表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

貴婦人の孫の手は逃げようとした

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 目を覚まし、モニターを確認すると、何も変わってはいなかった。そこにはノイズがあるだけで、高木さんのカメラからの画像は届いて来てはいない。


 一瞬、ノイズが消え、何かが映った。


 なんだ? 針のようなものの並んだ、口の中のような……


 ノイズに紛れて音声が聞こえる。


『──ケテ! タス……テ!』


『……∅℃∵くん! たにく……!』


『思い通りにはさせないぞおぉぉ!!!』



 最後の音声だけはっきりと聞こえた。


 黄泉野さんの声のようだった。怒りがこもっているが、泣くような声だった。



「何かあったんだ!」


 私は何とかしようとした。


 しかし私に何ができるだろう? 連絡は通じない。


 警察を呼ぶ? 信じてもらえるだろうか?


 何より立入禁止の廃工場に忍び込んでいたことがバレては……私の社会的信用に傷がつく。


 仕方がない──


 逃げるしかない、と考えるのがふつうだろう。乗って来たバンには鍵がかかっているが、国道まで歩いて出ればタクシーでも拾える。


 みんなには悪いが、逃げさせてもらう。恐ろしくなって当然だろう。動画が成功すれば撮影メンバーに名前を加えてもらおうと思っていたが、失敗したのならこれ以上関わる必要はない。ここで逃げても、誰も私が彼らを見捨てたことを知る者はいない。



 テントの中に冷たい風が吹き抜けた。


 小型石油ストーブの炎が消えた。



 テントを出て帰ろうとすると、廃工場のほうから誰かが歩いて来る。三人の影が月明かりの下に見えてきた。


「……駒子さん?」


 声をかけたが、彼らは何も答えず、ただ歩いて来る。


 テントに戻り、懐中電灯を取ると、改めて声を投げる。


「誰だっ!?」


 明かりが三人の姿を照らし出した。


 駒子さん、黄泉野さん、谷くんの顔が並んでいた。


 何も変わったところはない。だが……


「三人だけですか? あとの四人は?」


 すると駒子さんが、ようやく口を開いた。


「大変よ、貴婦人さん。カメラをむこうの世界に置き忘れて来てしまったの」


「カメラを!? それ、一番大事なやつじゃないですか……」


「ごめんなさい。うっかりだったわ」


「動画は撮れてたんですか? っていうか、やっぱり異空間に飛んでたの? こっちにはノイズしか届いて来なかったですけど……」


 なんだか感情を感じられない。

 後の二人はずっと何も言わず黙っている。


「カメラを取りに行かないと」

 駒子さんが言う。

「ネットでメンバーを募集して、またあそこへ行くの。貴婦人さんも行きましょう」


「どんなところだったんですか? 異空間って」


「……楽しくて少し居すぎちゃった。もみじたちはあまりに気に入って、住み着いちゃう勢いで──まだあっちにいるの」


「カナさんとは会えたんですか?」


「ええ! ええ!」

 ようやく駒子さんに、いつもの笑顔が浮かんだ。

「感動の再会だったわ。行ってよかった」


 私は考えた。


 カメラを取りに行くだけなら、今すぐのほうがいいのではないだろうか。


 駒子さんに聞いてみた。

「階段を下りればすぐに帰れるんですよね?」


「そうよ。楽しくてなかなか帰りたくなかったけど」


「じゃあ、今すぐ行きましょう」

 好奇心をそそられた。

「私も一緒に行きます」


 黄泉野さんと谷くんが、ようやく口を開いた。嬉しそうに、笑いながら。


「いらっしゃい」

「いらっしゃい」


「これが済んだらネットで噂を拡散しましょう」

 そう言いながら、駒子さんが、私に抱きついて来た。


「こ……、駒子さん?」

 私は以前から彼女のファンだ。


 これから何が始まるのかと、楽しい期待をした。




                 (了)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こ、これはもうバッドエンド一直線!? キャラクターとしてはもう取り返しのつかないラインの向こう側に行ってしまったようだが、果たしてこの世界の人間は生き残る事ができるのだろうか!? と、思ったが、海を…
面白かった……! もうこのバッドエンドの絶望感がもう……! まさしくゾンビ、まさしく世界の終焉へ一直線!! ありがとうございました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ