火蓋
荒廃した街のなかで甲高い刀がぶつかり合う音が響く--
火花を散らしながら怒涛の剣戟を繰り広げる暮子と変異ゾンビ---、深紅の落武者は通常のゾンビのようなゆったりとした動きでは全くない。
(こいつとんでもなく機敏やな、動きに全く無駄がない。一撃一撃が全部必殺、その上尋常じゃなく速い)
深紅の落武者から一回でも喰らえば命を落とす致命の一撃を流れるようなに浴びせられ続けるなか、暮子はそれを弾き続けるのに精一杯で防戦一方になっていた。
(くっそ!どうする、長引けば長引く程不利になってくぞ)
空腹も体力も限界がきている暮子は戦いが長引けば集中力が切れ、深紅の落武者の攻撃を喰らってしまうのも時間の問題だろう。
「攻めるしかないもう!守りばっかはもとから性に合わんしな!!」
攻撃に転じた暮子は深紅の落武者の一閃を強く弾くと懐に踏み込み横に薙ぐように刀を振る。
後ろに跳んで躱わした深紅の落武者を間髪入れず暮子が追う。
三連撃を繰り出すが全て防がれ、仰け反る暮子だが気合いで踏み止まり右から左へ斬り上げるように刀を振ると見せかけ体を回転させ左足から上段蹴りをお見舞いする。
「どうだくそゾンビ!!どんだけ動きが良くても脳は腐り落ちてっから反応できへんやろ!」
蹴りが入ることを確信して声高々に煽った暮子だったが、否、深紅の落武者は暮子のフェイントにも反応し暮子の上段蹴りが放たれた足を掴んだ。
「なっ!」
深紅の落武者は暮子の足を掴んだまま振り投げる。
「がはっ!」
とんでもないスピードでビルに突っ込んだ暮子は体が鞭打ちになりその場に項垂れ込んだ。
(くっそ、肋骨何本かいってるわこれ。肺もやられてるんか呼吸ができへん)
腕も動かず刀も握ることが出来ない暮子に深紅の落武者が死の象徴として近付いてくる。
(こんなクソみたいな世界でも死ぬ気で生き延びてきたんや、こんなとこでくたばってたまるかぼけ)
最後の力を振り絞り暮子は腰の巾着に入っている注射器を取り出し、そのまま腕に突き刺す。
(死ぬ時は焼肉たらふく食ってからって決めてんねん!!)
暮子の血管が脈打ち体が痙攣する。夥しい出血をしていた傷口がみるみる内に塞がり、粉砕していた骨が修復されるのを暮子は感じる。
先程まで瀕死の状態で倒れ込んでいた暮子が全快し、意気揚々と立ち上がるのを深紅の落武者は心なしか驚いているかのように見えた。
「これで終わりや思ったんかぼけなす、こっからが本番やぞ!」
暮子が今し方刺した注射器は決して怪しいものでは無いと先に弁明しておこう。
暮子が刺した注射器は簡単に説明すると人間がゾンビ化したウイルスそのものである。
これだけ言うと何のことかわからないだろうが、こう言うしか無いのである。
暮子はこの世紀末の現在でも生き延びている通り特異体質であり、ゾンビ化したウイルスを体に注入すると他の人間とは逆転現象が起こり超回復するのである。
原理は今のところ暮子にとっても全く不明であるが、暮子にとってゾンビウイルスは万能薬なのである。
「たまたま見つけた工場で大量に取っといて良かったわ」
肩を回し、ジャンプをしながら暮子は視線を鋭く向ける。
深紅の落武者は何事もなかったかのように純粋な殺意のみを暮子に向け矛先と腰を落とす。
「さあ、こっからがラウンド2や、気張っていくで」
コンビニ前決戦後半戦の火蓋が切って落とされた---