2階のカフェにて
待ち合わせは2階にあるカフェでした。
駒子さんはテレビにも出ている有名人なので、なるべく人目につきにくいところでないと面倒なのです。
なのに70年代の女優さんみたいに派手なヒッピーっぽいファッションをして来るものだから、目立つ、目立つ。
「谷くん」
「はい?」
「もみじちゃん、ずいぶん待たせるじゃないか」
「そ……、そうですね」
「この駒山駒子を待たせるなんて、なかなか見上げた根性だ。……谷くんみたいな小デブのぶさいく野郎と2人きり、カフェでお茶してるところなんてファンに見られたら、私の印象どんどん悪くなっちまうぞ」
ヤバい……。
駒子さんがイライラしはじめてる。
早く来てよ。早く来てくださいよ、もみじちゃん──
僕がそう思っていると……
「あのっ……!」
女性の声が後ろからしました。ホッ……、ようやく来てくれた。
「駒山駒子さんですよね? わぁっ! こんなところでお会いできるなんてラッキーですぅ!」
違ったようだ。
振り向いてみると、ショートカットで中肉中背の、体育会系の女子大生といった感じの子が立っていました。ちょっと僕の好みからは外れてる感じ。
「ごめんなさい。今、ちょっと忙しいの」
ファンに会ったらいつもそうするように、駒子さんは柔和な微笑みを浮かべてサッサとあしらおうとします。
「サイン? いいわよ。だからあっち行ってね」
すると女の子が言い出しました。
「この間、掲示板でのやり取り見てましたよ、あたし。……あの廃工場に突入されるんですかぁ?」
「ええ……、そのつもり」
駒子さんは彼女がダウンジャケットを脱いでTシャツ姿になったその背中にサインをしながら、優しく、しかし面倒くさそうに言いました。
「はい、サインしたわよ。さようなら」
「あたしも行きたいですっ!」
女の子は振り向くなり、目を輝かせました。
「あたし、体育大学で空手をやっています! メルっていいます! ……あ、もちろんハンドルネームですけど」
「強い?」
駒子さんがにっこりしながら聞きました。
「戦闘員として役に立つならぜひ、お願いしたいわ。ちょうどメンバーを集めようと思ってたの」
「戦闘力には自信ありますよっ! 黒帯です」
駒子さんがメルちゃんと話しているところになんだか入って来にくそうにしている女の子を僕は発見しました。
茶色いベレー帽をかぶり、白いコートを着た、栗色のセミロングの、大人しそうな、僕好みの女の子でした。──もしかして、あの娘がもみじちゃん?
僕は張り切って立ち上がると、その女の子に声をかけました。
「もみじちゃんですかっ!?」
すると彼女がぺこりとうなずいて、もじもじしながらこっちへやって来ます。
やった! もみじちゃん、可愛いっ! 美人は駒子さんで見慣れてるけど、ガサツじゃない可愛い女の子は新鮮でした。
駒子さんが立ち上がり、尋ねます。
「ぺこぺこもみじさん? 駒山駒子です。よろしく。──早速お話を伺いたいわ」
もみじちゃんが席に着きました。その隣にメルちゃんが座ります。
「こっちはマネージャーの谷くん」
駒子さんが僕のことを紹介してくれます。
「谷翔くん23歳よ。見ての通りの小デブだけど、野良猫並みの警戒心の持ち主だから、いつも危険を察知したりしてくれて助かってるの」
「いつも動画で観て知ってますよ!」
メルちゃんが言ってくれました。
もみじちゃんはあまり興味なさそうに、ぺこりとしただけでした。くぅ……。
それにしても、なんだか居心地が悪いな……。メルちゃん、もみじちゃん、駒子さん──3人とも本名じゃない中で、僕だけ本名だなんて。くぅ……。
「ところでこの間、掲示板で言ってた話……。聞かせてもらえるかしら?」
駒子さんがもみじちゃんに尋ねます。
「あなたはあの廃工場に、かつて友達と二人で入ったことがあるのよね? そこで何があったの?」
もみじちゃんはもじもじと、話しにくそうにしていましたが、意を決したようにその可愛い唇を開くと、話してくれはじめました。