配信開始
8人乗りバンを広い場所に停め、そこからは歩きだ。
8人で群れをなして歩く。
車には鍵をかけ、谷くんにそれを持たせた。
疑うわけではないが、貴婦人の孫の手氏に持たせておくわけにはいかない。彼の本名も知らず、レンタカーは会社の名前で借りているからには、車を乗り逃げされてしまう可能性は閉ざしておかねばならない。彼には車中ではなく、テントを張ってそこで外番をしてもらう。
立入禁止の看板を越え、寒い中を皆で進んで行く。皆、防寒着でモコモコだ。かくいう私も恥ずかしいほどにモコモコだ。せっかくの絶品スタイルを見せつけられない。まぁ、見せつけたいオトコがいるわけでもないのだが……。
「……このへん、秋に来た時は高い草だらけでした」
もみじが歩きながら、そう教えてくれる。
今はだいぶん草も枯れたのか、かき分ける必要もない。歩きやすいのはいいことだ。
途中、みんなでテントを張った。ここなら外から誰かに発見されることもないだろう。何しろ無断侵入なのだ。犯罪……? 知るか! はん!
テントの中に小型の石油ストーブを起き、モニターを設置した。高木氏のカメラの映像がここに映されることになる。
「それじゃ、何かあったら警察を呼んでくださいね。お願いします」
「そんなことにならないよう、気をつけて」
そんな言葉を交わし、貴婦人の孫の手氏をそこに置いて別れた。
工場に近づいて行くが、噂に聞いていた悲鳴とやらはずっと聞こえて来ないままだった。
扉の前に立つ。表には聞いていた通り、たくさんのお札が貼られていた。
「い……、いかにもな雰囲気ですね!」
メルちゃんが声を弾ませる。
「果たして幽霊にあたしの空手が通じるのかどうか……。楽しみだなぁ!」
「こ、このお札は霊が中から出ないよう、閉じ込めるためのものだ……」
口数の少ない黒乳首が珍しく口を開いた。
「こ、これを開けたひとがいたから、異空間への道がここに通じてしまったんだな、たぶん……」
それを聞いてもみじがまた申し訳なさそうにうつむいた。
既にカメラを回しはじめている高木さんに、私を映すように指示し、実況を開始する。谷くんにライトで私を照らさせる。
「どうもっ! みんなの突撃系ネットアイドル、駒山駒子でぇすっ! あはんっ!」
お約束の台詞をまずは決めてから、カメラに私の美しい顔を近づけ、本題に入った。
「えー……。私は頼もしい仲間たちとチームを組み、ただいま心霊スポットとして有名な廃工場へやって来ております。ええ、今回の『駒山駒子の突撃チャンネル』は、ホラーですよっ! 苦手なひとも閉じたりせずに最後まで見守ってね! 駒子を守ってほしいっ!」
「……まぁ、私がいるから大丈夫、大丈夫」
そう言って黄泉野くんが横から映像に入り込んでくる。打ち合わせ通りに。
「おおっ! 『除霊チャンネル』の黄泉野スルさんじゃないですかっ!」
わざとらしい私の驚く演技。
「あなたがいてくれれば百人力ですよ〜。……最近、この廃工場の扉の前から異空間に飛ぶという噂が流行ってましてね。果たして今夜、そこに飛べるかどうかという試みなんですよ、これは」
「面白いですねぇ〜。それが本当なら、今夜我々は大スクープものの動画を皆さんにお届けすることになります」
「そうなんですよ、黄泉野さん。そしてですね……」
私はカメラに目線を戻し、言った。
「今、この映像を撮ってくださってるカメラマンさんは、その異空間に行った経験者なんです! ちょっとお話を聞いてみましょう。……その時、どんなふうに異空間に転移されたんですか?」
私の質問に、カメラをこちらへ向けたまま、高木さんが話す。
「その扉に触れたんです。そうしたら一瞬で、不思議な場所へ飛ばされました」
「……だ、そうです」
私は緊張に歪む笑顔を作り、カメラを向いたまま、言った。
「それではこれよりこの扉に触れてみます。見事飛んだら皆、拍手してね? ……あっ、そうだ。その前にメンバーの紹介、紹介!」
高木さんがメンバーの顔を映し出すのに合わせて、私がそれぞれを紹介する。
「こちら安息の黒乳首さん! 名前の通りの黒ずくめの防寒着姿ですね! オカルトに詳しいんだって! 頼りにしてますよぅ〜」
「短大生のもみじちゃん! かわいいよねー! ファン募集中!」
「大学生のメルちゃん! 空手の黒帯らしいの! 戦闘員だよー、カッコいい上に、こちらもかわいい!」
「そしてお馴染み我が『突撃チャンネル』の下僕、うちのマネージャーの谷くん!」
谷くんがモゴモゴと何か言いながらカメラにぺこりとお辞儀をした。
「では! これよりメンバー全員、せーので扉に触ります! いいかな〜?」
全員が手を前に伸ばし、扉に向かってスタンバイした。
「では……3、2、1……せーの……っ!」
「駒子さん……!」
寸前で谷くんが言った。
「嫌な予感が……ものすごく嫌な予感がします!」
早く言えってーの……。
もう、全員で触れちゃったよ。
その瞬間、暗かった辺りがぱっと明るくなり、思わず私は目が眩んだ。