火炎
廊下からは入れない。あの部屋はもみじが中から鍵を閉めている。
窓のすぐ外にコンクリートの手すりのような部分があり、それを伝ってシューターのある部屋まで三人で移動した。
開きっぱなしの窓から中を窺うと、もみじがいない。
「どうやら一人でシューターを降りて逃げたみたいだね」
責めるつもりはない。むしろ安堵した。逃げてくれていてよかった──
ただ、下りた先の森の中にも何かいたりはしないか──それだけが心配だった。
私たちが部屋に入る直前、私たちがいた部屋から激しい衝撃音がした。
メルが扉を破壊した音のようだ。窓が開けっ放しなのですぐこちらに気づくことだろう。
「──早く」
部屋の中へ入る。左手のない黄泉野くんに私が手を貸した。谷くんはカメラと松明で両手が塞がっていながら、危なげなく部屋の中へすとんと着地した。
何か部屋の中にいないかと注意を配ったが、何も隠れられる場所はない。物のまったくない部屋だった。
「黄泉野くんから行って」
松明を持ったままでは入れない。私に松明を手渡すと、シューターの中へ黄泉野くんが入り込んだ。滑り台を滑るように降りて行く。
地上へ黄泉野くんの姿が出たのを確認すると、私は預かった松明をそこへ向かって投げた。次に谷くんから松明を受け取ると、彼を行かせる。
地上で黄泉野くんが私の投げた松明を拾い上げたのが見えた。火は消えていない。
谷くんが地上に降りると、持っていた松明を二本とも私は投げた。松明を持ってシューターの中に入るわけにはいかない。
背後で衝撃音が轟いた。
一発で扉を割り、メルが姿を現すのが見えた。後ろに大勢の仲間を引き連れている。
「駒子さん……」
メルが嬉しそうな笑顔で言った。
「いらっしゃい──こっちへぇ〜」
私は素速くシューターの中へ滑り込んだ。
地上へはすぐだった。
青いシューターの世界を滑り降り、すぐに地面が見えた。
「駒子さん!」
谷くんが拾い上げていた松明を私に渡してくる。
シューターの中を誰かが滑り降りてくる振動を感じた。
「来るよ!」
私は二人に言った。
「メルが来る!」
それを待ち構え、三人で松明を出口にあてがう。
「ハハハハハ!」
トンネルの中からメルの高笑いする声が降りてくる。
「ギャハハハハハ!!」
出口から飛び出してきたメルに、三人で松明を当てた。
高笑いが絶叫に変わる。
「ギャアアアアア!」
谷くんが飛び跳ねるような動きでメルを殴った。何度も何度も、火のついた松明でメルを殴る。彼の松明は高木さんの腕に高木さんのパンツを巻きつけた一品だ。
さすがのメルも反撃することが出来なかった。寝込みを襲われて悶絶するように、やがて動かなくなった。
「ごめんね、メル……」
真っ黒に変わったその死に顔に、私は心から謝った。
「私がこんな企画を思いつきさえしなければ、あなたはこんな目に遭わずに済んだ」
「たらればを言っててもしょうがないですよ。さ、逃げましょう!」
谷くんが頼もしいことを言う。
他のメンバーにも私は謝りたかった。
私がこんな企画を思いつかなければ、誰もきっと──
「いえいえ、駒子さん」
黄泉野くんがそれに答えるように、言った。
「私たちがこの世界に来たことは、良いことだったかもしれません」
心を読まれた?
「黄泉野くん! 読心術、戻って来たの!?」
「傷の痛みに慣れたのか、或いは脳内麻薬物質の影響か、平常心が保てるようになったようですよ」
黄泉野くんの笑顔も頼もしく見えた。
「しかし私にゾンビの思考は読めない。近くにゾンビが潜んでいても気づけませんけどね。はっはっは……」
考えたら読心術が戻ったところで私たちにメリットはなかった。
いや──
もしも谷くんか私が気づかずにゾンビに噛まれていたら、ゾンビ化した時点で気づいてもらえるな。
その時は私を殺してくれと心から思った。




