自慢の社長
駒子さんが僕を頼っています。
わかっています。
今、僕の能力が必要とされているんです。
どっちへ向かって行けばいいか──
危険なものはないかどうか──
すべて僕の直感力が頼りです。
出来るだけ平常心でいないと!
「まずはもみじを探さないと──」
駒子さんが僕に言います。
「谷くん! もみじがどっちへ行ったか──感じる?」
感じるも感じないも何も──
ビンビンですよ。
僕にもみじちゃんの存在を感じるなというほうがむしろ無理です。
彼女の甘い香りが僕を誘います。
彼女の通った道に、彼女の桃色のオーラがしっかりと感じられます。
「こっちです!」
僕は自信たっぷりに二人の先頭を歩きました。
どっちを見ても同じような森の中でした。
振り返ると逃げて来た病院があり、そこから離れて進んでいることだけはわかります。
森の中に道らしきものはあって、たまにそれが二方向、三方向に分かれているのを、僕は直感で選んで進みました。
後ろから何かが追いかけて来る気配はありません。
森の中には小鳥の声すらひとつもなく、夢の中のように静かです。
駒子さんと黄泉野さんの呼吸音だけがやたら近くに感じられました。
「谷くん……」
「はい? なんですか、駒子さん」
「大声出してもいい?」
「えっ?」
「もみじの名を大声で呼ぶのよ。心配でしょうがない!」
「うーん……」
「どう? 危険なものが森に潜んでたら、そいつを呼んじゃいかねない?」
僕は直感を働かせました。
もみじちゃんの可愛い顔が浮かびました。
その不安そうになっている顔の女の子を、心から助けたくて、僕ははっきりと言いました。
「大丈夫です!」
「よかった……。じゃあ、三人で呼ぼう」
「もみじちゃあーん!」
「もみじさーん!」
「もーみーじーーー!」
三人で声を限りに呼びかけました。
でももみじちゃんの声は返ってきません。
森の中はあの建物の中よりも、さらに寒くて凍えそうです。松明の火がなければくじけてしまいそうでした。
正直、この異空間からの出口がどこにあるのか……そもそもそんなものがあるのかどうかすら、僕にはわかりませんでした。
でも、もみじちゃんの行方はしっかりと追えています。
出口のことは今は後回し。まずはもみじちゃんと合流することが先決です。
「もみじちゃーん!」
「もみじさーん!」
「……」
歩きながら、駒子さんに元気がどんどんなくなっていくのが心配でした。
「駒子さん。ほら、声出して」
僕が言ってもなんだかうなだれてます。
「気分悪いんですか?」
「谷くん……」
うなだれたまま、僕に謝ります。
「ごめんね……。こんなところに連れて来てしまって……。あんたは絶対に私が元の世界に帰すから」
「駒子さんらしくないなぁ……。いっつも僕に気遣いなんて一切せずにこき使ってくれてるじゃないですか……。いつもの駒子さんに戻ってくださいよっ!」
わかっていました。
駒子さんはいつも僕を人間扱いしてないほどにこき使います。でもそれは彼女の優しすぎる本質を隠すための、社長という仮面をかぶっていたのです。
上から目線で、人を人とも思わないような態度をとることでしか社長としての威厳を保てない人なんです、この人は。根が優しすぎるから……。
「今までひどいことばっかり言って……、ごめんなさい。あなたのこと……本当は心の底から信頼してたのよ」
泣き崩れそうになる駒子さんに、僕はにっこり笑って言いました。
「駒子さんは尊敬できる僕の上司ですよ」
ばん! とその背中を叩いてあげました。
「僕のほうこそ社長のこと信頼してましたよ、ずっとね! 僕の社長は駒子さんしかいません。死ねばいいのになんて思っててごめんなさい」
駒子さんのメソメソしてる動きが止まった。鬼のような目をして僕を見ました。
「──そんなこと思ってたの!?」
あっはっはと黄泉野さんが笑った。
「いいコンビだなぁ、あなたたちは」
駒子さんの顔を横から見ながら、あかるく言います。
「私もね、駒子さんと一緒だから、こんな事態になっても笑っていられるんです。自分のことよりみんなのことを気遣う──あなたのその素晴らしい心意気が私に頑張りを与えてくださるんですよ」
「あ、そうだ。黄泉野さん」
思い出したように駒子さんが聞きました。
「私がこの世界に来たことが良いことだって言ってたよね? あれってどういう意味?」
「それね」
黄泉野さんがもったいつけた言い方で答えます。
「これは神が私どもにお与えくださった使命かもしれませんよ?」




