頼みに、うなずいて答えたガルドであった。