特攻
カメラマンがいなくなったので、僕がカメラを持たされました。
「谷くん、頼んだわよ」
そう言う駒子さんとメルちゃんを先頭に、全員でストーブの部屋を出て行きます。手にはみんな松明を持っています。高木さんの着ていたものに灯油を染み込ませ、メルちゃんが手刀で切断した高木さんの腕や足を松の枝代わりに巻きつけて、火をつけました。
メルちゃんの目には諦めのようなものと、決意のようなものが同時に浮かんでいました。
「ゾンビに噛まれた……。あたしはじきにゾンビ化します」
メルちゃんはみんなの前でそう言ったのでした。
「だったらゾンビ化する前に、すべてのゾンビをあたしが倒します! 行こう!」
メルちゃんはもう怖いものはないという感じでした。
ストーブの部屋を出て、向かって左隣の部屋の前に立ちます。
「行くわよ」
悲しみで泣いてしまいそうな顔をしながら、駒子さんが扉のハンドルに手をかけます。
それを開きました。
中には何もいません。ベッドと医療器具があるだけでした。
「次!」
四番目の扉の前へ行き、駒子さんがそれを開けます。
僕はその後ろからカメラを構え、その様子をカメラに収めます。
開くと、簡易ベッドに一人だけ、女の子が座っていました。
この子がカナちゃんだろうか? と思いましたが、もみじちゃんは何も言いません。
横向きに座っていた少女は、首をぐりんと360度回転させると、こっちを見ました。とても綺麗な顔をしていますが、眼球がそれぞれ上と下を向いていました。
襲いかかって来ないので、メルちゃんのほうから部屋へ踏み込みます。
問答無用で正拳突きを繰り出すと、少女の身体が蛇のようにぐにゃりと曲がり、攻撃を避けました。
高く上へ伸びた上半身が、メルちゃんめがけて降ってきます。
「……あれ?」
少女の首が、途中で止まり、メルちゃんに話しかけました。
「あんた、仲間じゃん」
「おぅりゃ!」
メルちゃんが掛け声とともに高く飛び上がり、足で少女の首を絡め取って、床に叩きつけました。
少女の頭は粉々に砕け、その身体も動かなくなりました。
「アハッ! 楽しい」
メルちゃんが笑います。
「あたし、一生に一度でいいから、こうやってゲームみたいに無双してみたかったんですよ!」
誰も笑いません。笑えるわけがありませんでした。
次の扉を開けるなり大男が立ち上がり、こちらを睨みつけました。メルちゃんは駆け出すと、飛び蹴りでそのどてっ腹に大穴を空けました。
「傷は大丈夫!?」
泣きながら駒子さんが聞きます。
「血が……だいぶん流れてる。お肉もかなり……」
「へへへ……」
メルちゃんの目がちょっと狂いはじめているように見えました。
「このぐらい……。痛みもないし……」
六番目の部屋にも何もいませんでした。
七番目の扉は……あの、最初に医師が中から出て来た部屋です。中にたくさんのゾンビがいることがわかっています。
「あぁ……」
扉を駒子さんが開けるのを待ちながら、メルちゃんが呟くのを僕は確かに聞きました。
「お肉が食べたいなぁ……」
駒子さんが扉を開けると、やはりそこにはたくさんのゾンビがいました。広い部屋が狭く感じられるほどの数の、ふつうの人間と変わらない綺麗な姿をしたゾンビが。目つきだけが異常で、それぞれの目があさっての方向を向いています。
「いらっしゃい」
「いらっしゃい」
各自がバラバラに同じことを言いながら、開けられた扉から出て来ようとしています。
メルちゃんはファイティング・ポーズをとりません。
ゆっくりとこちらを振り向くと、あさっての方向を向いた両目を僕らに向けて、言いました。
「……いらっしゃい」




