もみじの話を聞き終えて
話している間からもみじは涙を拭き、鼻を啜っていたが、話し合えると顔を両手で覆って泣き出した。
隣に座るメルがその背中をさする。今会ったばかりなのに優しい体育系女子だ。
「あたし……! 親友を置き去りにして……! 自分だけ逃げたんです!」
「仕方ないですよぅ、それは」
谷くんが珍しく積極的に口を開き、慰めている。
「そんなの僕でも逃げ出します。さ、笑って?」
どうやらもみじは谷くんの好みのようだ。好みの女の子が弱い立場にいる時のみ、コイツの口は軽くなる。その横顔を隣に見ながら舌打ちしてやった。
私はレモンティーをソーサーに戻すと、もみじに聞いた。
「……それ、どれくらい前のこと?」
「……10月11日でした。……だから、3ヶ月も前……」
「誰かに言った? 警察とかは?」
もみじはふるふると体ごと頭を横に振った。
「それは言えないですよ、駒子さん」
谷くんが彼女の気持ちを代弁するように、偉そうに言う。
「僕、もみじちゃんの気持ちがわかります。立入禁止の廃工場の入口をピッキングで開けて、中で恐ろしいものを見て、親友をそんなところに置き去りにして来ちゃったなんて、誰にも言えないですよ」
「ようやく……話せました」
顔を覆ったまま、もみじが言った。
「あたし……ひどいことしたんですよね?」
「違うよ! 違います! 当然です! 僕だってそうする!」
必死な小デブのマネージャーが面倒くせぇ。谷くんの今回の潜入動画配信の目的すり替わってそう……。コイツかわいい女の子好きすぎるからな。私のことは女として見もしないくせに。置いて行こうかしら……。
でも、コイツの直感能力には今まで何度も助けられてるからな。
「カナさんから連絡とかは……ないのよね?」
当たり前のこと聞いちゃった──と思いながら、紅茶を口に当てた。
「カナさんのご両親には何て言ってあるの?」
言いにくそうに黙っているもみじを、横からメルが励ました。「ほら、大丈夫! 言ってみて?」とその体を優しく揺すっている。なかなかいい子だ。
「『知らない』って……言ってしまいました」
そう言ってもみじがまた泣く。まぁ、何か言いにくいことがあればひた隠しにしそうな弱々しい感じの子だ。キャラに合っている。
カナのご両親は警察に捜索願いを出し、しかしどこで行方不明になったかもわからず、途方に暮れていることだろう。
「谷くん……」
私は隣の小デブに聞いた。
「やる気……、出た?」
「もうっ! やる気マンマンですよ、社長! もみじちゃんの親友を救い出しに行くんですよね!?」
死ぬかもしれないってビクついてたくせに……。まぁ、やる気になってくれたのは良いことだ。カナはまぁ、たぶん、間違いなく、死んでるだろうけどな。
「よし、決まった」
私は皆に言った。
「『【潜入動画配信】噂の心霊スポットの廃工場に突撃!』やるわよ? いい?」
もみじが泣き顔をあげ、うなずいた。
メルが面白そうにはしゃいでいる。
谷くんが貧弱な力こぶを見せつけながら「おー!」と言った。
「やるからには準備を万全に整えてから。──知り合いに強力な霊能力者がいるの。彼をメンバーに加えられるかどうか、確認してみるわ」
「黄泉野先生ですね?」
谷くんが自慢げに声を弾ませる。
「駒子さん、有名人に顔が広いんですよ。あの有名な黄泉野スル先生とお知り合いなんですよ!」
もみじに向かって言ったようだったが、もみじはうつむいているだけで何も答えなかった。代わりというようにメルが「知らない」と言った。
まぁ、黄泉野くん、知る人ぞ知るみたいなカルトな有名人だからな。
でもその能力は間違いがない。動画配信仲間の間ではお墨付きだ。彼の出る動画にはことごとく不思議なものが写り込む。それをいつも華麗に除霊している。
まぁ、テレパシーがあるらしく、他人の心を読むのがうざいのだが……。
「他にもメンバーを募集するわ」
私はスマートフォンを取り出すと、皆に言った。
「例の掲示板で募集しましょう。カメラマン、オカルト知識な豊富なやつ、それから荷物持ち……は谷くんにやらせるとして、連絡要員も必要ね」