忌まわしい記憶
カナとあたしは親友だった。
高校の頃に仲良くなって、同じ短大に進み、何をするにも一緒だった。
気が合った。二人ともホラー映画とかオカルトなものが好きで、いつか心霊スポットで本物の心霊動画を撮ろうって、約束し合ってた。
あの廃工場は昔から有名な心霊スポットで、夜になると窓から誰かが覗いているだとか、中から機械の動作音が聞こえるだとか、色々な噂があった。
「ねぇ、カナ。行ってみようよぉ〜、あ・そ・こ」
ある夜、あたしの部屋へ遊びに来たカナに話をもちかけたのだった。
「でもあそこ、鍵が閉まってるんでしょ? 行っても入れないよ」
「あたし……じつは、ピッキング得意なんだ」
「ええ〜? ……でも、無理だよ。厳重に閉められてるに違いないってぇ」
「あはは。怖いの、カナ?」
「いや……。怖いのは……好きだけど」
「じゃ、行ってみようよ! 開かなくても何か見れるかもしんないし!」
「ふぅ……。あんたは言い出したら聞かないもんね。……よしっ! 夜の冒険に出かけてみよっか!」
そしてあたしの軽自動車に乗り、二人であの廃工場に向かったのだった。
近くに車を停め、立入禁止と書かれた看板を乗り越え、ぼうぼうと生えた草をかき分け、懐中電灯の明かりを頼りに、カナの手を引いて歩いて行くと、そこに出た。
季節は秋真っ盛り。でも虫の声ひとつ聞こえなかった。
それまで背の高い雑草をかき分けていたのに、突然ぽっかりと土がむき出しの広場のようなところに出た。そこが入口なのだった。
まるであたしたちを招き入れるように、鉄の扉の前は綺麗に片付いていた。
カナが聞いた。
「何、それ?」
あたしは自慢した。
「ふふ……。これがあたし自慢のピッキング・ツール!」
チェーンが張られてるとかかと思っていたら、かかっているのはドアノブの鍵ひとつだけだった。あとは扉の表に何枚もお札が貼られてあるだけだ。
あたしは難なく解錠し、扉を開けた。
真っ暗な廃工場の中へ入って行くと、気温が5℃ぐらい下がった気がした。
「うぉ……」
「やったぁ……。入れちゃったよぉ……、カナ」
「……何か出るかな?」
「スマホのカメラ回しとこうね」
懐中電灯が古いおおきな機械を照らし出した。
「……手、離さないでよ?」
「うん。しっかり繋いでおこうね」
でも、あたしは、離してしまった──
二人しばらく会話を止め、広くて真っ暗な工場の中を歩いた。
あたしが懐中電灯で前を照らし、カナがスマホで動画を撮影していた。
繋いだカナの手がヌルヌルしていた。
この子、こんなに汗っかきだったっけ? 工場内はむしろ寒いぐらいなのに?
「何も出ないね……」
あたしは久しぶりに声を発した。
カナが何も答えない。
あたしの声だけが空しく、石壁に吸われるみたいな感じで、響かずにすぐ消えた。
消えた──?
こんな広い工場の中だったら、むしろ盛大に響くものなんじゃないの?
並んで歩くカナの足音が、聞こえない。
カナの手がヌルヌルしてる。汗にしてはやけに冷たい。
手を繋いでいる感触はあるのに、隣にカナの気配がない──
「……カナ?」
気になって、手を繋いだその人物に、懐中電灯の光を当ててみた。
明かりがそれを照らし出した。
赤黒い腐肉におおきすぎる目のついた女が、あたしを見つめて笑っていた。裂けた口を開いて──
自分の声とは思えない絶叫が口から出た。
あたしはその手を振り払い、無我夢中で逃げ出していた。振り返らずに、まっすぐ走った。入ってきた扉は開けっ放しで、闇の中に四角く切り取られたように見えていた。死に物狂いでそこをめざした。
外へ出ると、迷うことなく鉄の扉を閉めた。あれが追って来ないよう、必死で念じた。そして鍵は開けたままに、高い雑草をかき分けて、乗ってきた軽自動車に戻り、カナを置き去りにして、あたしは逃げたのだった。