惨劇のはじまり
谷くんの絶叫に、何事かと思って見ると、高木さんがベッドのメルに覆いかぶさっている。
おいおい──
こんなところで欲情すんなよ──
……違う!
メルの首筋に噛みついてるんだ!
「駒子さん! 高木さんがゾンビでした!」
「そんなことは見れば理解できるわ! 谷くん、あれを止めろ!」
高木さんが首を振りながら、犬のようにメルを食っている。
──いや
途中で食うのをやめた。
顔を上げ、血肉に塗れた口を笑わせ、私たちのほうを振り返った。
「高木さんっ! 高木さんっ!」
谷くんが必死に声を振り絞る。
「理性……ありますよね!? さっきまで、ふつうに僕らと会話してましたよね!?」
「ああ……。理性は残っているよ」
高木さんはそう言いながら、どう見てもおかしな笑いを浮かべ、私たちに迫って来た。
「……だけど、おまえらの肉が食いたくて、食いたくて、仕方がないんだ」
「悪霊退散ーーッ!」
黄泉野くんが右手で数珠を振る。
「喝! かーつッ!」
ゾンビに除霊が効くわけもなかった。
「感染してるのか!? やっぱり!?」
黒乳首が高木さんに質問してる。
「ゾンビウィルスに感染してる!? やっぱりおまえら、ゾンビなんだよな? な?」
「最初からこうするつもりだったの?」
ついでに私も質問した。
「私たちをここにおびき寄せて、ゾンビどもの餌にするつもりだった?」
「もう……忘れたなァ」
高木さんはどんどん理性を失っているようだった。
「食欲しかないやァ……」
「谷くんっ」
私は抱いて守っていたもみじを谷くんに預けた。
「守ってやって」
そしてストーブのほうへ素早く移動すると、重たいストーブを持ち上げ、高木さんに突きつけた。
高木さんが怯んだ。
やっぱりだ。どうやらゾンビは火が怖いのだ。だから寒い壁際に突っ立って、ストーブの側には近づかなかったんだ。
しかしこれでは防御にしかなってない。何か、武器……武器は……
不完全燃焼のようなくすぶる音を立て、ストーブの火が消えはじめるのを感じた。転倒防止装置が作動して、消えはじめたんだ。しまった──
簡易ベッドの上からメルが立ち上がった。首からひどく血を流している。
「チェストーッ!」
飛び蹴りを繰り出した。高木さんへ向かって。
高木さんの首が、メルの蹴りを受けてへんな方向へ曲がる。そのままぐにゃぐにゃと骨を失ったように横に何度も揺れながら、その体が床へ倒れた。
「メル! 大丈夫なのか!?」
「あはは……。駒子さん……」
メルが振り向く。あかるく笑いながらも、その顔に絶望を浮かべていた。
「噛まれちゃった……。あたし、ゾンビになるのかな?」
「し……、死んだか?」
黒乳首が高木さんの様子をチェックしている。
「し……、しかし……。どこにも噛まれた跡は──」
「たぶん、ここです」
谷くんが高木さんの着ている白いダウンジャケットを捲り上げた。
ダウンジャケットの内側には保冷シートがびっしりと貼られていた。着ているものはこの寒いのにダウンジャケット一枚だけだ。
その腹部に、ゾンビに噛まれたらしき傷があった。時間が経っているようですっかり瘡蓋になっている。
とてもよく似ていた──メルの首の傷と。




