安息の黒乳首
「高木さんは外へ出ていましたよね?」
黄泉野くんが言う。
「──と、いうことは、他にもゾンビが外へ出ているのかもしれません」
「……そうね」
私は考えた。
「そして冬のゾンビは腐らないから人間と見分けがつかない」
「そうです。厚手のジャンパーでも着ていれば噛まれた傷も隠せる。中に保冷シートをたくさん貼り付けておけば腐ることもない」
「高木さん、そうしていたもんね」
「高木さんは完璧に見分けがつかなかったですよね」
「どんなことを考えてたの、高木さん?」
「あぁ……。来る時のバンの中では確かに思考が読めました。……ただ、今思えばあれがあの方の思考だったのか、あるいはあの時除霊した、あの方に憑いていた霊の思考だったのか──『ハゲはいやだなー』『髪のあるやつが憎いなー』みたいな思考でしたので」
谷くんがツッコんだ。
「それ、完全に霊の思考じゃん!」
照れたように頭を掻くと、黄泉野くんがさらに言う。
「春になったらゾンビは腐り始める。冬の間に、腐らないうちに世界を乗っ取ってしまおうという、急を要する計画なんでしょうね、これは。
だから、我々がこれを知ることができてよかったんですよ。このことを世界に向けて発信しましょう、駒子さん」
「そうね」
黄泉野くんの言葉に、私の胸に意志の炎が灯った。
「世界中に発信して食い止めます。……単に収益目当てで始めた面白半分のこの動画が、世界を救う動画になるのね!」
「あるいはゾンビは都市伝説を利用して人間をこの異空間におびき寄せているのかも?」
谷くんが言う。
「高木さんみたいな理性のしっかりしたゾンビを外に派遣して、掲示板で興味をそそる噂をばら撒いて、餌をおびき寄せているんだ」
「それだとしても、やっぱりこの動画が世の役に立つわ。あの扉に触れてはいけないことを皆に知らせることが出来る」
「一刻も早く帰りましょう!」
黄泉野くんが力強く言った。
「高木さんが外に出ていたということは、出口もどこかにあるはずです!」
「まずはもみじと合流しないと」
「呼びかけましょう、駒子さん!」
使命感に私は元気を取り戻した。
おおきな声を、森に響かせた。
「もみじ! どこにいるの!?」
「もみじちゃあーん!」
「もみじさーんっ!」
ガサリと草を揺らす音がした。
もみじかと思って全員がそちらを向く。
木立の間から顔を現したのは、黒尽くめの防寒着姿の、安息の黒乳首だった。
幻聴なのか、遠くで不吉な鐘の音が鳴るのが聞こえた。
「こんなところにいたのかぁ」
表情のない顔に無理やり表情を浮かべるように、笑った。
「オーホホホ! 探したんですのよ! わたくしも一緒に連れて行ってくださいな!」
黄泉野くんが小声で私に教えた。
「思考がありません……」
まぁ、それを聞くまでもなく、間違いなくコイツはゾンビ化しているだろう……。悲鳴あげながら食われてるのが聞こえてたもんな。
黒乳首がゆっくりと近づいて来る。
松明の火を突きつけようとしたが、もうそれは消えそうになっていた。ゾンビを怯ませるほどの力は残っていないように思えた。
見た目には黒乳首に人間だった時と変わったところは別段見当たらない。表情がなんだか不自然なことを除いては。
しかし油断はしない。見た目は変わらなくても、コイツがゾンビになっていることは間違いない。
「黒乳首さん……。上着を捲って見せて?」
私が言うと、黒乳首がまた罅割れたみたいな笑いを浮かべる。
見せる気はないようだ。
止まらず、歩いて来る。
松明の火は消えかけている。
「キエェェェーーッ!」
思わず奇声を発してしまいながら、火のほとんど消えた松明を振り、黒乳首の腹部めがけて振った。それは容易く命中した。
元々細い彼の身体がさらに細くなっている感じがした。トマトの枝でも折るように、振った松明は簡単に黒乳首の身体をへし折った。不自然な角度で前へ折れ曲がり、足は立ったまま、頭が膝にぶつかる。
閉じたガラケーみたいな格好で黒乳首が笑う。
「オーッホッホ!!」
この作品はフィクションであり、登場人物はいかなるなろう作家さんとも関係がありません




