冬のオアシス
「あったかい……」
「あったかいぞ!」
皆、喜びの声をあげて、その部屋に入りかけて、寸前で足を止めた。
まぁ、なんだかこんなの罠臭い。
私は信頼する彼の直感力に意見を聞いた。
「谷くん、どう? 入っても大丈夫そう?」
谷くんは困ったように私の顔を見ると、責めるように言った。
「駒子さんが僕に緊張するような役をやらせるから直感が働きません」
「わーい! ストーブだぁ!」
そう無邪気に喜びながらまず部屋の中へ入って行ったのはメルだった。
「だ……」
「大丈夫?」
「あったかいですよ! みなさんも、ほら!」
不審がりながらも皆、部屋の中へ入った。
最後にカメラを構えながら入ってきた高木さんが、私に言う。
「私は……入りません。部屋の前で見張りをやってます。カメラ、渡しときましょうか?」
まぁ、不審がるのが当然だ。
私はうなずき、彼からカメラを預かった。
部屋の中にはストーブと、灯油の入ったポリタンクとポンプ──そして簡易ベッドの上に敷布団と毛布が1セットあるだけだった。
他の病室の蛍光灯は白くあかるく灯っていたが、この部屋だけは少し薄暗い。
「これは……どういうことなんでしょうね……」
黄泉野くんが不安そうにキョロキョロと部屋を見回す。
「こんな……どう考えても異常な空間に、こんな部屋があるなんて……」
「とりあえずこの部屋にゾンビが隠れる場所はないわ」
私は背中のリュックを床に置いた。
「ここはオアシスだと考えましょう。私、食事にします」
私がそう言うと、皆も安心したように自分の荷物を床に置き、中から食糧を取り出した。
「食べたら寝ることもできますね!」
簡易ベッドのほうを見ながら、遠足気分みたいにメルが言う。
「寝てる暇なんてない」
黒乳首が持参したおにぎりに齧りつきながら首を横に振る。
「この異空間は興味深いところだけど……一刻も早く元の世界に帰りたい」
私は彼の憂鬱そうな顔をカメラに収めながら、心の中では同意した。しかし口では違うことを言う。
「まぁまぁ黒乳首さん。せっかくこんな世にも珍しい場所に来たんです。じっくり、たっぷり、探検して、凄い動画を皆にシェアしましょうよ」
私は突撃系動画配信者であり、ネットアイドルでもある駒山駒子だ。こんな美味しいシチュエーションから逃げ出してたまるかっての。
私はインタビューするように、安息の黒乳首に聞いた。
「オカルトに詳しい黒乳首さん、この場所は一体どういうところだとお考えでしょうか?」
彼はおにぎりを憎むように噛むと、投げやりな口調で言った。
「さぁ? ちっともわかりません。ただ、考えてたより面白くないところだというのは事実ですね」
「いや、ここは面白いですよ!」
メルが笑顔で言う。
「なんかゲームみたい! もしかしたらゾンビをすべて殺したら外に出られるとか──そんなだったら面白いですよね!」
「なるほど……」
黒乳首がその可能性にうなずいた。
「……でも、誰が殺すの? さっきみたいな素速いやつもいる。少なくとも僕は戦闘力なんかないよ? 頭脳派だから」
「これ、貸しましょうか?」
谷くんが金槌を差し出す。
「いらないよ。そんなものでどうしようっていうの? ゾンビに取り囲まれたら役に立たないよ」
「あたしがやりまーす!」
メルがまっすぐ手を挙げた。
「めざせ、ゾンビ100体殺し! カラテ無双! こんな殺しまくれる体験、なかなかないですからっ!」
メルの無邪気なノリが浮いている。
ついて行けずに、皆が黙ってしまった。
「いたいよ……。いたいよ……」
口数が少ないと思ってたら、黄泉野くんは食い取られた左手をおさえて痛みをこらえてる。
元々口数の少ないもみじは黙って食パンをハムスターみたいに食べていた。
とりあえず──私がすべきことは、面白い動画を撮ることはもちろんだが、皆を無事に元の世界に帰してあげることだ。
左手を失った黄泉野くんには申し訳なかった。帰れたら多額の慰謝料を支払ってあげるしかできることはないな……。
ゼリー飲料を口にしている谷くんに、私は聞いた。
「どう? 谷くん。落ち着いた?」
「ええ……。ドキドキは止まりました」
「もう直感力、ビンビン?」
「ふつうですよ」
「その直感力に頼りたいんだけど……。メルが言ったみたいに、ここのゾンビを全滅させたら外の世界に戻れると思う?」
「どうでしょう……」
谷くんは、呟くように繰り返した。
「……どうでしょう」




