冬のゾンビは腐らない
ゾンビを全滅させたら元の世界にも取れるのかと駒子さんから聞かれました。
イメージしてみました。
でも、何もわかりません。
出られるような気もするし、出られないような気もする……。
何よりそんなことが可能なのかどうかがわかりません。
メルちゃんは確かに空手の有段者で強いです。でも、ゾンビが何体いるのか、どんなゾンビがいるのか──中にはもしかしたらメルちゃんよりも強いゾンビがいるかもしれない。
メルちゃんと互角だとしても、そいつがメルちゃんと戦っている間、他のゾンビたちが襲い来るのを僕らはやっつけられるのか──
何もわからない……。
「ふー……。お腹いっぱいになったら眠たくなっちゃいました」
メルちゃんがふいに言いました。
「あたし、あのベッドで寝させてもらっていいですかぁ?」
「そうね」
駒子さんがうなずきました。
「……あなたは戦闘のために体力を回復させておいて」
「らじゃー!」
ビシッと敬礼をし、メルちゃんが簡易ベッドに潜り込み、すぐに寝息を立てはじめました。
みんなストーブの周りに集まって、誰もが無口でした。
ストーブの炎が立てる音と、メルちゃんの安らかな寝息だけが部屋にありました。
「いたいよ……」
それと黄泉野さんのうめき声もありました。
「いたいよぅ……」
「まさかこんなことになるとはね……」
駒子さんが口を開きます。
「黄泉野くん……。ここを出られたらきちんと償いはするから」
「帰りてぇ……」
泣くように黄泉野さんが呟きます。
「いたいよぅ……」
「帰しちゃいけないでしょう」
黒乳首さんが発言しました。
「その人、ゾンビ化するかもしれないんだから」
黒乳首さんは黄泉野さんがゾンビ化しないか不安で目が離せないようです。ずっと黄泉野さんの様子を窺っていました。
駒子さんが聞きます。
「ゾンビに噛まれたら必ずゾンビ化するものなの?」
「知らないんスか? 大抵の創作物の中ではそうでしょう」
「でもこれは創作物ではないわ。現実よ」
「ええ……。だから僕も、確証がもてずにいるんですけどね……」
黒乳首さんはそう言って、ようやく黄泉野さんから視線をはずしました。
「もしかしたら……ここのゾンビどもに食われても、ゾンビ化はせずに死ぬだけなのかもしれない。何よりあれが本当にゾンビなのかもわからない」
「そうよ。おかしいなと思ってたの。ゾンビってふつう、肉体が腐っちゃってるものじゃない?」
「それについては説明ができます。ここはとても寒い。まるで冷凍庫の中のようだ。こんな寒い中では、ゾンビは腐らないんです」
「冬のゾンビは腐らないのかぁ……」
「だからゾンビ化した人間と、ただの人間の見分けもつきにくい」
「あ、そうだ」
僕は今さらながらにそのことに気がつきました。
「黄泉野さん。僕らメンバーの中に、思考の読めない人は誰かいますか?」
僕らメンバーの中に既にゾンビがいる──僕はそう直感しています。
黄泉野さんはゾンビのことを『霊気も感じないし、思考を読むこともできない』と言っていました。それなら、黄泉野さんが思考を読めないメンバーがもしいるなら、そいつが──
しかし黄泉野さんから返ってきた言葉は、とてもよくわかるものでした。
「さぁ……。何しろねぇ……、私の読心術は平常心でないと働きませんでねぇ……。だから今、みなさんの心の中がまったく読めないんでございますよ」
そう言って、また左手をおさえて「いたたた……」とうめきました。
僕の直感能力と同じだ。だから、とてもよくわかりました。
「……ただ、ここへ来るまでのバンの中では、全員の思考を読むことができてましたよ」
「そうなんだ……?」
「ええ……。間違いございません」
急に、扉が、開いた。
みんなが驚いてそっちを見る。
入って来たのは高木さんでした。
「あ……。ごめん! 忘れてた!」
駒子さんがビシッと謝る。
「この部屋、大丈夫みたいよ。罠とかないっぽい。高木さんもストーブにあたって、ごはん食べて?」
高木さんは何も言わずに、簡易ベッドですやすやと眠っているメルちゃんのほうを見ました。
「あっという間に寝ちゃったんですよ」
駒子さんがくすっと笑う。
「まぁ、大活躍だったもんね。体力回復させてまた頑張ってもらわないと」
「その女の子は諸刃の剣です」
高木さんが何か言い出しました。
「我々の味方なら心強いが、もし彼女がゾンビ化したら──手がつけられない」
僕はドキッとしました。
それどころか──メルちゃんがもし、既にゾンビだったら──?




