脱出
三人で部屋の中へ入ると、床にへたり込み、ハァハァと荒い息を収めました。
「やっぱりゾンビに噛まれたら……ゾンビになっちゃうんだ……」
駒子さんがそう言いながら、チラッと黄泉野さんのほうを見ます。
「私……なってるならとっくにもう、なってると思いますよっ!」
自己弁護するように黄泉野さんが目をおおきくしました。
「まぁ……黄泉野くんがゾンビ化しても怖くはなさそうだよね。……平常心じゃないから読心術も使えなさそうだし」
どおぉん! と、おおきな音が廊下に響くのが聞こえました。
三人とも喋るのをやめて耳を澄まします。
「うわあああーー!」というような悲鳴が、少し遠くのほうから聞こえました。黒乳首さんの声のように思えます。
「……どうやらストーブの部屋の扉をブチ破ったみたいだね」
駒子さんの言葉に、僕は思い浮かべました。
空手の瓦割りみたいに、メルちゃんが扉を割るところを──
黒乳首さんが引きずり出され、ゾンビによってたかって噛みつかれているところを──
「まずいじゃないですかっ!」
黄泉野さんが慌てます。
「ここの扉もすぐに破られますよ!」
廊下からピチャピチャと、肉を食う音が響いて来ています。
駒子さんが扉と反対方向を見つめました。カーテンのかけられた窓がありました。僕に聞きます。
「谷くん。廊下の窓は危険だって言ってたわよね? この部屋の窓はどう?」
そんなことを言われても……まだ心臓がバクバクいってて、うまく直感が働きません。
でもなんとか精神を統一すると、それが感じられてきました。
「……こちら側の窓からは──危険は……感じません」
「とりあえず松明はずっと持っておいてね。……黒乳首さん、きっと安心して松明を手放しちゃったのよ」
そう言うと、駒子さんが窓に近づきます。
カーテンを開けると、窓の下は森のようでした。
「飛び降りるには高いけど……木の枝がクッションになって、助かるかも」
僕と黄泉野さんも窓に近づき、下を見ました。
高い……。
また僕の心臓がバクバクいいはじめました。
「行くならもみじも連れて行かなくちゃ」
駒子さんが鍵を解除し、窓をゆっくりと開けました。なんだか薬物臭いような空気が部屋に入り込んで来て、僕は嫌な予感に駆られました。でも平常心じゃないのでこの直感は当てにありません。
「あっ?」
駒子さんが左のほうを向き、何かを見つけたようでした。
「あそこ……! もみじの入った部屋だと思うけど……、あの部屋から脱出用のシューターが降りてるわよ!」
見ると、言う通り、二つ隣の部屋の窓が開き、そこから筒状の青いナイロンの滑り台のようなものが下へ伸びています。
「あれで降りましょう!」
黄泉野さんの顔に安堵と喜びの笑みが浮かびました。
「みなさん! 僕らは助かるようです!」
僕はカメラを自分に向け、涙でぐしゃぐしゃな笑顔を撮影しました。




